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コンプレックスはいずれ生きる糧となる。

私は生まれつき声がハスキーだ。
これは遺伝なのか。父方の祖母もハスキー(というかダミ声?)

生まれてきたときから低い声で泣いていたらしい。
母は祖母が嫌いなのも相まって声が近い私を「変な声、黙れよ」と言ってきた。
小学校に行けば「あいうえおって言ってみて」といじめられる。
いつしか心を閉ざしていった。

だからあまり声を出すのは得意ではない。

大学とかサークルでカラオケに行くのは拷問だ。
(身内なら大歓迎だけど)
カラオケを発明した人を恨みたい。

大学時代から社会人までの数年間、よさこいをはじめた。
幼い頃から声にコンプレックスのあった私は踊ることで自己表現をするのが特技であった。

社会人になってから、自己紹介では「よさこいをやっています」と言うのが定番だった。
だから、声が多少枯れていてもお祭り女のレッテルがあるからか「酒やけ?」「叫びすぎた?」などと言われるようになった。
初対面の取引先の人からは「風邪ですか?」と言われる。

夫との出会いで変わった。
夫も声が低い方で、お互いレストランで店員さんを呼んでも気づかれない。
宇多田ヒカルが好きでよく聞いている。私も声質が少し似ているらしい。
「甲高い声は疲れるから俺はその声好きだよ」
この一言に救われる。

社会人になれば、声なんてどうでもよくなる。
大切な人を見つけたこと、スキルを身に着けたことのレベルが嫌な思い出のレベルを上回った。
いじってきた人を「幼いな、可哀想な人だな」と思うまでに強くなった。

今同じように何かしらのコンプレックスに悩んでいる人がいれば、心配しなくていい。
悔しい気持ちを他のことにぶつけてみよう。


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