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Four Cities

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地下都市エイキンは無法地帯。そんな地下都市で週末のみトラブルシューターをしているセシリアは、女嫌いで有名なマフィア・ガウトのナンバー3のロニーと出会うが……地下都市エイキンを舞台… もっと読む
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2020年1月の記事一覧

11 運命の女

 ロニーは目を見開いた。間違いない、あれはセシリアだ。まだこちらに気付いた様子はない。入って来るなり、メニューが表示された電光掲示板を見上げている。 「セシル!」 「おわっ!」  テーブルを軽く蹴り上げてしまい、慌ててスペンサーがテーブルを押さえつけた。謝る暇もなくロニーは立ち上がり、入り口付近にいたセシリアに向かって走り出した。一方セシリアは名前を呼ばれたことに気付いて、周囲を見回していた。目立つロニーの染めた赤い髪と、猛烈な勢いで駈けてくるのに気付いたらしく視線を向けた。

10 運命の女

「あー……だるい……」  そう呟いてロニーはテーブルに伏せるようにして頬を付けた。しかし窮屈な姿勢と脇腹と肩に響く痛みに耐えかねてむくりと顔を上げると、向かいに座っていたスペンサーが呆れた顔をして溜め息をついた。 「だから帰って寝ろって言ったじゃねぇか。それに傷だって無茶して、またぱっくり開いちまってるし。ボスからもしばらくは大人しくしてろって言われているのに、なんでそう出歩きたがるんだ? 飯なら買ってきてやるって言ってるだろ」 「んー……」  テーブルに肘をつき、頬杖をつい

09 運命の女

 セシリア・アネーキスは地上都市ヒミンビョルグ市にある、グラフヴェルズ製薬会社にいた。グラフヴェルズ製薬会社は四都市の病院や研究所などに、精製された薬剤を提供している大手企業でもある。新薬の開発にも積極的であり、研究所施設も数多く所有している。最近では空中都市にも進出して、新たな支局を増設するらしいという噂が、末端の社員の耳にも届くようになってきていた。  このヒミンビョルグ市にある本社にも一部、研究開発棟が存在している。セシリアが出てきた部屋も、その研究室の一つだった。  

08 運命の女

 ガウトは他にもナンバースリー、ナサニエル・スレーターが襲撃され、一緒にいた運転手が死亡し、ナサニエルは被弾したものの命は助かったらしい。スペンサーが携帯端末機の向こうで悔しそうに言った。  組織が動揺している。ナサニエルとロニーが同日襲撃され、それぞれが負傷している。それは組織の安定力に影響を与える。今は戻った方がいいとロニーは思う。  しかし連中はいつ・どこから襲撃してくるかわからない。自分がヴィズルの側の人間なら、どちらかを確実に仕留めたい。ナンバー付きを殺害することで

07 運命の女

 一通り食べて言われるままに鎮痛剤を飲んだ。セシリアがテーブルを片付けている間、毛布に包まって横になっていると、満腹のせいか薬のせいか、眠気が押し寄せてきた。  微かな物音がキッチンから聞こえる他、この部屋には何もない。テレビもなければ音楽を再生するオーディオの類いもない。ごちゃごちゃしているよりもマシだけれど、あまりにも殺風景だった。  普段こんな何もない部屋で、セシリアはどうして過ごしているのだろうかと考えながらうとうとしていると、セシリアが戻ってきた。 「あのさ……先に

06 運命の女

 最初に気付いたのは匂いだ。  知らない匂いがする。消毒液、軟膏? それに混じるのは食べ物の匂い。それからやはり嗅ぎ慣れない部屋の匂い。  ロニーはそっと目を開けた。やはり知らない天井だ。淡い暖色系のライトが室内を照らしている。もう一度目を閉じて感覚を確かめる。手足は拘束されていない。自分はあおむけに寝転がっている状態だが、床に転がされているわけではなく、どうやらソファーか何かだ。更に毛布が掛けられている。これをした人間は敵対する者ではない。  もう一度目を開ける。少し下を見

05 運命の女

 真っ赤に染めた頭髪が急に飛び出してきたのだとわかったけれど、駆け出していたセシリアも急には止まれない。相手は衝突する寸前でもこちらを見てはいなかった。 「っ!」  衝突のダメージを緩和しようとして腕で払おうとするが、セシリアはイノシシに突進されたかのように吹き飛ばされた。  受け身は取れたがそれは一度きり。勢いは多少削いだものの、消えたわけではない。  地面を一回転して更に転げて地面に倒れた。膝を擦りむき、手のひらと手首も擦りむいた。更にはサングラスが折れてしまった。折れた

04 運命の女

 第一区画は一般人も多く出入りしている歓楽街だ。売春宿もあれば、近くにはリラクゼーションサロンもある。そうかと思いきやカジノもあり、その隣には平然とした顔で銃砲店も軒を連ねている。合法・違法、なんでもある。人間の欲望の数だけ、ここでは商売が成立する。  だがどうしてもやはり娼婦が目につく。そのためロニーがここまで来るのは苦痛以外なにものでもない。仕事でもなければ近づきたくもない区画だった。  兄弟分の連中には、なんとか女嫌いを治させようとして、少年のような容姿の少女を紹介した

03 運命の女

 ロニー・フェリックスは不機嫌さを隠そうともしない顔で、テーブルに足を上げた格好のままで煙草を吸っていた。  元々の赤毛は染めることで真紅になり、耳朶にはピアス、目元や鼻にもピアスを開けている。服装は黒のパンツスーツにブルーグレーのシャツ。襟元はボタンをいくつかはずして楽にしている。  足を乗せたテーブルに立てかけているのは、漆黒の鞘に収まった倭刀と呼ばれる長い長刀だ。片刃の細長く湾曲した武器であり、軽くて丈夫で扱いやすい。  もっともそれは長年扱っているため、そう感じるだけ

02 運命の女

 地下都市は閉鎖された空間であり、空調からしてコントロールされているため、排気ガスの出る乗り物は全面的に廃止されている。  しかしながら地上でよく走行している、高度を必要とする大型の浮遊車は、天井が低い場所ではその天井に接触して事故を起こす他、歩行者との衝突が避けられないという事故が多発する。必然的に小型、それも地下都市仕様となっている低浮遊型の小型車が定番だ。  流しのタクシーを捕まえて、のんびりした速度で第一区画へ向かう。歩道と車道の区切りはあるものの、歩行者天国に突き進

01 運命の女

 地下都市メインゲートから地下へ延びるエレベーターに乗り、二分程で中央区画に降り立った。地上より気圧が高く保たれているため、扉が開いた瞬間は突風の洗礼を受けるのが地下都市だ。もみくちゃにされた金髪の前髪を押さえつけながら、セシリア・アネーキスは進み出て、地上より冷たい地下の冷気に肌を撫でられ身震いした。 「慣れるまで寒く感じるのよね」  誰にともなく一人呟き、素顔を覆い隠すサングラスを押し上げる。見上げるとややオレンジがかった照明が中央区画を照らしていた。  この場所は地下都