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04 運命の女

 第一区画は一般人も多く出入りしている歓楽街だ。売春宿もあれば、近くにはリラクゼーションサロンもある。そうかと思いきやカジノもあり、その隣には平然とした顔で銃砲店も軒を連ねている。合法・違法、なんでもある。人間の欲望の数だけ、ここでは商売が成立する。
 だがどうしてもやはり娼婦が目につく。そのためロニーがここまで来るのは苦痛以外なにものでもない。仕事でもなければ近づきたくもない区画だった。
 兄弟分の連中には、なんとか女嫌いを治させようとして、少年のような容姿の少女を紹介したり、性転換手術を受けて女性になった元男を紹介したりした。マフィアが女の一人や二人を抱けなくてどうする? と言われたが、抱けなくてもそう問題はないし、むしろ抱かないほうが問題にならないとロニーは思う。
 性欲の解消に男娼を買うこともあるし、同じ性癖の仲間と一夜を過ごすこともある。ひと肌が恋しいわけでもなく、単なる性欲の解消だと割り切った行為だ。
 それでいいじゃないかと思うが、周りはそうは思わないらしい。
 いっそ娼婦にだけ拒絶反応が出るならいいが、基本的に女全般に気持ち悪さを感じる。唯一大丈夫なのは性差を感じない年寄だけだ。
 しかしその年寄りは、北部エイキンではあまり見ない。
 娼婦は長生きできない。肉体的にも精神的にも病みやすく、一度病んでしまうと脆く崩れる。その先にあるのは死だ。
 だから必然的に高齢でも生きていけるのは、娼婦以外の女性となるが、そうなるとエイキンでは極端に少なくなる。
「ちっ、胸糞悪い……」
 つい今しがたの会話を思い出しただけで不愉快になる。女嫌いは年々悪化してきているなと自分でも思う。
 だから余計にロニーにこの仕事を回したのではないか? と思うこともある。
 苛立ちを押さえられないまま、ロニーはジャケットのポケットから煙草を取り出した。一本咥えて煙草をジャケットに戻し、代わりにライターを取り出すと深く吸い込んだ。
「ん?」
 ふと視線を上げると、前方に二人の男たちが連れ立って歩いて来るところだった。見覚えはないが、二人の視線は正確にロニーに注がれていた。
「……」
 ここ最近、ヴィズルの動きが慌ただしいという報告が入っている。互いに抗争のたびに人員の損耗は避けられないため、新顔が流れ込んで来るのはいつものことだった。
 しかしどうもヴィズルでは、大量に流れ込んできているらしい。つまり地上など別の都市からやって来た、地下の流儀を知らない連中だ。
 確証のない眉唾な噂しか仕入れることができず、ガウトではここ最近神経をとがらせていた。大規模な抗争にはならずとも、小規模な抗争が同時多発となる可能性はある。
 対立しているのだから小競り合いは当然で、それが互いに死傷するような舞台に仕上がることもよくある話だ。
 だから誰もがいつどこであろうとも殺しあえるだけの武器と、それを使いこなせる肉体を維持している。
 ロニーとて例外ではない。
 倭刀を使えば誰もが強くなれるわけではない。これを自分の腕の延長として扱えるようになるには、それ相応の型の修練と基礎体力がなければできるものではない。
 だからといって普段は第一区画や第二区画で戦闘になるようなことはない。
 互いにこのエリアでは影響力がありすぎる。一般人も多く、命知らずで物好きな地上や空中都市からの観光客すら入り込む。自分たちの組織の売り上げの一部は、間違いなくこの二つのエリアから入っている。ここで殺し合いをするというのは、互いの利益を損耗するだけだとして、暗黙の了解で避けていた。
 だから精々第一区画から第三区画で遭遇した時は口論程度だ。それすら面倒で避けることもある。
 下の連中には原則一人での行動は避けろと徹底していたが、ロニーは今日に限って単独行動だった。相棒のスペンサーは今日に限って別行動を取っている。
 ここで引けば、恐れて道を譲ったと思われる。それは男の沽券に係わる。
 前に進んで攻撃に遭えば、一般人すら巻き込んでの騒動となる。倭刀は接近戦でありながらどうしても間合いを必要とする武器だ。ロニーとてハンドガンは扱えるが、普段持ち歩くことがないために銃での応戦は出来そうにない。
 負けん気の強さから、引くのだけは嫌だった。極力巻き込まないようにはするが、こんな時にエイキンに足を踏み入れたほうが悪いと考え、口角に笑みを刻んだ。口に咥えていた、まだ火をつけたばかりの煙草を吐き捨てて、靴底で踏みにじった。
 左手を鞘にあてがい、抜刀の姿勢に入れるようにしながら前へと進む。
 間合いをうまく取ることができれば、勝機はまだある。
 しかし雑踏のざわめきに紛れた銃声に気付いた瞬間、ロニーの脇腹を抉るような熱と痛みが襲った。
 連中は前方にいるがまだ銃を構えてすらいない。
「…っくそ!」
 ならば挟撃だ。後ろか横に連中の仲間がいるということだ。銃声に気付いた一般人たちの悲鳴に合わせて人垣が崩れていく。車道に飛び出した人のせいで、浮遊車が驚いてクラクションを鳴らす。
 ここでロニーが反撃に出ることは容易だ。しかしその場合はロニーの死を意味する。
 組織のせいで死ぬだろうとは思っていたが、今死ぬのはまずい。少なくともナンバーフォーという立場上、今死ねばヴィズルを調子付かせてしまう。生きて帰らないと組織の対立からくる勢力図がますますおかしくなる。
「絶対いつかぶっ殺す!」
 一般人の中に飛び込むようにして駆け出しながら、一度だけ肩越しに振り返る。連中はやはり挟撃でロニーを仕留めようとしていたのだ。
 場所も状況も問わずに。
 一般人がどれほど死のうと構わない。しかしその一般人の中にはガウトの下請けで働く連中もいれば、それこそ売春宿に関係する人間もいるだろう。従業員ではなくても客として関わる人間もいるかもしれない。
 だからこそこの区画での戦闘はしない、それが暗黙のルールだったのだが、今のヴィズルの連中は新参者が多すぎて統制が取れず、タガが外れてしまっているらしい。
 ビルとビルの間の横道に入り全力疾走する。痛みが激しいがまだ大丈夫だと言い聞かせる。
 しかしビルの間に入ると更に何度か撃ってきた。足を止めたら確実に頭を狙われる。
 今度は肩のあたりに一発食らって一度は前のめりになりなる。寸でのところで外壁に手をついて転倒を免れ、それでも足を止めずに走り続けた。
「くそ、引き返してぶっ殺してぇ!」
 しかしここは狭すぎる。抜刀するにはもう少し空間が必要だ。抜刀は出来るがこれでは攻撃が単調になり、何より足を止めたらまた連中は撃ってくる。
 ハンドガンも携帯しておけばよかったと思いながら走り、再度裏の道に出ると共にもう一度別の細い路地に飛び込む。一瞬くらりと眩暈がした。脇腹に痛さに思わず手で押さえると、かなり出血しているようだった。
 そしてふと顔を上げた瞬間、目の前に金髪の女が飛び出してきた。

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