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05 運命の女

 真っ赤に染めた頭髪が急に飛び出してきたのだとわかったけれど、駆け出していたセシリアも急には止まれない。相手は衝突する寸前でもこちらを見てはいなかった。
「っ!」
 衝突のダメージを緩和しようとして腕で払おうとするが、セシリアはイノシシに突進されたかのように吹き飛ばされた。
 受け身は取れたがそれは一度きり。勢いは多少削いだものの、消えたわけではない。
 地面を一回転して更に転げて地面に倒れた。膝を擦りむき、手のひらと手首も擦りむいた。更にはサングラスが折れてしまった。折れたサングラスのツルが頬を傷つける痛みと衝撃にじわりと涙が浮かぶ。
「いったぁ! もうどこに目ぇ付けてんのよ!」
 目の下に触れるとぬるりとした血が付いた。怒りにまかせて怒鳴ると、真っ赤な頭髪の男を見た。いったいどこに当たったのか、地面に倒れたまま動こうとしない。
 正確には動こうとはしているが、なかなか動けないらしい。
 セシリアはサングラスの破片を拾い集めポケットに入れると、それから男の元に向かった。
「あんたも痛かったかもしれないけど、見てよこれ! あたしも急に飛び出したけど、あんただって……ちょっと、それ血……」
 ようやく起き上がった男は脇腹が血に濡れていた。ジャケットの肩口にも穴があり、濡れているように見えた。それに長物の武器もある。
「やだ……ここは渦中じゃない」
 先ほどの発砲音、血まみれの男。これだけでぴたりと当てはまる。更には一般人が持たない長物の武器。つまりはマフィアだ。
「ちょっと大丈夫?」
 あぁ、それどころじゃない。早く逃げなきゃ巻き込まれる。そう頭ではわかっていた。けれどもトラブルシューターとしてのいつもの癖が顔を出す。
 困っている人を見ると助けたくなる。かつて自分が助けられた分だけ、誰かを助けたいと思うから。
「立てる?」
「……るせぇ」
 セシリアを追い払うような仕種を見せて立ち上がる。ようやく顔が見えた。鋭い眼差しはセシリアを拒絶する。顔だけを見れば、セシリアより年下かもしれない。けれど殺気立った目線はセシリアを射殺さんとばかりに睨みつけていた。
 耳にも無数のピアスをしているが、目元や鼻にまでピアスをしている。いかにもといった格好だ。
 この男がマフィアで撃たれて、あれほどの勢いで走ってきたからには追われている、つまりは追いかけてきている人間がいることくらい考えるまでもない。
 関われば間違いなく火の粉だとわかっている。
「こっちよ!」
 けれどもセシリアは男の手を掴んだ。
「俺に触るなっ!」
 男が叫んだ直後、セシリアは腕を掴んで振り回すようにして壁に向かって思い切り男を押し付けた。撃たれた脇腹を庇っているせいか、男を吹き飛ばすのは簡単だった。苦痛に顔を歪め、無意識に頭を打たないように前かがみになったのをいい事に、セシリアは思い切り膝で腹部を蹴り上げる。
「ぐっ!」
「ごめんねっ!」
「っ!」
 崩れ落ちてきたところで抱きとめて、セシリアは腕で抱え込むようにして胸に顔を押し付けさせた。構図としては路上で事に及び始めた、娼婦と客のように見える。
「………離っ! 俺…は…」
「黙って、連中が来るわよ」
「っ……」
 複数の足音と怒声。探せ、近くにいるぞと叫んで二手に分かれて走って行った。セシリアはそれを目で追って、安全が確認できるまで手を放さなかった。
 娼婦のふりをするのは不本意だったが、これも人助けと自分に言い聞かせて腕を放すと、怪我した男はずるずるとその場に崩れ落ちはじめた。
「えぇ、嘘! ちょっと、ねぇ!」
 窒息する程強く抱きしめたわけじゃない。それとも余程出血の量が多いのだろうか?
 覗き込んだ赤毛の男は、苦しそうに眉根を寄せて気絶していた。

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#小説 #オリジナル小説 #アクション #バイオレンス

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