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02 運命の女

 地下都市は閉鎖された空間であり、空調からしてコントロールされているため、排気ガスの出る乗り物は全面的に廃止されている。
 しかしながら地上でよく走行している、高度を必要とする大型の浮遊車は、天井が低い場所ではその天井に接触して事故を起こす他、歩行者との衝突が避けられないという事故が多発する。必然的に小型、それも地下都市仕様となっている低浮遊型の小型車が定番だ。
 流しのタクシーを捕まえて、のんびりした速度で第一区画へ向かう。歩道と車道の区切りはあるものの、歩行者天国に突き進むかのような場面に出くわすこともあるため、移動スピードはゆっくりしたものだ。そうしなければ人身事故に毎日遭遇してしまう。
 食べ物と香水と体臭の入り混じった匂い。空調が耐えず稼働しても消せない匂いが染みついているのが第一区と第二区画だ。
 第一区画の奥へやって来たところで、セシリアは馴染みの店に顔を出すことに決めた。
「ここでいいわ。いくら?」
 馴染みの店までもう少しというところで、セシリアはタクシーを降りることにした。
「950イエン」
 運転手が素っ気なく告げた。前に別のタクシーに乗った時は、似たような距離で700イエンだった。
「ちょっと高いわね」
 思わず眉をひそめるが、運転手の表情は変わらない。
「今日から値上げしたんだ」
 ぶっきらぼうに言い放つ運転手に、セシリアは溜息を返した。明らかに人の足元を見て吹っかけてきている。
「いいわ、払ってあげる。でもその顔、覚えたわよ。二度とあんたのタクシーには乗らないし、このあたりで流しているタクシーで、みかじめも払わず荒稼ぎしている951−753ナンバーの白には気を付けてって、イヤールクの知り合いに言っておこうっと」
 まさか先ほど乗り込んだ客が、このタクシーの登録番号を暗記しているとは思わなかったのだろう。
 それに場所が場所だけに、マフィアへのみかじめも払わず荒稼ぎをしていると知られた日には、制裁を覚悟するはめになる。
「悪かったよ! サングラスなんてしているから、観光客かなんかだと思ったんだ。700イエンでいいよ」
 やはりわざと高値を言ったらしい。イヤールクという傭兵人材派遣所の名前を口にした途端に、態度を変えてきた。イヤールクは依頼ごとに契約を結ぶ傭兵人材派遣所だ。政府からの依頼を受けて、空賊退治をすることもあれば、ボディーガードとして個人的に雇われることもある。傭兵というだけあり、各地の紛争に参加することもあった。武器弾薬の扱いに精通し、なおかつ個人技に秀でている。それがイヤールクだ。
 ただどれ程金を積んでも、恒久的に続く専属契約はしない。一つの依頼には期限を設け、その一定期間ごとの契約料金が必要とされる。
 ただし金さえ払えば、昨日までボディーガードをしていた相手を、翌日に襲撃することもあり、信用ならないと言う者もいる。エイキンを根城にするだけあって、腕っぷしの強い者だけは揃っているものの、曲者ぞろいだ。
 セシリアはそのイヤールクの女ボス、リー・チェンと面識がある。冗談なのか本気なのか、うちに転職しないか? と誘われたのは一度や二度ではない。
「いつから観光客が一人でエイキンにふらふらと遊びに来られる程、気軽な場所になったのよ? ガウトとヴィズルが大暴れしているって聞いたわよ」
 ガウトをヴィズルの名前が出ると、運転手はうんざりした表情を浮かべて溜め息を漏らした。
「あぁ、そうなんだよなぁ。普段は第四区画あたりを流しているだけど、それが原因でこっちに来たんだよ……」
 戦闘に巻き込まれてはまったものではないと、営業場所を変えてみたらしい。そのどさくさに紛れて客から運賃を割り増しでいただいて、儲けていたのだろうが、乗せた相手が悪かった。
 セシリアは料金を後者の値段で現金を支払った。地下都市では電子マネーより、現金が信じられている。電子マネーの読み取りのマシンがない方が多く、何をするのでも現金が欠かせない。今日を生きるのに精いっぱいという、人のあり方に似ている街の気質だ。
「そんなに荒れているの? 連中、何があったの?」
「さぁなぁ? 奴らが殺し合いするのはいつものことだから」
「まぁね。ただ長引くのか、どうか気になるわね。当分あたしも商売あがったり、なんて状態かも」
「そうかもな。毎度あり」
 マフィアの状況を聞き出すことはできなかったが、地元タクシーも警戒する程に攻撃が過激になっているなら、当分の間はエイキンに顔を出さない方が利口か? とセシリアは思う。
 それともそうした厳しい状況だからこそ、仕事が舞い込む可能性があるか? という貪欲な部分も顔を出すが、命あっての仕事だ。戦闘に巻き込まれたらひとたまりもない。連中にしては殺すことも殺されることも、三度の食事と同じところにあるのだから。
 どちらにせよ元々平穏から遠い街は、更に険しさを増したことだけはわかった。
 今日のところは食事でもしたら、早めにフラットに帰って眠ってしまおうとセシリアは心に決めた。


 美食亭・ヴィーナで簡単な夕飯を取った。自らが美食と言い張るだけあり、エイキンで食べる食事としては結構上位に入る。服装のドレスコードがないので、気軽に誰でも入れるのがお気に入りの点だ。
 アルコールも欲しかったが、それは部屋で飲むことにした。ストックした密閉、或いは冷凍食材もあるし、酒の類いも少しはある。
  ベッドに入って古い映画でも見ながら、ちびちび飲んで眠りにつくのもたまにはいいだろう。そう思っていた。
「っ!」
 しかしもうすぐセシリアの借りている、フラットというところまで来て聞こえたのは銃声だ。確かに地下都市ではアナログな武器が重宝されているが、それでもハンドガン程度の武器ならばマフィアの連中も平気で撃ってくる。流れ弾など考慮するくらいなら、街中で抗争など始めたりしない。
「冗談じゃないわよ! んもう!」
 巻き込まれたのではたまったものじゃない。セシリアはフラットまで全力で駆け出す。
 幸いエイキンで過ごす際にはハーフパンツにティシャツやキャミソールなど、ラフな格好が多い。下手に着飾れば娼婦に間違えられるし、スカートの類いは動きが制限されるため好まない。すぐに走り出せるよう、足元はショートブーツにしている。
 全力で走り出したセシリアは再度の銃声に備えて、音に警戒しながらひたすら走った。
 銃声に気付きなおかつ不安を隠せない住民は、セシリア同様に走り出していたし、このあたりに自宅がない者は、巻き込まれないよう壁際に沿って警戒しながら歩いていた。
 本当に連中の抗争は、もう一般人の巻き添えを欠片も考えられない状況らしい。これでは今まで以上の危険が降りかかるだろう。
 当分はエイキンで週末を過ごすのはよそう、そんな事を考えつつ、角を曲がった瞬間にセシリアの目の前に飛び込んできたのは、真っ赤な髪の毛だった。

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#小説 #オリジナル小説 #アクション #バイオレンス

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