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【あなたの魂は細部に宿る】長編といえども手を抜かず、細部まで磨こう!(2017年11月号特集)


プロットで100枚書き、それを文章にしていくときは、これまであとまわしにしてきた文章表現について熟考していく。長編といえども手を抜かず、細部まで磨こう!

下手だから迷う。うまくても迷う。

 言葉―つで手が止まることがある。「脇目も振らず」と書いたあと、「夢中で」「無心で」「もっぱら」どれがいいか迷う。
 「必死に」「一心不乱に」「粉骨砕身して」もある。比喩を使えば、「取りつかれたように」「せきたてられるように」「突き動かされるように」「駆り立てられるように」と無数にあって、どれが適切なのかわからなくなる。

 語彙が少なくて迷う人もいるが、多くても迷うし、表現力があるから迷う人もいる。どっちみち誰でも迷うし、プロでも迷う。
 それゆえ、細部にはこだわらずに、まずプロット状態で膨らみに膨らませて100枚ぐらいまでもっていくのがオススメの手順だが、そうした細部もいつかは修正しないといけない。
 ここでは、どんなところでつまずくのかを挙げ、そのうえで解決方法を考えたい。

文章を書く手が止まるケース

どう書こうか迷い、はたと手が止まってしまうことがある。そうしたケースの代表例を4つ挙げてみた。

1.ピッタリな言葉が出てこない

「おもむろに」がいいか、「やおらに」がいいか迷うようなケース。
 小説を読んでいて気になった表現があったらメモし、「笑いに関する表現一覧」を作ると便利であり、表現の勉強にもなる。また、類語辞典や日本語表現辞典の中からぴったりの表現を探すのも手。

2.同じ表現が続いてしまう

 小説では「と言った」や、表情やしぐさなどの身体表現を書くことが多いが、何度も同じ表現をするのは避けたい。これについては既存の小説を読んで引き出しをたくさん持つしかない。語彙を増やすのもひとつの方法だが、「と言った」などを書かない方法も収集するといい。

3.説明のタイミングがわからない

 状況や経緯など長めの説明をしなければならないとき、どこに入れるべきか迷う。特にセリフを書いているときは、セリフとセリフが間延びしそうで入れにくい。
 長い説明文は、場面が進行しているときには入れにくいので、場面が落ちついたときに入れるといい。

4.どこまで描写すべきかわからない

 ある人物がレストランにいて、目の前の人物の様子、壁の色や材質、床の敷物、ウェイトレスの容姿、窓の外の様子と、何から何まで書いていたら話が進まない。
 主人公の目に強く映ったものと、この先の展開に関連するもの、書かないと伝わらないものだけを書こう。

書いた後で気づく場面の書き方の落とし穴

 書いているときはすらすら書けてしまい、特に問題だとは思わないが、あとになると工夫がないと思う箇所がある。そうした箇所を4つ挙げ、解決策を考えた。

1.場面転換がワンパターン

 場面転換の文章の定番は、〈それから三日経った。〉など。そう書いてもいいが、パターン化すると、〈翌日〉〈さらに翌日〉〈一週間後〉となり、工夫がない気がする。これをどうするか。

 〈それから三日経った。〉と書くことに意味がある場合はいいとして、特に書く必要がない場合は、AとCを書くことでBを推測させる。たとえば、〈恩師の家を出た。〉のあとに〈駅のホームに人はまばらだった。〉と書けば間が省略でき、かつ時間の経過もだいたいわかる。また、大きな場面転換の場合は1行空きで表現してもいい。

2.つい説明に流れてしまう

 改めて読むと説明してしまっていることがある。特に人物の感情、心理状態をストレートに〈つらかった〉と書いてしまうとか。これは心理の説明なので、どう悲しかったのか感じは伝わらない。

 〈三四郎はインキの着いたペンを振ってノートを伏せようとした。(中略) 与次郎は三四郎のノートを引き寄せて上からのぞきこんだ。stray sheepという字がむやみに書いてある。〉夏目漱石の『三四郎』の一節。三四郎の心理状態は講義どころではなかったことを、stray sheepとむやみに書いていた出来事を通じて表現している。

3.いつも時系列で工夫がない

 出来事は時系列で書いたほうがわかりやすいが、そのままでは撮りっぱなしのビデオのよう。重要な場面をしっかり書き、途中は飛ばす。飛ばした中に書きたいことがあればあとで補足する。
 〈あまりきれいとは言いがたい中華料理屋で、向かい合った女社長と、テーブルの隅に置いた名刺の、楢橘葵という文字を、小夜子は交互に見た。大久保にある事務所に慧くなり、お昼食べにいこう、と葵は小夜子を連れだした。〉
 角田光代『対岸の彼女』 の一節。「事務所で会う⇒お昼を食べに行く」という順番を変え、場面を1つにしている。

4.場面の背景を書き忘れる

 〈料理が運ばれてきた。〉とあるのに、一向に食べる描写がないと、食べたのか食べなかったのかと思ってしまい、読み手としてはすっきりしない。くどくならないようにさりげなく書くといい。
〈「そっか、安心した」葵は言って、料理を食べはじめた。〉
〈葵はそこで言葉を切って、コップのビールを飲んだ。〉
〈小夜子は黙ってうなずきながら、茄子と挽肉炒めを食べ続ける。〉
 角田光代『対岸の彼女』の中華料理屋の場面から3つ書き抜いた。こうした表現がなくてもストーリーはわかるが、ないと食事のシーンの雰囲気は出ない。

こんな表現に注意しよう

大げさな比喩
 なにかにたとえるとわかるということはあるが、やりすぎ注意。たとえなければわからないものはいいが、ただ伝わればいいことは蘭潔に書く。

副詞・形容詞
「とても」「美しい」「きれいな」といった副詞、形容詞、それから形容動詞は、抽象的で意外と伝わらない。どう「美しい」のか具体的に書けるとよい。

常套句
慣用句、紋切り表現、手垢のついた表現。これらは説明する分にはわかりやすいので使っていいが、感性や描写力が問われるような文脈では表現を工夫したい。

記号
「!」「?」「……」などの記号は控えめに。必要があって使うのはいいが、多用は品がない。() を使った補足も、文章の流れが悪くなるので避けよう。

小説作法Q&A
Q:長編を書くときにこれだけはという心構えはある?
A:経験値がない人ほど甘く見る傾向がある。たとえば、1 日に20枚は書けるから、300枚なら15日などと。そんなのは不可能で、書き飛ばさずにじっくり集中して場面を書くとなると、1 回の執筆で5~110枚が限界かと。とにかく長編は大変で、何回もやめたくなるときがあると考えたほうがうまくいく。それは、人生はつらいことばかりで、いいことは少ししかないと思っている人のほうが逆境に強いのと同じ。夢は見ても楽観はしないこと。

特集「長編小説一年計画」
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※本記事は「公募ガイド2017年11月号」の記事を再掲載したものです。


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