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雑踏を潜り抜ける

どこに行っても人が多いような気がしたのはなぜだろう。
駅にも横断歩道を待つ間も喫茶店でも、こんなに人がいたものだろうかと思ってしまうほどにたくさんの人がいて戸惑っていた。
いつの間にか人がいない時間帯に外出する習慣がついていたのは別になにかを気にしてのことではなくて、ただそちらの方が彼女にとって心地の良い安心することだったからで、人が多いのはやっぱり慣れない。
いつの間にか雑踏の中に入り込んで人との近さに改めて驚きながら周囲を行き交う人の姿、顔をまじまじと見てしまう。自分が歩いているのも忘れてしまうほどに周囲を見ながらでも誰にもぶつからずに、ぶつかる寸前に避けながら歩けることにちょっと感動しながらの雑踏の中。
いろいろな人、みんな夢中で彼女の視線に気づく人はほとんどいない。
みんなどこかに向かっている最中で、誰かと一緒で、話しているか手元のなにかを見つめているからで、そこに誰がいるかということをほとんど気にする人はいないように彼女には思えた。たまに目が合う人が現れて、その人たちは一様にどこか寂しげで、道に一人で佇んでいる人たちだった。

雑踏が途切れるところまで歩いて細い路地に入り、右へ右へと進んでいって川に出る。川には人は少ない。さっきまで感じなかった匂いを感じられるようになる。川の匂い、春の匂い。雑踏の中では気づかなかったけれど、さっきもこの匂いはしていたのだろうかと思いながら真っ白な曇り空を反映させながらゆらゆらする水面を見つめると匂いのことはあっという間に心の中から消えていく。ベンチに座っている自分もどこかに消えていくようで、彼女はどんどん川の中に吸い込まれるようになる。そんな感覚が好きで、彼女はたまに雑踏の中を潜り抜けて川に行く。

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