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昏い部屋と記憶

窓を開けても昏い朝。
雨が降っている。窓を開けて雨音を聞いているといろいろな思い出や記憶がもくもく立ち上ってくる。音を聞くだけでこんな気持ちになるのだから、記憶は不思議です。

家にいて部屋にいることが多かった。
1日が家の中にいるだけで過ぎていく。自然と窓から見える景色で世界を把握するしかなく、それで把握した気になっていた。朝になると鳥が鳴き始めて、人の足音が聞こえる。登校中の子どもの声が聞こえたりもする。そんな音とともに窓をちらっと見て空が青くなっていたり、雨が降っていて真っ白に見えていたり、それらに触れることなくそこにある情報のみで知る。

一緒に住んでいる猫にかまう。
いつも決まった場所にとぐろを巻くように体を丸めて寝ている。
私が触ると眠りから覚める。気だるそうに目を開ける仕草が好きだ。
面倒くさそうに私の方を見る。私は構わず猫を触る。
首周りやお腹に生えている毛は柔らかくて触り心地がいいので気が済むまでずっと触れていたいと思う。猫は諦めたように、いつものことのように気だるそうに体を横たえてただただ触られている。

私と猫は同じだった。
家の中で1日を過ごし、外に出ることもできるけれどそうはしない。
家の中で食事をして、眠って、ときどき気が向いたら少し体を動かしたりする。

それでも猫はときどき家出をした。
いつの間にか、うっかり開け放しにしていたちょっとの窓の隙間から誰にも気付かれずにするっと外にでて、いなくなる。しばらくすると私は猫がいないことに気づく。きっと家出したのだと思う。ちょっと外にでて辺りを見渡すと、階段の隅で縮こまっている猫を見つける。
広過ぎて、見慣れない外に出るとどうしていいのかわからなくなる。だから隅っこの方で動けなくなってしまう。そんなふうに私は理解できた。猫は大きな目を見開いて私の方を見つめてきて、私は猫を抱き抱えて家の方に歩いていく。猫は爪を立てて私にしがみつく。不安なのだろう。そんなとき、私は猫に頼られているような気がして、猫をかわいく思った。

家にいるといつもの猫に戻った。

でも、相変わらず猫はときどき家出をして、いつも階段の隅で縮こまる。
変わらない毎日の中に、少しの刺激を加えてみたいという猫の冒険心を私は理解した。

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