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転倒して知る・コミュニティと安心・信頼のフィールド

よく晴れた空を雪景色の中で見るって最高ですね。
1年ぶりのスキーに5家族18名で行ってきました。

昔の私なら・・・ないですね。この旅。
娘が生まれて、ママ友ができて、同じフィールドで話せる家族に出会えるって、、、そんな想像を10年前はしていませんでした。
夫の会社を手伝い始めたのが、2005年のこと。
その間、ダブルワークでアロマテラピー関連企業に2年半の契約勤務。
本格的に参入して約12年。

「ありがとう」

このスキーで起こった事故で、夫から言われた言葉です。

この「ありがとう」に詰まっている意味が膨大で、言葉にはできないエネルギー。でも、このありがとうという時間を大切に今世の残された時間を過ごしていくんだな、と実感しています。

スキー場の駐車場で、夫に呼びかけられた瞬間、私は地面の凍った箇所に気づかず、滑って転びました。

コンクリートの上の氷、駐車場、一番打撃強い状態。

後頭部打撲です。(まだ、たんこぶ残ってます。)

一瞬、何が起こったのか?と思ったのですが、これは起き上がってはいけない、という判断に。

夫も、何やってんの?的な反応だったのですが、

私が起き上がれないこと、動かない方がいいと思っていることを伝えると、スキー場のレスキューにママ友が連絡。

「痺れはないか?」「手足は動くか?」「名前は?」「吐き気は?」「出血は?」

言われる前に自分で自分に問いかけてやっていたけれど、レスキューが到着するまでの間がとても長く感じました。

救急車を呼んだ方がいい、という声も聞こえてきたのですが、そこは判断つかず。
出血無し、応答できる、休めば動けそうという感覚があったからです。
幸い、ドクターがいる日だったとのことで、救護室に運んで頂きました。

何か処置をすることも無く、起き上がれるまで休ませてもらった感じ。

氷の上じゃなければ、そのまま動きたくなかったです。

担架で運ばれている最中、娘のことが気がかりではあったものの、同行している友人一家への信頼が、私の「安心」を作っていました。

「このまま死んだらどうしよう」

と、までは思わず、

感じたことは、

「感謝」

でした。
娘が縁で知り合った家族がいるからこそ、この事故も起きているのかも?とさえ。
これが3人で行った事故だったら?娘はきっと泣きじゃくり、夫の動揺もひどくなったのでは?とか。
救護室まで重い私を運んでくださったレスキューのお二人、そして診てくださったドクターにも感謝。

担架の上で、巡ったこと。
信頼すること、感謝すること

自分の不注意で転んだのにも関わらず、丁寧に担架で運んでくださるレスキュー隊。
事故を起こさなきゃ体験できないこと。
遊びの中で起こった些細なことでも、安心安全を守る人たちの存在。

そして、ママ友がみんなで娘の心のケアに当たってくれたこと

ずっと付き添ってくれた夫

一人ではない、という安心感とともに、自分自身が自分を大切に扱ってこなかったことを感じた。
誰よりも他人の人生に興味があり、人のために生きられるかも、接客業が大好き、一生人に関わっていたい、と思っていた私は、実際はそうして自分をみず、他人を避けていたことを同じだったんだな、と。

本当の意味で「助けて」と言える環境をこうやって作り出したんだなと実感しました。

大事に至らなかったこと、そして、この娘を通してできたコミュニティへの信頼。
どこかで、1対1のやりとりは大好きだけど、コミュニティへの抵抗があった8年間。
その抵抗を受け入れる事故だったかもしれません。

起き上がり、友人たちのところに戻った途端、娘が号泣している様子が目に入りました。
抱きしめて「大丈夫だよ」としか言えませんでした。
夜もお友達と寝る!と張り切った割に、私を呼びにきたので、こども部屋で私が寝ることになりました。

転倒打撲で、心拍数が上がったままなのは気になりましたが、夕食を楽しく済ませると、かなり落ち着きました。
温泉は入ったけれど、ビールはやめました(笑

転倒したところに、大丈夫ですか?と声をかけてくださった女性がいたのですが、目が開けられずお顔を見ることもできませんでしたが、なんと夫の友人の会社の後輩だったそうで・・・
たまたま、夫が友人にこの日に行くよ、って伝えてあり、じゃースキー場で会えるかもね、なんて約束があったのは聞いていましたが・・・
声をかけてくださったのが、私だとはあちらも思いもよらず、後から「あの駐車場に倒れていたのは優子さんだったの!」と。

今は笑い話にできますが、あの数時間は、いろんな思いが巡っておりました。

翌朝は、胸鎖乳突筋(口をいーっやると動く首の前の方にある筋肉)の筋肉痛と、たんこぶの痛みだけ残りましたが、それ以外は元気です。
胸鎖乳突筋と言えば、複雑な筋肉。
運動制御だけでなく、自律神経系にも作用していた事故だったことを物語ってます。
気持ち良い生活を心がけて、脳のダメージが経過するように過ごしていこう、と誓った事故翌日でした。

信頼する・安心する

コミュニティを信頼する意味を、ようやく理解したようです。

命のある限り、QOL(クオリティオブライフ)を追求して行こうと思います。



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