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ブックレビュー『ニール・サイモン自伝 書いては書き直し』

昨晩遅く、劇作家のニール・サイモンが亡くなったというニュースをネットで見ました。
『はだしで散歩』『おかしな二人』『プラザ・スイート』等、ニール・サイモン作品には大好きなものがいくつもあり、自伝の『書いては書き直し』は私にとって大切な一冊です。

書いては書き直し』には彼のプライベートな人生と、世界で愛される劇作家になっていく過程がユーモラスに描かれていて、作劇を志す人には特にお勧めしたい本です。
私が最初に読んだのは、初めて戯曲を書いていた頃のこと。
映像作品の脚本を書く勉強をしていた私に、思いがけず舞台の脚本を書かせてもらえるチャンスが舞い込み、でも筆力は全然足りないし、舞台のルールやセオリーもよく分からず、書けなくて書けなくて、暗闇の中を手探りで歩くような気持ちでいた時期でした。

ニール・サイモンは劇作家としてデビューする前、コント作家として活動していたそうです。
一念発起して、初の戯曲『カム・ブロー・ユア・ホーン』を書き、何とか上演しようと、大物プロデューサー・マックス・ゴードンに読んでもらった頃のことが『書いては書き直し』の中に、詳しく書かれています。
読み終えたマックス・ゴードンから、若きニール・サイモンへの講評を引用します。

「芝居は、家のようなものだ。しっかりした土台の上に建てなければいけない。この芝居にはしっかりした土台がない。砂の上に建てた家だ。幕が上がれば、この芝居はたちまち砂に沈むだろう」
「登場人物のない芝居はない。まず人物を作る。それから話の筋を作って、それから台詞だ。話も台詞もあって人物がないなら、何ができる?」「砂の城」「わかってるじゃないか。よし。よくきてくれた。そのうち傑作を書いたら、真っ先に読ませてくれ。ドア閉めてってくれ」

このまま全部、自分に言われていることのように思えて、ベタな表現ですが「ガーン!」と衝撃を受けたのをよく覚えています。
そして、「ドアを閉めてってくれ」と追い帰されたニール・サイモンが感じたことは以下の通り。

年齢はもはや三十一歳、野球選手ならたいていが中年とみなされ、新人の劇作家はとうにいくつか小品を発表して芽を吹いている年ごろだ。それなのに、私のなしとげた進歩はたかだか、登場人物とはいえないような人間たちにおかしい台詞を書いただけだ。しかもその人物たちはおおいにいやなやつで、そいつらがみんな土台のない家に座っている。

この部分には感情移入しまくって何度も読み返しました。
この種の絶望感は、脚本家予備軍だった頃、数えきれないほど味わっていたので……。
でも同時に、「ニール・サイモンですら、始めはこうだったんだ」ということが私にとっての微かな希望にもなりました。

これまでも何度となく感じて来たことですが、「自分の書いた文字列で、人を笑わせたり泣かせたりする」というのは並大抵のことじゃないんですよね。
この世に存在してもいない人を創り上げて、まるで実在する人物のように感じてもらい、実際には起きてもいない事件を起きたかのように書いて、「その顛末を知りたい」と感じてもらう。
その難しさに頭を抱えてばかりの日々ですが、『書いては書き直し』は、私にとって落ち込んだ時のお守りのような本です。

ニール・サイモン作品の中で私が一番好きな『はだしで散歩』についても投稿しているので、こちらもお読みいただけるとうれしいです。

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