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エッセイ

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記事一覧

膨張する多面体

膨張する多面体

この人生はあの人には秘密だ。

そう思うのは多面的な人生のたった一面だと思っていたけれど、いつのまにか、複雑なレーザー光線で閉ざされた機密情報の入った宝箱のように、わたしの本当の人生のすべてを知る人はごくわずかになった。

大人とはみんなそういうものなのだろうか。
膨張し、複雑化した多面体は、俯瞰してみればなんだか、もうわたしの手に負えないもののような気がしてくる。

暇なバーのお店番をしながら、

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睫毛がはげても

マスカラで上手く上がったわたしの睫毛を友人がふざけて引っ張るので、「抜けちゃうよ、はげる、笑」と言ったら、
「睫毛がはげても変わらず一緒にいてあげる」
と返ってきた。

「睫毛がはげても変わらず一緒にいてあげる」

こういうのって、詩だよなあ、と思う。

変わらず一緒にいてあげる、
自分の存在があるということがわたしにとって喜ばしいことなのだと、淀みなく身軽に確信しているのが良い。

ふと日常から

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31歳という地点から振り返る景色

31歳という地点から振り返る景色

去年生前葬をして、20代のきらめきを存分に成仏させてから、少女性というものへの苦しい執着がすこしだけ、いや、かなり、手を離れたような気がしています。ほのかに寂しい気持ちはたしかにありますが、それよりはるかに、やっと視界が開けたような清々しさがそばにいてくれるようになりました。

今年は面白いことがどんどんやってきて、わたしのそばにいて、通り過ぎていきました。わたし(の内面)もおそらく驚くほど変わり

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さわれる思い出と電子書籍

さわれる思い出と電子書籍

最愛の恋人からの初めての誕生日プレゼントは何?と共通の知人によく聞かれたが、彼がくれたのはKindle端末だった。

その思ったよりずっと実用的な贈り物との距離感は、最初こそ戸惑ったものだが、アマゾンプライムスチューデントに加入しているわたしとは相性が良く、殊に風邪を引いた暇な病床で横になったまま次々と作品を購入しては読めるというのが良かった。

7年が経った。

今年で31歳になるわたしだが、こ

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東京の点、線、面

大学1年生のときに入り浸っていた、池袋の「いつものラブホ」。彼はスタンプカードを貯めていて、5個で休憩無料、10個で宿泊無料になるから、わたしたちは大分その恩恵に預かっていた。

「いつものラブホ」はホテル名なんて覚えていなくて、西口を出てあの繁華街を抜けて、あのコンビニを曲がって、あのいつも賑やかな飲み屋さんの角を左、次に右。毎度それだけで十分だった。

のちにその賑やかな飲み屋さんは中野と新宿

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わたしが東京にいる理由 #ALT図書館

『#ALT図書館』というTwitter企画に参加させていただきました。

写真:
水憂@wasureru22

企画:
はしこ。@hasiko_、無限@chan_mugen

わたしが東京にいる理由

「演劇がしたいならここにいちゃだめ。ここには何もない。」

体感としてはもうこちらにいる人生のほうが長いような気がしていたが、まだ地元にいた年数のほうが断然長いのだった。物心ついてからをカウントする

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世界のすべてを愛したかった

泣きながら「好きだ」と言った記憶がある人は世界にどのくらいいるだろう。きっと掃いて捨てるほどいるだろう。わたしもその、「掃いて捨てるほど」を経験した、ありふれた人間のひとりだ。 ポリアモリー、なんて言葉がわたしの人生に輸入されたのはごくごく最近、30歳も視界に入ってきたここ数か月の話で、肩こりの概念がなかった昔の日本には肩こりがなかったというが、言葉がなければ概念は存在しないのだった。

「月が

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Kくん

Sくんから訃報を聞きました。お疲れ様。Kくんとは、学生時代のある日にカフェで何時間も喋っても飽きなくて、最後は戸山公園を散歩しながら話していたらおしりを出した変質者がいて、二人で無言で逃げ出してその場を離れてから、大笑いしたことをよく覚えています。その時、ああ、この人とは一生友達でいるんだろうなと思いました。
素晴らしく美しい時間をくれて、確かにわたしの人生に明かりを灯してくれてありがと

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セックスフレンドがいた 後編-2

「結婚しよう」と、生まれて初めて言ったのだった。

ニはわたしを好きになった。わたしもニを好きになってしまっていた。どちらが先かわからない。わたしたちは一緒に行ったカラオケボックスで気がついた。「好きになっちゃったね」。

ニの社員寮は女子禁制フロアだった。が、そんなの恋する二人にはスパイスでしかなく、ニの一人暮らし8畳1Kのお城に迎え入れてもらえることが、心底嬉しかった。

狭いキッチンについで

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セックスフレンドがいた 後編-1

もう一人、の話をしてもいいだろうか。バンドマンと付き合うと歌にされるというが、わたしとセックスフレンドになるとポエムにされるということを、人類諸君は思い知らなければならない。それにわたしはかつてバンドマンと付き合っていて歌詞に現れる二人称のすべてを自分に重ねていたこともあるのだからなめないでほしい。


その人が現れて(もう消えてしまったが)、もうすぐ2年になるのだ。記憶があまりに痛々しく、熱を

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セックスフレンドがいた 休憩編

文章にして公開することで、自分の性を切り売りするということがどういうことなのか、実はまだ正直よくわかっていないところがある。女性が無闇にそういうことをするのは良くないというような言説もどこかで見たことがあるが、じゃあ男性ならいいのかとか。

そもそもなんのためにこんな話を好んでしているのか。簡単に言うと、心の中の鳥がそう望むから、それに尽きるのだが。
わたしは過去のセックスによって、おそらく何かを

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セックスフレンドがいた 前編

泣き出してしまった自分の泣いている理由がわからないのは珍しいことだった。だからわたしは今日筆を取ることにした。

経験人数は十の位を四捨五入したら3桁になる頃に数えるのを諦めたが、その頃に同時に数の増加も止まった。その頭打ちになる少し前の話だ。

4年付き合ってセックスレスになるのは普通のことだと何度自分に言い聞かせたことだろう。それでもかなしみは消えなかった。だからわたしは恋人以外に性愛を向けた

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語彙はほしいよ、いつだって。

語彙はほしいよ、いつだって。

歌う代わりに文章を書くし、書く代わりに歌う、そんなかんじ。
お酒に酔えばよく喋るけど、本当は心のなかではそれくらい喋ってる。言葉が好きだから、すらすらと出てこない。一番いい言葉を選びたいから。
ちょっと暗く文学的なことを言うのがアイデンティティだと、自分で思っていたら、それはそこから抜け出せるはずもないよね。

初恋のたびに、語彙がほしいと思った。
先生に逆らうため

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要約できなかった2020年

第二次緊急事態宣言=ステイホームである。夫は眠っている。

先日結婚式場の下見に行った。

私と夫は第一次ステイホーム期にインターネットで知り合い、宣言解除後に初対面し交際から婚約、入籍までを済ませ、では結婚式をというところまでを、第二次ステイホーム前にすり抜けた形になる。

2020年はこんな年だったねということを、わたしたちはこれからの人生も結婚とともに思い出すことになるのだろう。

(大学入

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