セックスフレンドがいた 後編-2

「結婚しよう」と、生まれて初めて言ったのだった。

ニはわたしを好きになった。わたしもニを好きになってしまっていた。どちらが先かわからない。わたしたちは一緒に行ったカラオケボックスで気がついた。「好きになっちゃったね」。

ニの社員寮は女子禁制フロアだった。が、そんなの恋する二人にはスパイスでしかなく、ニの一人暮らし8畳1Kのお城に迎え入れてもらえることが、心底嬉しかった。

狭いキッチンについでに並ぶ化粧水もコーヒーサーバーも、ことごとくセンスが良く、わたしはつくづくニが好きになるばかりだった。

ニのユニクロの部屋着を借りて、本棚のラインナップを眺め、わたしたちは通り一遍のくすぐったさを享受した。

これが仮の状態だと、知っていたからあんなに混じり気なく幸せだったのだろうか。恋愛の作法は一通り知っている大人の、王道な塗り絵を二人でなぞるような恋だった。

ニは関西のひとだった。やさしい関西弁が愛しかった。
ニが1ヶ月後から関西に戻ることが決まった。

遠距離でもいいと迷いなく思うほど、わたしにとってニは唯一無二の存在になっていた。

だがニは決してうんと言わなかった。
東京で夢を追うわたしに、いつの日かこの場所を離れる約束はさせられない、わたしが演劇を辞めるのを待つのは絶対に嫌だと。

それなら、わたしは。

わたしは、今、演劇か愛かを選ばなければならないと思った。それはわたしにとって人生の半分と半分、つまりすべてで、どちらを選んでも身が引き裂かれる思いがした。

だけど。
わたしにとって、人生で一番大切なのは、愛だと思った。愛なくしてはわたしでいられないと思った。

だから、すべてを捨てて、知らない土地で暮らそうと思った。

そう伝えても、ニはうんと言わなかった。
わたしに演劇を辞めさせることだけは絶対に嫌だ、
そうして輝いているあなたを好きになったのだから、と。

ならば、わたしはどうすればいい。
離れがたいニの部屋で、ニもわたしを抱くことをやめなかった。二人とも泣いていた。わたしは言った。
「叶わなくていいから、言うだけ言っていい?
    結婚しよう。」

これがわたしの、生まれて初めての、プロポーズだった。

そうして、わたしとニは、私鉄の改札で、思いを振り切って、互いの手を離した。

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