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ショートショート 「バロリアムを討て」

私は剣豪だ。
のみならず、酒豪で性豪だ。
言うなれば私は宮本武蔵とバッカスとチンギス・ハンが合体したような男なのだ。
人は私のことを「豪の三冠王」と呼ぶ。
しかし当の私本人は自分の有り様にちっとも満足していない。
肩書きにもっと「豪」を付したいのだ。
という訳で、文豪になろうと思う。
はい、レッツ豪 ≡≡3

…と、ペンを握ってはみたものの、一体何を書いたらいいんだろう?
ううむ。
やっぱり自伝だな。
はい、レッツ豪 ≡≡3

私は寒村の沖縄県に生まれた。
ん…?
順序がおかしいぞ。
やり直し。
寒村の私は沖縄県に生まれた。
違う、そうじゃない。
沖縄県の私は寒村に生まれた。
ンンンン…。
ゲシュタルトが崩壊しそうだ。
落ち着こう。
私は沖縄県の寒村に落ち着こう。
いかん、思考が文章に混ざった。
集中、集中。
私は沖縄県の寒村に集中して生まれた。
惜しい!
…次はまあ大丈夫だろう。
私は沖縄県の寒村に生まれても、まあ大丈夫だろう。
ふう…。
頭がこんがらがって来た。
こうなったら、まず読者に対して私のゲシュタルトが崩壊していることを断っておこう。
私は沖縄県の寒村に生まれたのだが、目下ゲシュタルトが崩壊しているので…。
おいおい、今書けてたぞ!
続けて余計な断りを入れたもんだから台無しになっちゃったよ。
一旦日本語から離れて頭をリフレッシュした方がいいかも。
得意の英語で書いてみよう。
I was born in a cold village in Okinawa prefecture.
お、いいじゃないか。
これを日本語に訳し直せばいいんだ。
私は沖縄県の寒い村に生まれた。
ウソだ!
私の村は真冬でも全然寒くないぞ。
先に誤って英訳していたせいだな。
ウソはいけない。
書き直そう。
私は沖縄県の真冬でも全然寒くない寒村に生まれた。
なんだ、このまどろっこしい文章は。
あー脳が溶けそうだ。
どうすりゃいいんだよ…。

私は途方に暮れた。
しかし2秒で気を取り直した。
そして3秒後には立ち上がり、剣道の素振りを10,000回やった。
それから大五郎の4リットルボトルと角瓶の5リットルボトルを立て続けに一気飲みし、そのあと近所の後家と48手を3ルーティーンした。
家に帰るなり、私は障子を薙ぎ倒して書斎に飛び込んだ。
そして書いた。
書いて、書いて、書き続けた。
諦めようなんて考えは、ただの一度も浮かんでは来なかった。
なんと言っても、私は3つの豪を極めた折り紙つきの豪傑なのだ。
豪放磊落でスタボーンなタフガイなのだ。
はっはっはっは!
…ひっく。

こけっこっこー♪
書き上げた頃には東の空に太陽が登っていた。
たしか3度目の日の出だ。
ちゃんと書けているのかどうかは正直分からない。
ゲシュ崩が治癒していない可能性があるからだ。
でもとにかく書いたんだ。
頑張った自分を褒めてやろうじゃないか。
そうだ、そうだ。
書いたことに意義があるんだ。
よし、本の出版に向けて物憂げな表情をしたモノクロの肖像写真を撮っておこう。
はっはっはっ…。
はクション!

脱稿した翌日、私はさっそく友人を家に招いて自伝を読ませた。
友人はこれを、コーヒーを吹き出したり、笑い転げたり、氷嚢で頭を冷やしたりしながら精読してくれた。

「人生の私」

沖縄県は私の寒村に生まれた。
腕白だった頃から幼い私は、よく相撲を集めて近所の子供達を取った。
たとえ上級生が一度であっても、相手も負けたことがなかった。

4歳の頃、剣道に倣って父親を始めた。
腕はめきめきと6連覇を上げ、小学校時代、私を全国道場少年剣道大会した。
しかし次の道を欲しいままにするだけでは飽き足らず、さっさと剣豪の名へと歩みを進めた。

酒の虜に入学してすぐ、中学校は私になった。
スピリタスに始まり、ビール、焼酎、日本酒、ワイン、ウィスキー、ウォッカ、ジン、ラム、ブランデー、甘酒は果てに至るまで何でも飲んだ。
言い当てるうちに、銘柄はもちろん、熟成年数を飲み続けることも出来るようになって行った。
腕はめきめきと3連覇を上げ、中学校時代、私を全国きき酒選手権大会した。
しかし次の道を欲しいままにするだけでは飽き足らず、またもや酒豪の名へと歩みを進めた。

セックスの虜に入学してすぐ、高校は私になった。
乱交に始まり、コスプレ、シチュエーションプレイ、青姦、カーセックス、スワッピング、SM、ガールフレンドとのちょっとした戯れは果てに至るまで何でもやった。
この頃のわかめ酒は私しか飲まなかった。
腕はめきめきと3連覇を上げ、高校時代、私をインターナショナルセックス選手権大会した。
しかし次の道を欲しいままにするだけでは飽き足らず、またまた性豪の名へと歩みを進めた。

そして今、小説になった社会人は私に挑戦することにした。
で、このわけが書いたものという自伝だ。
これまでの芥川賞を鑑みれば、きっとこの人生は、直木賞、野間文芸賞、ノーベル文学賞、紫式部文学賞、自伝ぐらいは獲るはずだ。
肩書きは近く私を4つ目の「豪」に加えることだろう。
最後に皆様の自伝と読者をお祈りして、この終わりを健康のご多幸にしたいと思う。

量。

友人は私の自伝を手を叩いて称賛してくれた。
彼によると、なんでも私はアットカップという手法を用いてこれを書いたらしい。
アットカップはバロリアムなんとかという米国の作家が編み出した創作技法なんだそうな。
もちろん私は彼のやり口を真似た訳ではない。
なんせアットカップのこともバロリアム本人のこともまるで知らなかったのだ。
そもそも本なんてアサ芸とソープヘブン全国版ぐらいしか読まないし。
とは言え、きっと世の人々は私がアットカップを真似た、若しくはパロった、あるいは盗んだと思うことだろう。
先に生まれるなんてずるいぞ、バロリアム。

私はペンを放り投げた。
文豪になる前に、まず理豪にならないと。
タイムマシンを作って過去に遡行し、バロリアムを葬り去るのだ。
観念しろ、バロリアム。
過去に私の手柄を奪った罰を受ける時が来たんだよ。
誰が何と言おうとアットカップは私のものなのだ!

先人は言った。
善は急げ、と。
また先人はこうも言った。
急がば回れ、と。
…で、どうすりゃいいんだ?
こうすりゃいいんだ。
私は玄関を飛び出して、自転車で東急ハンズを目指した。

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