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ショートショート 「感謝の気持ち」

ここはテレビ局の収録スタジオ。
数分後に生放送を控えているため、空気がぴんと張り詰めている。
フロアディレクターが「本番まで10秒。…8、7、6…」と、カウントダウンを始めると、出演者の女ふたりが昼時のお茶の間に相応しい笑顔を作る。
そしてカウントが終わった。
軽快なテーマ音楽と共に番組のイントロ映像が流れ出す。
続けてカメラが女たちを映し出した。

「こんにちわ。『10分クッキング』の時間がやって参りました。アシスタントの星野です。本日もコズミックチャンネル、Aスタジオから生放送でお送りします。鍋島先生、今日もよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします。今日は肉じゃがを作ります」
「お子様からお年を召された方まで、みんな大好きな定番のおかずですね」
「そうですね。でも、今日はいつもの肉じゃがに少しアレンジを施しますので、ぜひ最後までご覧下さいませ」
「楽しみです。では、さっそく…」

と、その時スタジオの出入り口付近でざわめきが起きた。
出演者のふたりは突然の事態に動揺し、思わずそちらへ視線を向けてしまう。
外部から何者かが侵入を試みているようで、中にいる2名のスタッフがわずかに開いた扉を懸命に押し返していた。
異変に気付いた他のスタッフもすぐに出入り口に駆け付けて加勢する。
その結果、不審者の侵入を防ぐことには成功したのだが、扉を完全に閉じる直前、不審者がスタジオ中に響き渡る大声を上げた。

「この人でなし共め! 糞尿まみれの小屋に押し込まれ、夜ごと屠殺の悪夢にうなされる者たちの気持ちを考えてみろ!」

アシスタントは我に帰り、穏やかな表情を取り戻した。
そしてカメラを数秒見据えたあと、深々と頭を下げて「大変失礼致しました」と陳謝し、こう続けた。

「視聴者の皆さま。番組で使用しております食肉は、当放送局と契約を結んでいる限られた農家で生産されたものです。これらの農家は最先端の技術とノウハウを駆使し、家畜にとってストレスのない環境を整備しております。食肉の是非につきましてはそれぞれお考えがありましょうが、農家の皆さまが飼育環境の整備と維持にたゆまぬ努力を重ねていらっしゃる点につきましては、何卒お含み頂きますようお願い申し上げます。…という訳で、先生。よろしくお願いします」
「はい、感謝して頂きましょうね。では参りましょう。材料はいつも通り4人前用意しております。ジャガイモが3個、玉ネギが1個、ニンジンが2分の1本…」
「あら、先生。立派なニンジンですねぇ」
「そうですね。もし小振りだったら、まるまる1本使って下さい」
「はい」
「それから、インゲンが50g、ニンゲンが200g…」

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