鈴木春夜

短編小説や言葉たちを届けていきたいと思います。

鈴木春夜

短編小説や言葉たちを届けていきたいと思います。

マガジン

  • 連作短編小説「あたたかなおうち」

    ひとり暮らしをしている「みみちゃん」が選んだアイテムたちの、とても短くて小さな物語を公開しています。

  • 短編小説

    短編小説を公開しています。

最近の記事

あたたかなおうち

僕はみみちゃんが暮らしているおうち。 僕は10階まである細長い集合住宅のひと部屋で、かれこれ20年以上この場所でいろんな人たちの住まいとしてやって来た。 女の人、男の人、学生さん、働いている人、本当にいろんな人がこの部屋に住んでくれた。 トイレとお風呂は別ではあるけれど、そんなに広くはないから、生活する場というよりはただ寝るだけの場所として使っている人もいた。 床がみえなくなるくらい物をぎっしり置いている人や、あまり掃除や料理をしない人もいた。

    • いちりんざしさん

      玄関右横にある洗面台のちょっとしたスペースに私はいる。 私のほかには歯ブラシさん、歯磨き粉さん、綿棒さん、ヘアオイルさん。 しゃこ、しゃこ、しゃこ。 みみちゃんが歯磨きをしながら洗面台にやって来た。 みみちゃんは「歯は臓器」だと言って、いつもお口のなかを丁寧にケアしている。 歯磨き、うがい、歯間ブラシ、またうがい。 みみちゃんの歯はみみちゃんの顔とお口のサイズにちょうどいい大きさで、白くて並びもきれい。 歯磨きタイムを終了して、みみちゃんは洗面台の

      • そうじきのマキタさん

        ふしゅっ、ふしゅんっ。うしゅっ。 みみちゃんが、なんどもくしゃみをくりかえしている。 さいきんのみみちゃんは、くしゃみと鼻詰まりのひんどが高くなってきているような気がする。 ぼくはスティック掃除機のマキタ。 みみちゃんの健康のために、おへやのホコリをぜんぶ吸いきるくらいの覚悟でいつもお掃除をしている。 みみちゃん、大丈夫かなあ。 ぼくはしんぱいになる。 どんなにぼくとベルジェさんががんばっても、くるまの排気ガスは「りゅうし」というのが

        • パシーマさん

          ぼくはパシーマ。 みみちゃんのお母さんが、みみちゃんとお姉さんにって用意した脱脂綿とガーゼのキルトケット。 お水も湿気もよく吸うし、保温性もあって、そのうえ薄くて軽くてあたたかい最高の寝具。 ぼくはそんなに大きいサイズじゃないけれど、みみちゃんは小柄だからぼくでじゅうぶん事足りる。 みみちゃんがベッドシーツとぼくの間にその小さなからだをすべりこませるとき、ぼくはみみちゃんがリラックスして眠れるように、ふわっと肌に触れるように注意している。 みみちゃんはよく

        あたたかなおうち

        マガジン

        • 連作短編小説「あたたかなおうち」
          13本
        • 短編小説
          1本

        記事

          ことりのコップさん

          みみちゃんがベッドに腰をかけて、てつこさんで沸かしたお白湯を飲んでいる。 ふぅー、ふぅー、ふぅー。 お水でぬるめたりしていないから、息を吹きかけて冷ましながら、ゆっくりゆっくり飲んでいる。 わたしは、みみちゃんのおともだちがみみちゃんにプレゼントしたコップ。 厚めの陶器でできていて、かわいいことりの絵柄がついている。 白色とうすい水色とアクセントに黄金の色が入っていて、ことりの絵柄の部分は丸い感じで立体的になっている、しゃれたコップ。 おでかけの予定が

          ことりのコップさん

          パソコンラビイさん

          みみちゃんが僕を見て、楽しそうに笑っている。 そんなみみちゃんを見て、僕もとても楽しい気持ちになる。 みみちゃんが見ているのは、ユーチューブプレミアム。 みみちゃんは毎月いくらかお金をはらって、ユーチューブが無料で見られるサービスを利用している。 みみちゃんがいま見ているのは、有名なメイクアップアーティストの人の動画。 その人はメイクアップのスキルが一流なうえにすごくおもしろい人で、おうちのようすやお洋服なんかも動画にして公開している。 そしてその人は

          パソコンラビイさん

          クールなつくえさん

          僕はみみちゃんのお姉さんが実家で使っていたつくえ。ルームライトくんと一緒にみみちゃんのおうちに来た。 ルームライトくんは真っ白なホーローでできていて、どんなインテリアにもさらっと自然になじむ。 僕はつくえと言っても学習づくえやひとり暮らしの人がよく使っている4本足のローテーブルではなくて、ルームライトくんに言わせると、ちょっとクールな感じのつくえなのだそうだ。 僕は天板が乳白色のうすい水色のガラスでできていて、その天板を白いロの字型の鉄材で支えている。 僕には

          クールなつくえさん

          ベルジェさん

          みみちゃんが「脱硫」と書かれた安全なマッチに火をつけて私に近づいて来る。 きゃーっ、あつい。やけどしちゃう・・・! なーんて、うそ。 私はおへやの空気をきれいにできる、とっても有能なパフュームアロマオイルのランプ。 モーリスさんて人が100年以上も前に大発明した、かっきてきなアイテムよ。 みみちゃんが大学の卒業旅行でフランスに行ったときにおみやげの品としてみつけてくれたのよ。 せっかくの海外旅行だからってふんぱつして、みみちゃんはお姉さんにもおなじアロ

          ベルジェさん

          ルームライトさん

          きゅい、ぱたん。かちゃ、かちゃり。 ドアを開けて閉じる音と、鍵を閉めてドアチェーンをかける音。 ぱちん。 今度はリビングのドアの脇にある電気のスイッチを押す音。 みみちゃんが帰って来た。 僕は、うんしょっと気合いを入れて明かりをともし、お部屋の中を明るくする。 僕はみみちゃんのお姉さんが実家のおへやで使っていたルームライトで、2人がめいめい実家を出るときに、ガラスのつくえさんと一緒にこのおうちに来た。 みみちゃんは「うーん」といっかい伸びをして、「

          ルームライトさん

          なべしきさん

          ぼくはみみちゃんが作ったなべしき。 7色のアクリルの、もこもこ布で編んでくれた。 ぼくはなべしきだけど、ふだんは鍋は敷いていない。てつこさんが沸かしたお湯を入れた魔法瓶の底をあたためている。 みみちゃんは縫い物をしたりお料理をしたり、手作業するのが好きみたい。 ずっと以前はお料理教室に通っていたし、最近はときどき裁縫教室に通っている。 裁縫教室はおうちの近くにあって、そこの先生とは気が合うみたいだ。(お料理教室の先生のことは、そんなに好きじゃなかったみたい

          なべしきさん

          てつびんてつこさん

          私はてつびんのてつこ。 このおうちで誰よりもみみちゃんの健康を守っているの。 私は三代目の鉄瓶で、いっぺんにたっぷりのお湯を沸かすことができる。 みみちゃんが最初に買った小さなきょうだいは容量が少なくて、みみちゃんのお母さんが使うことになった。 みみちゃんのお母さんは小さくてかわいいものが好きだから、ミニチュアの鉄瓶みたいなきょうだいをとても喜んだんですって。 次にみみちゃんが買ったのは中くらいの大きさのきょうだいだった。 中くらいの大きさのきょうだいは650ml

          てつびんてつこさん

          アラジンさん

          しゅーん、しゅーん、しゅーん。 水を張ったグリルパンの上、すのこにのせられたプリンを温める音が庫内にひびく。 エプロン姿のみみちゃんが、時々庫内をのぞきに来る。 浅めのグリルパンと深めのグリルパンでおおわれているから、中のプリンは見えないよ。 そう思ったけれど、みみちゃんがそうやって見に来てくれるのが僕は好きだ。 今日は土曜日で、みみちゃんはおうちで家事をしている。 朝から洗濯と掃除をして、新しく来たお花のお水を変えたり鼻歌を歌ったり、たまにくしゃみを

          アラジンさん

          ハッピーフラワー

          お店を出たらサーモンピンクと水色のグラデーションにおり上げられた夕空があまりに美しくて、私は思わず「きれいだね」って声に出してしまいそうになった。 もうすぐ夜をむかえる夕方の空気は、りんと冷たくて心地いい。 私はあなたとおうちを目指してゆっくり道を進んでゆく。 リードを付けておさんぽするワンちゃん、とおくをゆく千鳥、公園、立ち飲みできるちいさな酒屋さん。 ああ、いいなあ。平和でやさしい日常のために時間がちゃんと流れている。 やわらかな風があなたの前髪をさら

          ハッピーフラワー

          一花結び

          星が降るような美しく静かな夜は、真白のことを思い出す。 貧しく、温かな家族もなく村人から見向きもされないような僕の妻になってくれた真白。 雪のように息を吞むほどの肌の白さと端正さ、そして何よりも細やかで優しく美しい心の持ち主だった僕の妻。 冬の乾いた空気から逃れるように瞳を閉じると、もう会える筈のない彼女の姿が浮かぶようだった。 閉じられた瞼の内側で少し潤いを取り戻した瞳は、そのまま僕の記憶と心の内を水分に変えて、涙になって膨らんでゆく。 真白。 僕は恋しく愛しい