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あたたかなおうち
僕はみみちゃんが暮らしているおうち。
僕は10階まである細長い集合住宅のひと部屋で、かれこれ20年以上この場所でいろんな人たちの住まいとしてやって来た。
女の人、男の人、学生さん、働いている人、本当にいろんな人がこの部屋に住んでくれた。
トイレとお風呂は別ではあるけれど、そんなに広くはないから、生活する場というよりはただ寝るだけの場所として使っている人もいた。
床がみえなくなるくらい物をぎっしり置いている人や、あまり掃除や料理をしない人もいた。
僕は「住居」だから、やっぱり「家」として扱ってくれる人が好きだ。そしてみみちゃんは、いろんな入居者がいたなかで、だんとつに素敵な人だった。
みみちゃんは料理が好きだし掃除もしっかりしてくれるし、僕にちゃんと「家」としての役割を与えてくれる。
さいきんはたまに銭湯に通い始めたけれどお風呂もちゃんと使ってくれるし、かわいいカーテンやお花や小物で僕という部屋を彩ってもくれる。
生活やそれにかかわる物事をとても大切にしていて、丁寧に暮らしている。
だからみみちゃんが選んだ「物」としての僕らは、そんなみみちゃんのことが大好きだ。
みみちゃんは僕らにたいして、大切な友達みたいに接してくれる。
物だから、気持ちや思考を持っていないから、みたいな理由で雑に扱ったりはしない。
きっとみみちゃんは、世界や人生が愛すべきものだと知っているのだ。
「着替えとタオルと、あとお財布」
みみちゃんが持ち物を確認しながら準備をしている。ああ、今日は銭湯に行くんだな、と僕は思った。
前にみみちゃんのお母さんとお姉さんの3人で1泊2日の家族旅行に行った時、大浴場で体を伸ばしてゆったりお湯に浸かれたのがとても良かったらしい。
このあいだお姉さんに電話で「銭湯にはまりつつある」と話していたから、きっとみみちゃんの銭湯通いはしばらく続くだろう。
みみちゃんが満足そうにたっぷりのお湯の中で体と心をゆるめているところを想像すると、僕はすごくうれしい気持ちになる。
みみちゃんのしあわせが、僕のしあわせでもあるんだよ。
僕はみみちゃんがトイレに入っているあいだに、聞こえないようこっそりとみみちゃんにそう伝えた。
僕はこれからもみみちゃんのしあわせを願いながら、みみちゃんのおうちとしてできる限りのことをしようと思う。そしてそれはきっと、ほかのみんなも同じはずだ。
そんなふうに誰かのしあわせや健康を願えることを誇らしくうれしく思いながら、僕は銭湯に出掛けてゆくみみちゃんを見送ったのだった。
この小さな物語に目を留めてくださり、 どうもありがとうございます。 少しずつでも、自分のペースで小説を 発表していきたいと思います。 鈴木春夜