いちりんざしさん
玄関右横にある洗面台のちょっとしたスペースに私はいる。
私のほかには歯ブラシさん、歯磨き粉さん、綿棒さん、ヘアオイルさん。
しゃこ、しゃこ、しゃこ。
みみちゃんが歯磨きをしながら洗面台にやって来た。
みみちゃんは「歯は臓器」だと言って、いつもお口のなかを丁寧にケアしている。
歯磨き、うがい、歯間ブラシ、またうがい。
みみちゃんの歯はみみちゃんの顔とお口のサイズにちょうどいい大きさで、白くて並びもきれい。
歯磨きタイムを終了して、みみちゃんは洗面台の向かいにあるトイレに入った。
私はわりと最近このおうちに仲間入りしたいちりんざし。
みみちゃんが通っている裁縫教室の先生が使っていた脚付きのガラスのカップで、先生がもう使わないものだからってみみちゃんに譲ることになってここに来た。
もともとはいちりんざしの用途ではなくて、ヨーグルトやナッツなんかのちょっとしたものを入れるのに使われていたんだけれど、ソーサーつきのティーカップさん(ふたごの姉妹)たちと一緒にみみちゃんのおうちにもらわれて来ることになって、今の暮らしになった。
みみちゃんはどういうふうに私を使ってくれるんだろうって思っていたら、かわいくて小さなお花を生けるいちりんざしとして使ってくれるようになったの。
そんなふうにかつようしてくれるなんて!
食器として使われるのもいいけれど、お花をかざるうつわになれるなんて、すてきだわってうれしくなった。
大きなガラスの花瓶にかざられているお花もいて、みみちゃんはお花が好きなんだなって私は思う。
みみちゃんがトイレから出て来て、手を洗ってからうーって伸びをした。
鼻歌を歌いながら火の元と戸締りを確認して、それから小さなキャンドルにマッチで火をつけた。
その火でお香さんにも火をつける。
今日のお香さんは、お姉さんから分けてもらったざくろの香り。
夜の空気のゆらぎにのって、お香さんの香りがおうちのなかをゆるりとかけめぐる。
ああ、いい香り。
みみちゃんがルームライトさんの明かりを消して、それからベッドサイドのライト(かしつきさん)のスイッチを入れる。
薄暗いおうちのなかにオレンジ色のやわらかな光が灯って、私たちのいる場所は小さくて安全な夜の箱庭になった。
おうちのみんなもみみちゃんも、すこやかな明日の朝のために眠りの準備をはじめている。
お疲れさま、みみちゃん。おやすみなさい。
どうか明日もこれからも、世界がみみちゃんみたいにおだやかで平和でありますように。
私たちはみんなおんなじ気持ちで、みみちゃんにそう声をかけてゆっくりと眠りについた。
この小さな物語に目を留めてくださり、 どうもありがとうございます。 少しずつでも、自分のペースで小説を 発表していきたいと思います。 鈴木春夜