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【10分間の奇跡】認知症が治る時

認知症という病は、患者から過去の記憶やコミュニケーション能力を奪い、親しい人や大切にしていた物事すら思い出せなくなっていくため、「長いお別れ」とも表現されることがあります。


また、現状では有効な治療法も見つかっていない点や、有効な予防法も解明されていないので、これから介護が始まる方や、高齢化が進む中で不安に思う方もいらっしゃるかもしれません。

認知症患者が増加しているのも、平均寿命が伸びたことも原因であると考えることができます。

19世紀には一部の認知症患者が突然明晰な意識を取り戻し、家族や友人と昔のように会話をし、食事を楽しんだりする事例が報告されていました。

しかし、ここには大きな落とし穴があったのです。


認知症状態からの回復

オーストラリアのモナシュ大学、心理学准教授のイェン・イン・リム氏の研究では、認知症状態から回復した人の43%は24時間以内、84%が1週間以内に亡くなると推定されるとされています。

この現象自体、実は昔から在宅介護の患者の家族や医療関係者に知られていて、有名なお話。

これまでこのような現象は科学的な研究対象とはされていませんでしたが、2009年から、この現象に「終末期明晰(terminal lucidity)」という名で呼ばれ始めています。


実体験

筆者も長年祖母の在宅介護を行ってきました。
重度の認知症で、アルツハイマー型に加え、レビー型も混合するようなタイプのもの。

寿命を迎える準備を整えながらの最期の時というのは、やはり1ヶ月ほど前からその兆候が感じられ、2週間前くらいになると、食事、水分補給等在宅介護をしていると最期の時間の準備を始めることになります。

旅立つ1週間ほど前、食事も水分もほぼゼロの状態が続いており、一日中寝ているような状態でした。

食事の嘔吐があってからは、無理に食べさせたり、点滴を入れたりなどは選択せず、徐々に断薬をしていくというスタイルでした。
この辺りは、終末期にかけてどういう判断をしていくかは、非常に難しいことになりますので、時間をかけてよく考察してください。


旅立つ前日の出来事

旅立つ2日前でした。
この日は約2年続いた訪問入浴の日。

往診医や訪問看護、訪問入浴に同行したナースからも「入浴中に亡くなるかもしれませんが、よろしいですか?」という状態でした。

無事に入浴が終わり、祖母が「あー、さっぱりした!気持ちいいね!」と爽やかな笑顔で発言したんです。

これはもう絶対に医学的な説明はできないと思いました。

さすがに多くのレポートにあるようなみんなで会話を楽しんだり、食事をしたりというような状態ではなかったんですが、認知症が重度になって、また要介護5になってから実に3〜4年ぶりに久しぶりに祖母と会話した気持ち。

これが最後になると直感的に確信しました。

「ありがとう」を何度も伝えると、そのまま笑顔で眠り、翌早朝に息を引き取りました。


終末期明晰

一般的には死の直前に見られることが多いとされる終末期明晰。

もちろん、すべてのケースが死の直前に発生するわけではありません。

2024年の研究によると、進行した認知症患者の多くが、死の6カ月以上前にわずかな明晰さを示すことがあるともされています。

また、髄膜炎や統合失調症、脳腫瘍、脳外傷の患者でも、急に頭脳の明晰さを取り戻す事例が報告されています。


逆説的明晰

死の直前でないタイミングで頭脳の明晰さを取り戻す現象は「逆説的明晰(paradoxical lucidity)」とも呼ばれ、これは神経変性疾患の予想される経過に反するためであるとされています。

しかし、逆説的明晰は一時的なものであり、疾患の進行が止まるわけではありません。

近年、終末期明晰に関する研究が進んでいますが、そのメカニズムは解明されていません。

愛する人の前で発生するという報告や、音楽が頭脳の明晰さを向上させるという研究結果もありますが、多くのケースでは明確なトリガーがない、またはトリガーとなるアクションの特定には至っていないというのが現状です。



明晰と延命

進行した認知症患者の終末期明晰を目撃した人々の反応はさまざまです。

平和で温かい時間と感じる人もいれば、突然の変化に動揺する人もいます。

中には「回復するのではないか」と思い、延命措置を要請するケースもあるそうです。

延命措置については、終末期前の段階でしっかりと基本コンセプトを持っておくことが重要になります。

例えば筆者の祖母の在宅介護の終末期における基本コンセプトは「痛いこと、苦しいことはしない」でした。

すごく曖昧に見えますか?

原則を設定しておくことで介護チームの誰がどんな状況でも原則に沿った判断ができます。

例えば、食べられなくなった、点滴?
身体に針を刺すのは痛いでしょう。。。刺しません。

発熱した?
食事を嘔吐するのは苦しいでしょうから、薬は飲めません。
氷枕で気持ちよくなってもらいましょう。

このようになるわけであります。

細かく〇〇はOK、〇〇はNGなどとリスト化して決めておくことは、「失敗」につながります。

実際のところ失敗ではないのですが、お看取りしたあとの喪失感の段階で、後悔が残るんですね。

どんなに完璧に介護をしていても、必ず後悔は残ります。

後悔は喪失感からの回復に一定のダメージを与えますので、原則を持って失敗を定義できないようにしておきましょう。


リム氏らは、「終末期明晰という現象を知っておくことで、愛する人々はそれが死のプロセスの一部であることを理解し、認知症の人が回復しないことを認め、明晰さを取り戻した人との時間を最大限に活用することができる」とコメントしています。

これは、「認知症が進行して『長いお別れ』が始まる前の患者と再びつながる、最後の貴重な機会になる可能性があります」と述べています。

筆者自身が、死の前日、祖母にありがとうを伝えることができた。
わずか5分〜10分の出来事でした。

祖母は「楽しかったでしょう〜」と笑顔で答えてくれました。

人生でもっとも感情に刺さる、そして感謝を伝えることができて幸せを感じた10分間でした。

この終末期明晰、これから在宅介護が始まる人も、認知症介護が始まる人も、覚えておくといいかもしれません。

認知症介護を頑張った神様からのご褒美かもしれませんね。