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返報性の原理

日本では自己犠牲の精神を美徳とする風潮がある。日本に限らず、自己犠牲を強いることは世界的に様々な宗教でも見られるように思う。 自分が満たされない状態で、他者のために働いたとしても、必ず、どこかにひずみがくる。なので、まず、自分を満たし、満ち足りてから他者を慮るのが筋だろうと私は以前から思っていた。 そして、次第に器が大きくなるほどに、自分、家族、友人、知人、見知らぬ人と、だんだん自分より遠い関係の人を慮ることができるようになっていくのが自然な流れだろう。 内観を深める学び

    • ブランデンブルク門のレリーフのアンティークの小皿

      緊急事態宣言が発令された2020年5月頃、私はミニマムな生活を心掛けるため、メルカリを活用していました。 ブランデンブルク門のレリーフが描かれたアンティークの小皿も出品しました。 これは、1965年に母がベルリンで購入したものです。 出品後すぐに売れたのも嬉しかったのですが、購入者からのメッセージに心が温まりました。 「インターンでベルリンに留学していた父の元に、母が1965年に訪れました。父はもう他界していますが、このお皿を母にプレゼントしたいと思います」とのことでした

      • 人媒花

        職場の裏のひいらぎ木犀が、今年も可憐な白い花をつけた。 大好きな香りを肺いっぱいに満たしたくて、木の下で深呼吸をする。 金木犀の香りが、太陽を燦燦と浴びたカルフォルニアのシャルドネだとすれば、ひいらぎ木犀や銀木犀のそれはアルザスのリースリングのようだ、とは個人的感想。 そういえば、木犀たちの実を見たことがないなとハタと気付く。 植物がよい香りを放つのは、虫に媒介をしてもらい、結実するのが目的だろうに。 そこで検索してみると、木犀には雌雄の株があり、江戸時代に中国から日

        • 人新世の「資本論」を読んで

          この本はきっとこれからの世の中の行く末に、また、私の生き方にも大きな影響を与える著作ではなかろうか。 図書館で予約していた本の順番が回ってきた頃には、どこでオススメされていたのかすら定かでなくなっているのは常だけど、この本を手にしたときには一体、自分が何故、この本を読みたいと思ったのかすらわからなかった。人新世(ひとしんせい)とは何ぞや。資本論って、昔、高校の教科書で一つ覚えで暗記したあのカール・マルクスの資本論のコトかえ?状態。 という訳で、他に借りた本を先に読んでいて

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        • 読書感想文
          2本

        記事

          死にゆく人の心に寄り添う

          著者の玉置妙憂さんを取り上げたNHKのクローズアップ現代のサマリーのサイトを友人に教えていただいたのがこの本を手にしたきっかけだった。 玉置妙憂さんは大学卒業後、就職、結婚をされたのち、お子さんが重度のアレルギーを持っていたことから看護師になり、更に旦那様の”自然死”という美しい死にざまに立ち会ったことを機に高野山真言宗で修業を積み僧侶となったという異色の経歴の持ち主だ。 大腸がんの手術、化学療法を行った著者の旦那様は3年後に再発してからは、治療をせず、在宅で過ごすことを

          死にゆく人の心に寄り添う

          母の手稿より①

          高校入学のための誓約書の親の名をかく息子に父親はいかる。「ここはパパがかき入れる所だぞ。」 とすぐ様、息子は「やーやあーごめんごめん。おと~さんの生きがいをとってしまって。」 いかり顔の父親は片目をつぶり やがて満面の笑みを浮かべ 姿勢を正して、ばの字のつく程、丁寧に名を かき、おもむろに印をつく。 その様子を父親が子を見守るごとく息子はにこにこと見守る。 こんな時間を近頃しばしば見かける おかしくって おかしくって。 (昭和62年3月24日)

          母の手稿より①

          旅先の猫

          日帰りジンギスカンツアーで山形に飛んだ旅先で、キジトラの猫に出会った。 人懐こく、私に近づいてくる割に、構おうとすると敬遠する素振りを見せるので、追いかけるのを控えた。 すると、今度は向こうからやってきて、いきなり床からジャンプして、膝に乗ってきた。 そうか、そうかと、亡き愛猫・コタロウも大好きだった耳の後ろや顎、肩甲骨の内側をさすってあげると、気持ち良さそうに、私の膝に顔を埋めて、寧静な表情をした。柔らかく、滑らかな毛の感触が懐かしかった。 しばらくそうしていたけれど、音に

          旅先の猫

          閉まらずの扉

          「そうか、物置の扉はもう閉めていてもいいのだった・・・」  そう気が付いたのは、十九才で逝った猫を見送ってから、三カ月も経ってからのことだった。  小さな物置には猫トイレを置いていたので、ここに越してきてから、十七年もの間、それは開かずならぬ、閉まらずの扉となっていて、代わりにカーテンの端切れで作った布を上から垂らして目隠しにしていた。あまりにも長い間、開けっぱなしにしていたので、その理由よりも、そういうものだという観念が先行して、閉めてもよいのだという発想に至るまでに、三

          閉まらずの扉

          「西行花伝」を読んで

          「西行花伝」を読み終えた。辻邦夫氏のフィルターを通してではあるが、西行の生き方や考え方に触れ、共感もし、気付きもあった。 白洲正子、松尾芭蕉、好きな二人が共に敬愛している西行のことをよく知りたいという気持ちから、お借りした本だ。 西行は平安の雅やかで華やかな世から保元の乱、源平の戦、そして、鎌倉時代へと時代が大きく変遷する真っただ中に生き、若くに出家したお陰もあるのか、望月の頃、桜の下で73才の生涯を閉じるまで、無事に天寿を全うしている。 惜しむとて 惜しまれぬべき こ

          「西行花伝」を読んで