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君の編んだ幸せのカテゴリー #幸せをテーマに書いてみよう

いつも映画館で待ち合わせて、入場するまでの数分間だけ真面目な話をする友人がいる。

今日は僕の突発的な残業で映画に間に合わず、近くのカフェで少し話すことになった。

「彼氏と別れた後輩の女の子に、幸せってなんですかね、って聞かれたんだ」

「へぇ。そのテーマだけで酒が飲めるな」

そう言って友人はコーヒーを口にした。

「そうだな。人によって意見が分かれるよな」

僕は牛乳に近い色をしたアイスカフェラテを飲んでいる。グラスの汗を人差し指で拭った。

「後輩さんは何て言ってたの」

「彼とキムチ鍋をつつくのが幸せでした、って」

「あー、日常が一番あたたかい、ってやつね」

別れた子の言葉だと思うと切ないな、と彼は遠くを見ながら添える。

「君はどう思う?幸せとは」

彼は視線を遠くに固定したまま動かない。こういうとき、聞いてる?と言ってはいけないと知っている。

「んー、俺は、動的な幸せよりも静的な幸せを欲しがる傾向にあるんだよね」

動き出した彼とその言葉に胸が踊る。面白そうだ。

僕は気付いた。ここは映画館じゃない。普段まともに会話してくれないこの男と、いつもより長く、真面目な話ができるかもしれない。

「動的というと、旅行とか?」

「ああ、そうね。それこそ、後輩さんが言ってた食事とかも動的かな。動的っていうのはイベントで、静的はステータスとでも言えばいいかな」

「ステータスが欲しいの?そうは見えないけど」

「確かに、ステータスというと違和感があるな。例えば、髪がいい感じ、とか、恋人と良好、とか。なんて言えばいいかな」

「英語でいう状態動詞みたいな」

「英語嫌い」

「そうだったな、ごめん」

「あー、ごめん、英語苦手」

「いいよ別に」

ふたりでストローに口をつける。彼は昔ストローを噛む癖があった。社会人になってからは意識してやめたらしいが、たまに噛んでしまうらしい。例えば、今みたいなときに。

「お前はどう思うの、幸せ」

問いかけてくる彼の瞳はコーヒーのように真っ黒で冷たくて苦い。

そうだな、と返事をして少し考え、続ける。

「僕は三段階で考えててね、生物レベルの幸せ、社会レベルの幸せ、個人レベルの幸せ。食事や睡眠、性的欲求は生物レベル、みたいな。レベルっていうかラベリングというかカテゴリーというか、どの幸せの方が高尚とかじゃないんだけどさ」

「なるほどねぇ。お前は個人レベルの幸せが好きそう」

「そうだね、社会の歯車として求められるのもかなり嬉しいけど、使い物にならなくても僕であるという理由で求められるともっと嬉しいかな」

「抽象的だけど、求められることに喜びを感じるならお前も静的な幸せを欲してる感じだな」

「そうかもね。君の言葉を借りると、動的幸せを噛み締められる人は静的幸せはある程度得ている気もするし、逆もまた然りというか。現状、静的な幸せを得ていれば動的幸せを求めるだろうし、動的幸せを経験してなお満たされなければ静的幸せに目が向くのは当然のような」

「動的な幸せに関してはもう満足なのか?」

「うーん。刺激より日々の繰り返しを好むから、そもそも動的幸せを感じるセンサーが弱いのかもしれない。好みの問題もある」

「なるほど。お前は、社会で成功するよりは必要とされてる状態そのものを、個人と遊ぶよりは個人に好かれてる状態そのものを心地よく思い、社会に能力を必要とされるよりも個人にパーソナルな部分を必要とされるのが嬉しい、って感じか」

「おー、それっぽい。動的か静的か、生物的か社会的か個人的か、二軸でそれぞれのカテゴリを意識するとすごいそれっぽい」

友人も心なしか楽しそうだ。彼はこういう枠組みを探して体系的に物事を理解するのが好きなのだ。僕はそれを聞くのが好きだった。

「うーん、センサーって考えると、俺は生物的な幸せのセンサーを鍛えたいな」

「なにそれ、面白い」

「自分で意識して自給自足できるのって動的幸せだし、自己完結できて日常で機会が多いのって生物的幸せだもんな、食事とか睡眠とか。そこが幸せに繋がれば幸福度高まりそうじゃない?」

「パブロフの犬な」

「そうそう。自分で自分を躾けるの。この鍋美味いな、幸せだなー、って思考回路を作り上げる」

「あと五十年生きるって考えたら大きな財産になりそうだね」

五十年かぁ、長いな、と彼はあくびをしながら伸びをする。

「僕は社会人になれば勝手に幸せになれるものだと思ってた」

「うーん、いつまでたっても俺は俺だもんな、自動で幸せにはなれないだろうな」

「『夢のような毎日が手を伸ばせばそこに立ってる』みたいに思ってた」

「うわ、なんだっけそれ、聞いたことある」

「ぐぐれー」

「教えてくれよ」

そう言いながら友人は席を立ちスマホを取り出す。他人の優しさに対する諦めの早さが実に彼らしい。じゃれつかずに答えればよかったな、なんて思いつつ二人分のグラスを載せたトレーを手に取る。

「11月は何の映画を観ようか」

「俺はレオン観たい」

「僕はゴッホのやつが観たいな」

友人はこちらを見ずに、あーこの曲か。と少し明るい声を漏らした。






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引用・Mr.Children「幸せのカテゴリー」作詞;桜井和寿


このふたりの前作はこちら


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この作品はあきらとさんの企画に参加させていただいたものです。

昨日も参加作品を公開したのですが、テーマが良すぎてつい二作目。


こちらは冊子への収録を意識せず書きたいことを好きなだけ書きました。

字数制限の関係で二作上げてる方も多いですね、それだけ愛を込めたいテーマです。

素敵な企画をありがとうございました。








大好きなマイルドカフェオーレを飲みながらnoteを書こうと思います。