マガジンのカバー画像

感情電車

23
高専時代(2015-2020)
運営しているクリエイター

記事一覧

感情電車 #0「2つ目の誕生日」

感情電車 #0「2つ目の誕生日」

今日は2021年10月21日。十三年目の10月21日は、ワクチンの副反応と一緒にG1決勝を観戦した。37度の微熱ではあるが、大人になるにつれて発熱することがなくなったからか相当しんどい。
10月21日というのは私にとって、誕生日よりも大切な日だ。昨年の誕生日に何をしていたか思い出せないが、昨年の10月21日のことなら思い出せる。
昨年の10月21日の私は、「学生大量募集!」と謳っていたトイザらスの

もっとみる

感情電車 #1「プロレスがなければ、平凡な夏でした。」

2015年3月16日。高校受験に失敗した。三人の年の離れた姉たちが通ってきた県内で一番と言われている進学校を受験するも、不合格という結果に至った。滑り止めに受けていた富山高等専門学校に4月から通うことになった。
高等専門学校、通称「高専」。五年制の学校。一年次から専門的な勉強に取り組むのが特徴の専門学校。全国にある高専のほとんどが理系の学科で成り立っているのだが、私が入学することになった富山高専の

もっとみる
感情電車 #2 「濃くて薄いゴールデンウィーク」

感情電車 #2 「濃くて薄いゴールデンウィーク」

4人姉弟の末っ子であり、一家の長男。姉弟の中で最も年が近い三女でさえ、私と九つも離れていた。両親が年を老いてから生んだのが私だった。
そんな私が、2015年の春に第一志望の高校に落ちて、滑り止めの富山高専に入学することになった。
私を女手一つで大事に育ててくれた母が、私の高校受験の失敗に悲しんでいた。三人の娘達が当たり前のように通っていた進学校に、年老いてやっと授かった長男が合格できなかったのだか

もっとみる
感情電車 #3 「希望のロリポップキャンディ」

感情電車 #3 「希望のロリポップキャンディ」

2015年4月9日。富山高専に入学してから四日目の朝を迎えた。第一志望で入学してくる学生がほとんどの高専の中で、私だけが魂を高校受験に置き忘れたまま登校していた。
スクールバスの車窓から眺める景色が、勤務先を目指して走る車達で溢れ返る朝の富山の中心街から、潮風で錆びた家が並ぶ海の方へと移り変わっていく。あの時間が憂鬱だった。
学校に近づくに連れて学生達の声は賑やかさを増した。バスの中で騒ぐ学生達の

もっとみる
感情電車 #4 「辞めたいと思った数は、乗り越えてきた数」

感情電車 #4 「辞めたいと思った数は、乗り越えてきた数」

12月3日。後期中間試験が終わったので、約束通り練習に復帰した。
私が休むに至った理由を小林先生が部員達にどう説明していたのか分からなかったから、なるべく気を遣われないように、平然とした顔を作って部室に入った。
まだ誰もいなかったのでせっせと着替えて、練習の合間に飲む水や練習で使うボールの準備をした。ラグビーボールに空気を入れながら、そういえばこの休んでいる期間に誰からもLINEが来なかったことを

もっとみる
感情電車 #5 「就職に有利?は?」

感情電車 #5 「就職に有利?は?」

二月に入り、学年末試験が終わった。高専一年の課程を修了する頃に、乗船実習に行っていた商船学科四年の先輩らが帰ってきた。私を可愛がってくれていた先輩が沢山いるのが商船四年だった。
五ヶ月ぶりに会う彼らに成長した姿を見せてやろうという気勢とこれだけしか成長していないのかと思われたらどうしようかという不安の両方を抱えて、久しぶりに一緒にグラウンドで汗をかいた。技術面では流石に敵わなかった。遠くで蹴られた

もっとみる
感情電車 #6 「おらタニマチさなるだ」

感情電車 #6 「おらタニマチさなるだ」

「何かに挑戦したいから」「もっと成長したいから」
そんな理由でラグビー部を辞めたものの、必死に取り組みたいことがすぐに見つかる訳ではなかった。
強い意志を持ってラグビー部を辞めたつもりが、本当はとにかく辞めたいという思いが前提としてあって、挑戦や成長といった理由は単なる後付けに過ぎなかったのではないかと思ってしまう時もあるほど、夢中で取り掛かれることが目の前にない日々が続いた。これならラグビー部を

もっとみる
感情電車 #7 「ぼくらの四ヶ月戦争」

感情電車 #7 「ぼくらの四ヶ月戦争」

私が通う富山高専射水キャンパスでは、毎年十月に英語スピーチコンテストが開催されていた。コンテスト内容はいたってシンプルであった。四分の間に自分が考えた面白いスピーチを英語で話すのだ。スピーチの内容はジャンルを問わなかった。優勝者と準優勝者は中部大会に進出し、その中部大会で三位以内に入賞すれば、全国大会への切符が手に入るのだった。
参加資格は、学生全員に与えられているのだが、結局参加するのは英語にゆ

もっとみる
感情電車 #8 「見た目は大人、中身は子供」

感情電車 #8 「見た目は大人、中身は子供」

2014年12月中旬。中学三年の冬。当時の私は、高校受験に向けて勉強漬けの毎日だった。学校で勉強して、帰宅したら、慌ててシャワーを浴び、軽くご飯を食べて、また勉強を始める。そんな毎日を繰り返していた。
地道に何かに取り組むことが苦手な私にとって、決まった時間配分に従って行動する毎日を続けるのは辛いものがあったが、そんな時も私の心の状態が正常に動いていたのは、就寝前の深夜に今日一日の自分へのご褒美と

もっとみる
感情電車 #9 「高岡蜃気楼」

感情電車 #9 「高岡蜃気楼」

2016年5月上旬、高専二年の春。私がラグビー部を辞めたばかりの頃。下級生が続々と退部したラグビー部に残った一個上の先輩の徳井さんから頻繁にLINEが来るようになった。
「キムくん本当にやめるんかー?」
この文面が三日に一回くらいのペースで送られてきた。もう私の退部が顧問に認められたというのに、執拗に同じ文面を送り続けてきた。
私が「もう戻りませんよ」と返信しても、徳井さんは既読無視をしてきた。そ

もっとみる
感情電車 #10 「まだ誰も知らない ときめき抱きしめて」

感情電車 #10 「まだ誰も知らない ときめき抱きしめて」

2015年4月。私が高専に入学したばかりの頃に、出会いは突然やってきた。
プロレス格闘技専門チャンネル・サムライTVで放送されていたDDTプロレスリングの男性客限定興行「野郎Z」の中継をなんとなく見ていたら、メインイベントに黒潮“イケメン”二郎というプロレスラーが出てきた。
野郎Zのメインイベントでは毎回、女性人気の少ない選手が集まった「野郎Z軍」と、端正な顔立ちをした選手が集まった「二枚目軍」の

もっとみる
感情電車 #11 「マコーレマコーレカルキンカルキン」

感情電車 #11 「マコーレマコーレカルキンカルキン」

2018年3月上旬。高専三年の過程を修了した後の春休みの居酒屋のアルバイトの帰り。酷く疲れた状態で家に帰ろうとしていた。頭を働かせまくった訳ではなければ、体を動かしまくった訳でもないのに、あらゆる神経が擦り減っているような感覚に見舞われていた。その疲労には、運動した後の疲れや勉強に集中した後の気疲れとは違う気持ち悪さがあった。
今日は先に3番テーブルに注文していたげんげの唐揚げを、後から注文した1

もっとみる
感情電車 #12 「The Show Goes On」

感情電車 #12 「The Show Goes On」

私はあの時、意地でも一人で海外に行ってプロレスを見てやると心に誓った。母に怒鳴られたあの時だ。

事業の失敗を繰り返す父と離婚した母は、一家の四人目として生んだ私を女手一つで育ててくれた。私が中学生になった頃には既に三人の娘達が社会に旅立っており、経済的にも精神的にも少し余裕が見えてきた。私を片親で育ててしまったことで自責の念に駆られていた母は、「4人姉弟の中であんただけ塾一つ通わせることができな

もっとみる
感情電車 #13 「好きってなんだろう」

感情電車 #13 「好きってなんだろう」

2019年2月5日。北村克哉が新日本プロレス退団が発表された。デビュー直前からの約二年間、必死に応援していた選手だった。とても悲しい出来事だった。

***
北村を初めて観たのは、高専二年の春休みだった。2017年3月の新日本プロレス名古屋大会の会場だった。新日本プロレスのデビュー前の練習生達は、道場に住み込んでいる。そんな練習生が巡業に帯同する。それはその練習生のデビュー戦が近づいていると言うこ

もっとみる