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憧憬の桜、妖しい桜、怖い桜

今日は桜に溺れたい! そんな方へ、歌と小説の一片を!

ご紹介するのは、一つの和歌と二つの小説。
まず、西行のあまりに有名な、この歌

願はくは花の下にて春死なむ そのきさらぎの望月の頃

その願いに、僧となり、京都、高野山、吉野など各地を行脚した西行の人生が思われます。ニッポニカ久保田淳解説によれば、西行は、望みどおり、文治六(1190)年二月十六日に入滅したそうです。享年七十三。

次は、梶井基次郎作「桜の樹の下には屍体が埋まっている」から。

これは信じていいことなんだよ。なぜって、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。

初めてこの文章に触れたとき、「気味が悪い」と思ったのも一瞬で、すぐに得心しました。真っ盛りの花の美しさに、貪欲な生命体が重なったとき、さらに豊かな桜の魅力を感じることができました。

最後は、坂口安吾作「桜の森の満開の下」から。
花が人を狂わせるという桜の森。そこに棲みついた山賊と彼の女房となった女の物語です。その森の満開の桜に対する男の怖れは、次のように描写されます。

花の下では、風がないのにゴウゴウ風が鳴っているような気がしました。そのくせ風がちっともなく、ひとつも物音がありません。自分の姿と足音ばかりで、それがひっそり冷たいそして動かない風の中につつまれていました。花びらがぼそぼそ散るように魂が散っていのちがだんだん衰えて行くように思われます。それで目をつぶって何か叫んで逃げたくなりますが、目をつぶると桜の木にぶつかるので目をつぶるわけにも行きませんから、いっそ気ちがいになるのでした。

怖くて、悲しくて、やはり美しい、満開の桜の森。
桜の森の花の下、男と亡き者となった女の姿が消えて、物語は終わります。

お立ち寄り頂き、ありがとうございました。

物語の一片 No.9 「桜、桜、桜」西行、梶井基次郎、坂口安吾

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