#4 始まりは父が建てたビニールハウス。 試行錯誤し辿り着いた、深く甘い「うねめの里大葉」の味
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#4 始まりは父が建てたビニールハウス。 試行錯誤し辿り着いた、深く甘い「うねめの里大葉」の味

フロンティアファーマーズ|生産者のストーリー

有限会社郡山アグリサービス
代表取締役社長 遠藤喜敬さん

明治時代に誕生した安積疏水は、水利が悪く稲作に適さなかった郡山の土地を猪苗代湖の水によって潤し、豊かな水田地帯へと大きく変貌させました。2017年における郡山市の市町村別水稲収穫量は全国15位(2018年2月28日農林水産省公表)。県内一の米どころとして全国でも毎年上位に名を連ねています。

一方、国の減反政策を受けて長年携わってきたコメの生産をやめ、あるいは縮小して、新たな作物の生産に挑んだ生産者も、ここ郡山にはいます。逢瀬町で「うねめの里大葉」を生産する遠藤喜敬さんのお父様もその一人。およそ25年前、生産の大部分をコメから大葉に移行しました。しかし、市内ばかりか県内にも大規模な大葉農家はなく、その挑戦は試行錯誤の連続だったと言います。

就農する以前の遠藤さんのご職業はプログラマー。どのような思いで農業を継ぐ決意をし、いかに大葉と向き合い、どう次代へつなげていこうとしているのか。そのお話しをうかがいました。

家を出て知った、自然に逆らわない生活の素晴らしさ

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遠藤さんは大学卒業後、群馬県内で就職し、大手自動車メーカーのオートマ制御プログラムなどの開発に携わっていたと言います。

「私は長男ですので、とにかく帰省するたびに“帰ってこい”と言われていましたね。特に曾祖母には、“うちは10何代続く家なんだから、長男は絶対に戻ってきて家と土地を守っていかなくちゃいけないんだ”と何度も言われていました。

うちの先祖は、戦国時代に会津を治めていた蘆名盛氏の家臣だったそうで、伊達政宗に攻め込まれて負けたと。だから祖父は伊達政宗のことを“うちのほうに攻めてきた奴なんだ”と言って嫌っていましたね(笑)。」


子供の頃にはトラクターに乗せてもらったり、田んぼの中で少し運転させてもらった思い出があるという遠藤さん。しかし成長する中で、実家が農家であることを疎ましく思った時期もありました。

「せっかくの休日なのに家の手伝いがあってみんなと遊べなかったりして、高校生の頃には農業が嫌いになっていました。ところが進学のために家を出てみると、トラクターに乗せてもらっていた子供の頃を懐かしく思うようになりました。貴重な経験をさせてもらっていたということが、だんだんわかってきたんです。

当時のプログラマーという仕事は、昼夜逆転が当たり前のような勤務状態。たまに実家に帰ってきて、日の出と同時に仕事をして暗くなったら仕事を終える両親や祖父母の姿を見ているうちに、自然に逆らわずに生活することの素晴らしさを強く感じるようになりました。」

県内に前例なく、“自分で学ぶしかない”と

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2000年、“帰って来い”と言い続けていたというひいお婆様が亡くなられたのを機に郡山へ戻り、就農。コメから大葉に移行してまだ数年の時期でした。

「父は昔、田んぼが終わった冬の時期に農業資材の会社で働いていて、そこでは主にビニールハウスを建てる仕事をしていました。その仕事の中で須賀川温室組合という団体の方々と知り合い、“一緒に大葉をやってみないか”と誘われたそうです。

当時の大葉は、まったくメジャーとは言えない、むしろマイナーな作物でした。刺身の“つま”として大根と一緒に入っていても食べる習慣がありませんでしたから、農薬をどんどん使って栽培していたらしいですが、その組合の方は、農薬をできる限り減らして食べられる大葉を作ろうとしていて、“それならやってみよう”ということになったそうです。父はハウスを建てることには慣れていましたから、減反した土地に自分で小さなハウスを建て、家族と近所の人2~3人の手伝いを得て、大葉作りが始まりました。」


しかし、身近で大葉栽培に精通した人はゼロ。主要な生産地である愛知県の生産者との横のつながりもなく、手探りでのスタートとなりました。

「大葉の栽培はけっこう閉鎖的な世界で、ひとつ教えてもらうのにも苦労しました。前例があるものであれば“こういう時にはこうすれば”という解決策があるんでしょうけど、県内で大々的に大葉を作っている農家が他にないので、県の農業振興普及部に聞いてもわからない。栽培方法の本を読んでみても、うちのやりかたとはちょっと違っていたりして、もう“自分で学ぶしかないな”と腹を括りました。

大葉は繊細な作物で、ダニがつくと葉がくしゃくしゃに縮れたりするんですけど、ダニなんて目に見えませんから、理由がダニだということすらわからないわけです。湿気にも弱く、梅雨や秋の長雨の時期に病気になって、急に大葉が取れなくなることもありました。

収穫においても、ある程度神経をとがらせないといけない作業が多いですね。葉の握り方ひとつで変色してしまったりするので、やさしく丁寧に扱わないといけません。男性の力ではやや強すぎるので、うちでは収穫はほぼ女性に任せています。」

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味と安全の両方にこだわり、より自然に近い農法に 

そんな中でも少しずつ経験を重ね、生産量と販路を拡大してきた遠藤さん。現在ではヨークベニマル全店に商品を卸すなど、市内に流通する大葉の大半が遠藤さんの大葉だと言っても過言ではありません。出荷の多いシーズンは、年末年始とお盆、それにゴールデンウィーク。家族が帰省してお刺身やオードブルを囲む時期は特に忙しくなります。

「発芽させ、育苗ポットで約1ヵ月育てたら、それをハウスの中に植え替えます。そこからだいたい5ヶ月が収穫の期間。6ヶ月経ったら刈り取って、ポットで育てたものをまたハウスに植え替えるという作業の繰り返しです。今は年間で約20万パック。約2,000万枚出荷していることになります。」

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以前は県外への出荷も多かったそうですが、震災以降はやはり減少。販路の拡大が難しい中、最近は新たな取り組みとして6次化商品「大葉ペースト」を開発し、これまでとは違う市場の開拓にチャレンジしはじめました。雑誌に取り上げられるなどして注文は相次いでおり、その評判は上々です。

「大葉ペーストはすべて自分のところで加工・製造しています。もちろん無添加です。パスタのジェノベーゼに使われるバジルソースを大葉で作ったら日本人はみんな好きになるんじゃないかなと考えて、妻と一緒に研究して作りました。大葉は病気になりやすいぶん生産量と出荷量の調整が難しく、価格を安くして出荷せざるを得ない時もあるんですが、そういうことに左右されないような商品づくりが必要だなと感じ、商品化することにしました。」

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もちろん、大葉そのものの品質向上にも変わらず挑戦を続けています。今年からは地元の豆腐店と提携し、おからともみ殻を混ぜた自家製たい肥の使用を開始。より自然に近い農法へのこだわりは、味の違いにもしっかりと表れています。

「栄養素のバランスまで細かく考えて土を作っていますので、香りはもちろん、味の深みや甘みはかなり違うと思いますね。お刺身を買うお客さんがわざわざそれにプラスして大葉も買う時代ですから、やっぱりちゃんとしたものを作らないといけない。安心とおいしさの両方に気遣った栽培に取り組んでいます。」


お父様が自ら建てたビニールハウスからスタートした大葉作り。かつて水田だった土地に、今では何棟ものビニールハウスが立ち並び、その中ではみずみずしい大葉が青々とした葉を広げていました。

食卓の彩りやアクセントに欠かせない大葉に、出荷のオフシーズンはありません。遠藤さんの「うねめの里大葉」は、今日も1枚1枚心を込めて丁寧に摘まれ、私たちのもとへ届けられています。

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有限会社郡山アグリサービス
福島県郡山市逢瀬町河内字笊内162

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<遠藤さんの大葉が買える場所>

愛情館
福島県郡山市朝日2丁目3-35
Tel 024-991-9080

旬の庭 久留米店
福島県郡山市久留米2丁目77-1
Tel 024-945-7483

旬の庭 大槻店
福島県郡山市大槻町字殿町64-1
Tel 024-966-3512

■ベレッシュ
福島県郡山市喜久田町字四十坦6-47
Tel 024-973-6388

ヨークベニマル

<大葉ペーストのご購入>
http://kagris.web.fc2.com/page3.html
※大葉ペーストは、愛情館、ベレッシュ、ほっとあたみ(熱海多目的交流施設)でも購入できます。

取材日 2018.11.2
Photo by 鰐渕隼理(佐久間正人写真事務所
Interview / Text by 髙橋晃浩Madenial Inc.


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福島県郡山市。開拓者精神が息づくこの地で農業の世界に生きる人々の姿をインタビュー記事と写真でお伝えします。彼らがどのように「農」に取り組み、受け継ぎ、繋いでいるのか。その想いを、彼らの生の言葉から感じてください。“作り手の顔が浮かぶと、食はもっと美味しく豊かになる”/運営:郡山市