【第2話】ハッピーエンドが見えなくて

2021年10月26日、午前5:30。

緊張と不安で、あまりよく眠れなかった。


アラームより先にむくりと起き上がり、そのままシャワーを浴びて素早く身支度を済ませる。

僕は今日、出会い系アプリで知り合った男の人に会いに、新幹線に乗って東京へ向かう。


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あらすじ

ゲイ、バイセクシュアル、パンセクシュアル…。自分は一体何者なのか?セクシュアリティと葛藤するも、異性を好きになることができず、33年間独り身で過ごす。ある日、ゲイ向けの出会い系アプリをダウンロードしたことをきっかけに、一人の男性とマッチング。やりとりを続けること二ヶ月、東京で会う約束を交わす。


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彼と対面する前日までの一ヶ月間、少しでも容姿を完璧に近づけておこうと自分磨きに徹していた。美容院でカラーとパーマの予約をして、ちゃんと髪が傷まないようにそれぞれ施術の日程を分けた。筋トレも、スキンケアもいつも以上にストイックにおこなった。

相手はどんな人かもよくわからないとはいえ、とにかく手を抜きたくなかった。全ては第一印象を良く見せたいがために働いた心理である。


しかし、東京で会う約束をした10日ほど前、髪を染めた後のこと。

僕は彼と縁を切ろうとしていた。

不安だったからだ。彼はそこまで恋愛に対して本気ではないように思えたから。東京まで行くのだって金額もバカにならないし。行くメリットを正直感じられていなかった。

だが本当は、そんなことよりも「僕は東京へ行ってまでどうしたいんだろう…?」というのはあった。そもそもの話、この一歩は本当に踏み出していいものなのか。不安でたまらなかったのだ。


すでに服を新調してしまった。フレグランスだって買った。第一印象をよく見せたいためだけに、何人もの諭吉を飛ばした。

二回目の美容院でパーマをかけに来店をしたときには「いったい誰に見せるために来たんだ」と、パーマをかけているあいだ浮かない顔をした自分を鏡越しにずーっとぼんやりと見つめていた。

「予約キャンセルすればよかったかな」と思いつつ、彼のことはもう忘れてまた新しい自分として一歩を踏み出そうかとうまいこと自分にそう言い聞かせようとした。


彼と毎日のように話してた時間は間違いなく楽しかったし、幸せだった。だから後悔などしていない。パーマをかけた日はたしかに一日落ち込んでいたが、それも思い出だ。いつかは笑い話になる。過去に残した傷跡は、いつかは愛しくなる、ってね。



・・・嘘。ちょっと都合がいいようにカッコつけてみた。

本当はそれよりも「やっぱりこのまま別れたくない」という後悔に心が痛んだ。

自分から別れを告げておきながら、なんて身勝手な奴なんだろうと自分の顔を殴ってやりたい。


恋人になれなくてもいい。せめて友達でもいい。やっぱりこのままさよならなんて嫌だ…。


スマホを取り出して、もう一度彼に「やっぱり友達でいたい」とつい長文になったメッセージをブロックされていないことを願いながら送った。


すると、数時間後に仕事を終えた彼から返事が返ってきた。

返事が返ってくるまでの時間が長かったから

「もう(ブロックされて)話せないかと思ってたよ…」

そう漏らすと、

「こっちのセリフだわ!!!」

と返された。ごもっともである。


そんなこんなでもともと約束をしてた日は潰れることなく、ついに東京へ向かう日がやってきた。


東京に行くのはいつぶりだろう…?おそらく10年以上行っていない。遠出なんて久しぶりだからワクワクもしているけども、今はこんなご時世だ。しかも東京。緊張もあるし、違う意味で不安もあって、複雑な心境でもあった。

だがそんなことを言っていては先に進まない。いま会いに行かなければいつ行けというのだ。

10月は、都内の状況も少し落ち着いていた。だから気持ち的にも余裕があって、東京に向かうことができた。


「なにを持っていけばいいだろう?」

用意周到な僕は、「もしも」のためについあれもこれもとつい荷物がいっぱいになってしまう。「寒くなったときのために上着を持っていこうか」とか、「新幹線のなかで作業するためにパソコンも持っていこうか」とか。最終的に結局持っていかなくてもいいものまで持っていくことがほとんどだから、持たないミニマリストにいつも憧れる。

「なにを持っていけばいいかな?」と彼に何気なく質問を飛ばすと、「足りないものがあったらこっちで買えばいいでしょ?」としょうもない僕の悩みはいとも簡単に解決された。だが、正直あまりお金を使いたくないというのが本音である。荷物が減らない理由は、おそらく浪費を防ぎたいがための心理なのだろう。


なるべく荷物を少なめにまとめられたら、朝早くからいつも起きている父に「いってきます」と玄関口で言った。すると父は、「これを持っていきなさい」と言ってそっと消毒液を渡してくれた。

玄関のドアを開けて家を出るとき、なんだか胸がズキッとした。今から僕は、出会い系で知り合った男の人に会いに、東京へ行く。そんなことまでは、両親は知らない。ただ「東京へ遊びに行ってくる」とだけしか、とてもじゃないが言えなかった。

たしかに遊びに出掛けることには間違いはない。ただ、後ろめたさに胸が締め付けられた。今までずっと両親の前では「普通」の良い子を演じてきただけに、東京へ行くことは両親への裏切りでもあるような、そんな気がしたから。


東京へ向かうには、まず地元の電車に乗って、名古屋へ向かわなければならない。片道約30分。名古屋駅に到着すると、思ったよりも早く着きすぎてしまったため、時間つぶしにお土産に赤福を買いつつ少しのんびりしていた。

「予定よりも一本早い新幹線に乗ってもいい?」

彼にメッセージを送ると、「もう起きたから大丈夫だよ」と返事が返ってきた。「緊張して起きたの?」と冗談で送ると、「朝からガチャガチャ音がするから起きたわ!」と前日の夜から家を出るまで電話をつないだままにしていたので怒られた。


のぞみの新幹線に乗ること約1時間40分。そのあいだも彼とはメッセージを送りあっていた。


しばらくすると、車窓から富士山が見えた。

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めちゃくちゃキレイに見えた。富士山は悪天候だと見えないことが多いということを、どこかで聞いたことがあるような、ないような。そういえば、中学のときの修学旅行で東京行きの新幹線に乗ったときも、たしか空が曇っていてほとんど富士山が見えなかった。

だからこんな間近で富士山を見たのは、33年間生きてきて初めてかもしれない。たぶん。そんな気がする。

普段、休みの日に出掛けると雨降りなことが多い雨男な僕だが、この日は雲もほとんどない晴天な空に恵まれ、なんだか今日はめちゃくちゃ良い日になるんじゃないかと確信した。

思わず写真を何枚も撮っていると、前方後方からパシャパシャという音が聞こえてきた。みんな、僕のカメラの音に気付いたのか、後に続いて富士山を撮りはじめた。


富士山にすっかり夢中になっていると、彼から

「ごめん!ちょっと遅れそう!!せっかく早く乗ってくれたのにごめんね!」

と送られてきた。急にどうしたと思いきや、どうやら髪型がうまく決まらなかったらしい。

ぜんぜん気にしてないし、むしろこっちがごめんだから「あやまらないで〜」と返すと、「そうだよねー!こっぺが全部悪いもんねー!!」と大量に草を生やして送り返してきた。会ったら即効で髪型崩してやろうか。


そういえば彼のことについてあまり多くは語ってこなかったが、彼は僕が何かを口にしようものなら、いつも1から10まで全力で冗談やボケをかましてくるような人なのである。けっしてエリートな人間というわけではないし、発想が子どもっぽいところがある。正直言うとたまにメンドクサイ。

そんなあまりに冗談ばかりいう彼だから、何が本当で嘘なのか、彼の真意が見えなくて時々僕を不安にさせたし、すれ違いでケンカをしたこともあった。

だが本人曰く、それは全部僕を笑かせたいがためのやさしさだったり、照れ隠しだったりしたらしく、今となっては少しずつ彼のことがわかってきて毎日が愛おしいとさえ思えるようになった。


窓を覗くと、気づけば外はどんどんビルの建物が見えてきて都会化していった。大地も緑も、ほとんどない。名古屋とは比べ物にならないほど新幹線から降りると、東京はやっぱりすごかった。(語彙力)

「しばらく駅ナカ見てていいよ!着いた時にどこにいるか教えてくれればいけるから!」

新幹線を下りて改札を出ると、しばらくキョロキョロしながら構内を見て歩いていた。「改札を出ないで中にいるんだよ」と言われていたのに、緊張のあまりキョロキョロしすぎて気付いたら最後の改札を出てしまっていた。案の定、「出るなって言ったのにバカ!」と怒られた。


電話をしながら「とりあえず今まわりに何があるか教えて!」と言われ、「丸の内北口ってところの改札前にいる」と答える。「そっち向かうからしばらく待ってて」と言うもんだから、「ついにこの時が来た…!」とどんな人が登場するのかと急に緊張して手に汗を握った。

じっとして待っていると、電話をしながら歩いている男の人が何人も目の前を通り過ぎていった。人見知りな性格ゆえに緊張でのどが乾き、何度もツバを飲み込んだ。

「違う…。スーツじゃないよな…。あの人も、なんかちょっとイメージと違う気がする…。」

ジロジロと人を凝視している姿は、はたから見たら怪しかったと思う。


しばらくすると、「もしかするとこの人かも」という人が向こうから歩いてきた。

茶髪のショートヘア。
白のプリントTシャツに、ベージュのブルゾン。
黒のスキニーパンツにスニーカー。

キョロキョロしながら誰かを探している様子だった。受話器から「ここか?どこにいる?」と声がする。


ああ、間違いなく彼だ。


だが、緊張のあまり足が前に出なかった。視力が悪い彼は、僕を見つけるまでに少し時間がかかった。

深呼吸をしてから「右向いてみて」と言ってみる。すると、

「あ、あれか。」

と彼らしき人がこっちへ近づいてくる。「憧れの人と、ついに対面…!」ってぐらい、緊張が高ぶる。


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そして、東京駅「丸の内北口」改札前の、美しいドーム型の天井がある下で、僕たちふたりはついに対面を果たした。



────次回、浅草編

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