【第3話】うんことわんこと、すき焼きと。
僕は今日、出会い系アプリで知り合った男の人に会いに、東京へ行く。
新幹線に乗ること、約一時間半。
二ヶ月間、メッセージと電話でやりとりを続けた末、ついに二人は東京駅で出会った。
今回はその後のお話。
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東京駅に到着してからしばらく、「本当に、もうすぐ会うんだ」とただただ緊張していたのだけはよく覚えている。「少し遅れる」のメッセージに少し安堵して、何度も深呼吸をした。
「とりあえずその辺にあるお店でも見て待ってて」
そう言われたものの、とりあえず気が紛れるように東京駅構内をうろうろしていた。が、「駅構内から出ないでね」と言われていたのにもかかわらず、緊張しすぎて気づけば体は改札口を出てしまっていた。
「いままわりになにがある?」と聞かれ、しばらくじっと改札を出たところで待っていた。
すると、ついに彼は僕の前に現れた。
茶髪のショートヘア。
白のプリントTシャツに、ベージュのブルゾン。
黒のスキニーパンツにスニーカー。
第一印象は・・・、
正直、思っていた感じとちょっと違った。最初に見た写真とは、「あれ?」と思うぐらい、まるで別人だった。コンタクトつけ忘れたかな?と疑いたかったが、あらためて現代の加工修正アプリはよくできていると思った。
まあ、理想と現実というのは、かけ離れているものだ。だからこそ、「そんなもんだろう」とあらかじめ落とし込んできた、つもりだ。うん。
「載せる写真はたいていその人にとって一番良い一枚だからね」とは彼も電話でよく言っていたが、まったくその通りである。彼も今まで「思ってた感じと違った」とあからさまに残念な顔されたことは数知れずあったそう。どんだけ加工してんの。
「行こうか」
「うん」
「浅草でいいんだよね?」
「うん」
そんなことはともかく、いつも電話で聞く声とやさしさは、間違いなくいま目の前にいる彼と同じ人だ。浅草に向かう電車のなかでは、緊張で目を逸らす彼と、しばらく「うん」としか言わない吾輩であったが、いつも電話で話している感覚と変わらなくて思ったより居心地の悪さは感じられなかった。
それにしても、東京駅は本当に迷路だ。東京人である彼でさえも、若干迷ってた。地上から地下に下がるのにどんだけ長いの?ってぐらい、エスカレーターも長かった。
東京に行く前に「行ってみたい場所ある?」と彼に聞かれていて、まず「浅草は行きたい」と答えていた。理由はなんとなくだが、修学旅行で東京に来たときの思い出の場所でもあったから、懐かしくてもう一度行きたいと思ったのかもしれない。まずパッと真っ先に浮かんだのが「浅草」だったのだ。
そして、浅草に到着すると、彼は案内をはじめてくれた。
「あれがね、浅草で有名な・・・
うんこだよ^^」
いきなりなにいってんだコイツは?と思ったが、彼が指差す方向を見ると、本当にあった。黄金に、一際輝くうんこのオブジェが。
ちなみに調べてみたところ、1989年にアサヒビール創業100周年を記念して、オブジェが炎、その下にあるスーパードライホールが聖火台と見立てて同時に建設されたものであり、どうやら”アサヒビールの燃える心”を象徴しているらしい。決してうんこではない。ちゃんと素晴らしい意味があるオブジェなのに、うんこて。失礼やろ。
だがしかし、Googleで「浅草 うんこ」で検索するとちゃんとヒットして出てきてしまうぐらい、残念なことに”浅草のうんこ”として認知度は高かった。
しばらく浅草の雰囲気を堪能しながら、散策したり参拝したりした。特別ほしいものはなく(荷物も増やしたくなかったし)、ただ雰囲気さえ味わえればそれだけで十分楽しめた。
東京駅に着いたのがお昼手前だったので、「浅草にはすき焼きで有名はお店があるよ」と事前に聞かされていた”今半”というお店で予定通りランチをすることにした。
ちょっと迷いながらも今半に到着して席に案内されると、しばらく横に並んで一緒に歩いていたから、お互い向き合って座ったときにまた少し緊張感が走った。
「そんなにジロジロ見ちゃって。いくら俺がイケメンだからって見惚れないでよ。」
そんなつもりはなかったが、ここに来るまでお互いマスクを着用していたから、思わず顔をジロジロと見てしまっている自分がいた。ちなみに彼はなにかといつもボケをかましてくる人で、よく冗談を言う人である。
彼は人見知りと自分で言っていたが、気づけばいつも電話で話しているみたいに会話も慣れていった。
今半のランチメニューは、たしか一人前3,000円ぐらい・・・だったような?公式サイトには書かれていなかったが、先着で手を出しやすい金額のランチメニューの看板が表に出ていた。さすが歴史がある老舗だけに、高いものは一万円以上するメニューも・・・。
「えらいお店入ってしもたな」と思ったが、「周りの席の人達も俺らと同じメニュー注文してるわ」と彼が言っていて、誰もが入りやすいお店でよかった。
なにより今半のスタッフの方が目のまえですき焼きの準備をしてくれている間にも、彼がスタッフの方と仲良く話している姿が、とても印象的だった。人とのコミュニケーションを大事にしている人は、すごく好感が持てる。そしてもちろん、お肉もとろけるぐらいに美味しくて、庶民の僕には十分すぎるほど豪華なすき焼きだった。
お会計は、彼が支払ってくれた。なんだか申し訳ない気持ちになったが、「今回はもともと俺がぜんぶ払うつもりだったから」と言う彼は、「ジェントルマンや・・・」と思った。「まぁどうしても払うっていうなら有り難くいただくけど?」と笑いながら付け足していたけど。
もう少しだけしばらく浅草を見てまわっていると、「ここ・・・入ってみたい!」と唯一思ったお店と出会った。
そう、豆柴カフェである。
そういえばたしかに、浅草といえば豆柴だよね!(?)
大の犬好きである僕は、「いつか豆柴カフェに行きたい・・・!!」と強く望んでいたが、まさか東京に来て豆柴と戯れることができるとは・・・。地元近くの名古屋でも、猫とかハリネズミとかフクロウとかはいるのになぜか豆柴だけがいないから、偶然な出会いにかなりテンションがあがった。
一方で彼はというと、お店の手前にズラリと並んでいた豆柴グッズを見ていたせいか、「本物がいるわけじゃないでしょ?」と真顔で言っていた。いつものボケかと思ったら、本気で知らなかった。どうやらグッズ販売をしているお店だと勘違いしたらしい。
受付には、平愛梨似の目がクリっとした可愛らしい女性スタッフが登場してまばたきを一切せずに豆柴との戯れ方についてルールをしっかり説明をしてくれた。あまりにまばたきしないから、きれいな瞳と吸い込まれそうで、どこ見ていいのか本気で困った。彼女はうらやましいぐらいに人見知りを知らない眼力の持ち主だった。が、ちゃんと真剣に耳を傾けた。
制限時間は30分。豆柴たちは、なつきもせず自由奔放にただただ動き回っていた。可愛い笑顔をする子もいれば、仕事中にもかかわらず無愛想な顔をした犬や眠たそうにしている子もいた。ハロウィーンな時期ということもあって仮装した豆柴がたくさんいた。無愛想でも、眠たそうでも、ただただ可愛い豆柴がそこにはあふれていて、ここは天国かとおもった。
今まで犬に興味を持ったことがないと言っていた彼も、間近で豆柴を見て戯れている表情はどうやら楽しんでくれている様子だったから、僕もなんだかうれしくなった。
このときはまだ、彼の人柄は好きだけど、これから彼を”恋人”として好きになれるのかまではわからなかった。今まで恋愛をまったくしてこなかったからか、「好き」ってどんな気持ちだったのか。思い出せなくなっていた。
ただ、友達として遊びに出掛けた浅草では、気兼ねなく過ごすことができた。彼の隣を歩いているのが心地がよくて、時間もあっという間に過ぎていった。
今まで誰かと出掛けようものなら気を使うことばかりだったから、基本的にオフの日は今までひとりで過ごしてきた。もちろん寂しいと思う日もあるけども、人付き合いがめんどくさいと思う気持ちのほうがはるかに大きかった。
だから、うれしかった。誰かと無邪気に笑えることが。自然体でいられる自分と出逢えたことが。
大袈裟に聞こえるかもしれないが、彼と初めてSNS上で出会ったとき、不思議と”ビビビッ!”とくる、いわゆる「運命」というやつを人生で初めて感じた人だった。
おそらく、僕のセクシュアリティについて唯一彼だけが理解しようとしてくれたからだ。何度か電話で言い合ったり、「恋愛をするつもりがないなら会うのやめる」と言って別れを告げたこともあったけれど、やっぱり彼だけはどうしても切り離したくなかった。
もし別れを告げたあとにもう一度メッセージを送っていなかったら、自然体になれる自分と出会えることはなかったかもしれない。だからあのとき「友達でもいいから繋がっていたい」と自分の気持ちに正直になってよかったと思う。
彼と初めて過ごした浅草での思い出は、きっと一生忘れないだろう。
うんこと、わんこと。彼と一緒に食べたすき焼きの味を。
────次回、スカイツリー編。
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