見出し画像

25-2 梅すだれ 雑賀

 店には数人食べている客がいた。ハモは慣れた動きで座敷へ上がると、
「めしやめしや!この子たちにも腹いっぱい食わせたってくれ」
と叫んだ。その声に呼ばれておひでと呼ばれる女が茶を持って来た。そして「見かけへん顔やなあ」とタカベ親子を眺めまわした。
「相模から来たんや。村打ちで嫁と息子を殺されてなあ。船頭をしとってん。海から帰ったら村のもんがみんな殺されとってんなあ。この子らは勇ましいで。洞穴に隠れて生き残ってん。すごいやろ」
 まるで自分のしたことのようにハモは自慢した。
「危なてそんなとこおれへんやろ。安心して住める雑賀へ越してきたちゅうわけや。家がひとつ空いた言うとったやろ。こいつらに住まわさしてやってんか」
 何から何までハモがいつもの大げさな話し方で説明をするとおひでは、
「かわいそうに。殺されるとこは見てへんのやな。それが救いやな」
とお滝とお桐を憐れんだ。
「もう海には出たない言うてんねん。なんかすること探したってや」
 ハモの言葉におひでは奥の料理場へ向かって叫んだ。
「あんた!聞こえとったやろ。げんじいに頼んで来たってや!」
 奥から顔を出したおひでの夫は頷くと裏口から出ていった。
「いっしょに」とタカベがついていこうと立ち上がるとおひでは、
「ええからええから。あの人がうまいこと言うてくれる。まず食べえ。食べてからでええから」
とタカベを座らせた。おひでの妹のおふみが椀にてんこ盛りになったご飯を持ってきた。そのご飯のてっぺんには瓜や茄子の入った径山寺きんざんじ味噌と梅干が乗っている。
「この味噌は知らんやろ。これがあればどんだけでもめしが食えんねん。うまいでえ」
 ハモは山のように盛ってあるご飯を手に取ると、径山寺きんざんじ味噌を中にいれて握り飯にした。かぶりついて食べると、次は梅干しを中に入れてまた握り飯を作って食べた。あっという間に茶碗が空になったが、それがわかっているようにおふみがもう一杯持ってきた。がつがつと食べ続けるハモにつられるように、タカベたちも食べた。おふみは青菜の入った味噌汁、高野豆腐、漬物、煮豆などあとからあとから運んできた。そのどれもおいしかったから元気がなかったお滝とお桐も取り合うように食べた。
 おひではタカベたちのそばに座り込んで話し続け、ハモは米粒を飛ばしながら相手をしている。
 しばらくするとおひでの夫が帰ってきた。「げん爺ええて?」とおひでに訊かれた夫はこくりと頷いた。ハモはこの店に通って十五年が経つが、おひでの夫の声を聞いたことがない。口がきけぬわけでもないのに話さない男であった。一方、おふみの声を聞いた者は一人もいない。姉のおひででさえ聞いたことがない。おふみは生まれつきの聾啞者で声を出さないし、耳も聞こえない。人の唇を読んで何を言っているのか理解している。
 食べ終わるとハモはタカベたちに別れの挨拶をした。
「じゃあ元気でな。わいは隣の村やねん。子どもらは同じ寺小屋や。娘はおたかいうねん。仲良うしたってな。じゃあまたな」
「ありがとうございました」
 深々と頭を下げるタカベに、
「ええねん、ええねん、困った時はお互いさまや」
と笑いながらハモは出ていった。騒がしいハモがいなくなるとしんと静まりかえってそこはかとなく寂しいタカベであった。ハモと違う村なのが惜しまれる。しかしハモに頼ってばかりもいられない。ここからは自分で何とかしていかねばならない。
(娘二人が安心して住める村だろうか)
 不安な気持ちに負けてしまわぬようにタカベは背筋を伸ばした。すると膨れた腹からげぷっと気が出てきた。その音にお滝とお桐がくすくすと笑った。いつものように笑う二人にタカベは力が湧いてくるのを感じた。
(大丈夫だ。こいつらはおれが守ってやる)
 気を引き締めたタカベはおふみの後についてげん爺のところへ向かった。

つづく


次話

前話

第一話


この記事が参加している募集

スキしてみて

眠れない夜に

小説「梅すだれ」を連載中です!皆様の支えで毎日の投稿を続けられています。感謝の気持ちをパワーにして書いております!