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『IMASARA』(フジテレビヤングシナリオ大賞最終候補作)

【あらすじ】
大学4年生の入山諒介(21)は斎藤雅史(22)と増田悟(21)から、大学に入ったのにしたいことをやり損なった大学生が今更やりたいことに取り組むサークル「IMASARA」に勧誘され、入会する。
入山は今更はじめての合コンに参加して藤谷美樹(21)と知り合い、彼女が高校生のとき友人にした失言を今更謝罪しようと考えていることに感銘を受け、彼が大学1年のときに被害を受けたパワハラ加害者に今更謝罪させようと行動し始める。

【登場人物】
入山諒介(18)(21) 大学生
藤谷美樹(21) 大学生
斉藤雅史(22) 大学生
増田悟(21)  大学生
横川奈月(20) 大学生
入山容子(48) 入山の母
入山慎(50)  入山の父
入山隆二(17) 入山の弟
美沙(21) 大学生
沙織(21) 大学生
前田(38)(41) ファミレス店長
本部社員(55) ファミレスの四国地方本部社員
店員 ファミレスの店員

【本文】
◯大学・正門の桜並木
テロップ「2023年」
学生たちの声がする。

◯同・構内
学生たちがサークルの新入生勧誘の呼び込みをしている。
入山諒介(21)が勧誘を横目に力なく歩く。
斉藤の声「そこの君、4年生?」
入山が振り返ると、勧誘の列の端に斉藤雅史(22)とマスクとゴーグルをした増田悟(21)がビールケースの上に座っており、手招きしている。
2人の前には「IMASARA」と書かれたボール紙がある。
入山が不審がりながら近づく。
斉藤「4年生?」
入山「はい」
斉藤「おお、じゃうちのサークル入らない?」
入山「いや、今更」
増田が「IMASARA」の紙をかかげる。
斉藤「うん、今更はじめよう」
入山「え?」

◯同・食堂
学生たちで賑わっている。
隅の席に斉藤と増田が並んで腰掛け、向かいに入山が座っている。
斉藤「大学入ったらしたいことあるじゃない。合コンだったり、ピアスしてみたり(ピアスをした耳をさわる)、あとなんだ」
増田「バーベキューとか?」
斉藤「そうそう、旅行したり、そういう楽しいの」
入山「まあ、はい」
斉藤「それを4年になって今更やってみようというのが、このサークル」
入山「(嫌そうに)ええ?」
斉藤「ある? バーベキュー?」
入山「ないです」
斉藤「いいの? 終わっちゃうよ、大学生活」
入山「別に、そういう大学デビューみたいの」
斉藤「あ、そういうのじゃなくてもいいの。人それぞれ今更があるから」
入山「ああ……」
増田「僕は少し前、今更進撃の巨人を一気見しました」
入山「あ、今更」
斉藤「コロナもあって、この数年したくてもできなかったことあるでしょ」入山「まあ」
斉藤「でも急にがっつくの恥ずかしいじゃない」
入山「ですね」
斉藤「でもそれがサークルだとしたら?」
入山「え?」
斉藤「サークル活動なんだから、堂々とできるじゃない」
入山「……そうですかね」
斉藤「そうやって各自今更を経験して、研究しようというのがこのサークル」入山「研究って」
増田「みんなで話し合うだけです」
入山「ああ」
斉藤「文化祭で発表もするよ」
入山「ええ?」
斉藤「恥ずかしいと思ったでしょ」
入山「いや」
斉藤「すごい意義あるからね。コロナだけじゃない、病気とかで休学する学生もいるんだし」
入山「ああ」
斉藤「いつ、自分らしく楽しんでもいいというメッセージを我々は伝えてるわけ」
入山「われわれって、ほかには」
斉藤「まあ、今は2人なんだけどね」
増田「入会できるのは4年生だけだったんで」
入山「3年はだめなんですか」
斉藤「3年は今更感弱いね」
増田「ただ、昨年から3年の後期から入会できるようになったんで、僕はそこで入りました」
斉藤「俺は4年から入って留年して、まだ続けてる。何か質問は?」
入山「……週何回活動? するんですか」
斉藤「みんなで集まるのは週2回で、あとは自由に今更をやればいい。どう?」
入山「んー、いや、ちょっと、考えさせてください」

◯入山の実家のマンション・外観(夜)

◯同・リビング(夜)
入山慎(50)と入山容子(48)と入山が食卓で夕飯を食べている。
慎「隆二は?」
容子「デートじゃない?」
慎「ああ」
容子「……就活は?」
入山「ん」
容子「進んでる?」
入山「あんま」
入山、食器をもって立ち上がる。

◯同・入山の部屋(夜)
黙々とパソコンでデータ入力する入山。
ふと入山は大学のホームページを開く。

◯大学・正門の桜並木(数日後・朝)
花が大分散り、葉桜になっている。

◯同・本部棟のラウンジ(朝)
イスに座る入山と斉藤。目の前を学生たちが行き交う。
斉藤「うれしいよ。なんで入ろうと思ったの」
入山「家でバイトしてたら……なぜか、今更大学の寮に入れないかなって調べちゃったんです」
斉藤「いいね。4年から寮生活」
入山「まあ、1年じゃないと無理だったんですけど」
斉藤「ま、これから自分なりの今更をやっていこうよ」
入山「はい」
斉藤「3人いれば、合コンできるな。したことないでしょ」
入山「ええ、そう見えますか?」
斉藤「うん。うちと同じIMASARAのサークルがある女子大があってね」
入山「え、今更って流行ってるんですか?」
斉藤「そんなわけないでしょ」
入山「ですよね」
斉藤「女子大にも今更を抱えた人たちがいるってだけ。そことセッティングするから」
入山「合コンは僕そんなに」
斉藤「そんなイケイケの子はこないよ? ていうか、イケイケの子って今言う?」
入山「あんまそういうのわかんないです」
斉藤「とにかく今更をする子たちなんだから、まずいい子でしょ」
入山「まあ」
斉藤「サークルのルールでもある。誰かがしたいことは協力する。俺は合コンしたい。その代わり、君の今更に助けが必要なら協力する」
入山「わかりました」
斉藤「で、何かしたいことある?」
入山「……あの、本当におしゃれしたいとかでなく、もてたいとかでもないんですよ。ただ直毛だとセットが大変なんで――」

◯美容院・外観(夕)
斉藤と入山が中の様子を見ている。
斉藤「俺がついて行けるのはここまでだ」
入山「ありがとうございます。1人だと逃げてたと思います」
斉藤「気楽に。誰も気にしてないから」

◯同・席(夕)
美容師「今日はどんな感じにしましょう」
入山「(スマホを出して)こんな感じにしたいんですけど」
店員「あ、このタレントさん、今はけっこう違いますけど」
入山「(赤面し)そのころがいいんです、今更ですけど」

◯入山の家・リビング(夜)   
入山隆二(17)と容子が夕飯を食べている。
入山がリビングに入って冷蔵庫を開けてお茶をとると、容子が入山の 
頭をじっと見て、
容子「あれ、パーマ?」
隆二が入山を見る。
入山「いや、直毛だとまとまらないから。おしゃれとかじゃなく」
容子「いいじゃない。就活でも印象大事だし」
入山、お茶をもってリビングを出る。
隆二「(ニヤニヤしながら)今更」

◯居酒屋・外観(数日後・夜)
斉藤の声「じゃあ、入山くんの入会を祝って乾杯」

◯同・個室の座敷(夜)
入山と斉藤と増田がグラスを合わせる。
斉藤「でさ、今日オールしよっか」
入山「え?」
斉藤「俺、オールしたことなかったんだよね、だから今更」
増田「オールかあ」
斉藤「ルールルール」
入山「(スマホ出し)親に今日帰らないって連絡するのはじめてかも」
斉藤「いいねえ」

◯入山の家・リビング(夜)
ソファで慎がテレビを見ている。
容子がスマホを見ながら近づく。
容子「お父さん、大変大変」
慎「え?」
容子「諒介が友達と飲むから今日帰らないって」
慎「友達いたのか」
容子「……嘘かな?」
慎「ま、たまには嘘もいいな(グラスをかたむける)」

◯居酒屋・個室の座敷(夜)
斉藤がビールを勢いよく飲む。
斉藤「俺はさ、大学デビューしたかったのよ」
入山「はい」
斉藤「でも怖かった。田舎ものだし。で、1年の後半からコロナがきたんで言い訳にした。今はしゃぐのはおかしいって」
入山「あーなるほど(ハイボールを飲む)」
✕   ✕   ✕(時間経過の意)
三人がポテトや唐揚げをつつきながら笑う。
斎藤「だからだから、今更ピアス開けて、今更バーベキューしたの。いいでしょ? いいよね?」
入山「いいと思います」
✕   ✕   ✕
増田がカルピスサワーをマスクをつまみ上げて飲む。
増田「僕は基礎疾患があるんで、怖くて」
入山「ああ」
増田「で、1人だけ友達いたんだけど、実家の飲食店がコロナでつぶれて退学しちゃって」
入山「最悪だな」
増田「おびえてる場合じゃないなって。今更でもやりたいことやろうって」
入山「どんなことやったの」
増田「免許とったり、ボランティアしたり、読書会に出たり」
入山「すごい、まじめ」
斉藤「否定はしない。ただ遊びの方が今更何やってんだよって思うでしょ」入山「思います」
斉藤「それがいい。乾杯!(3人グラスをあわせる)」
✕   ✕   ✕
斎藤はすっかり顔が赤くなりゲップする。
増田「汚いなあ」
斎藤「今更言うなよそんなん。で、(入山に)大学生活どうだったの?」
入山「僕は……なんでしょうね(少し残ってる枝豆に手を伸ばす)」
増田「無理に言わなくても」
斉藤「そうそう」
入山「(酒を飲み)いや、大丈夫です。1年のころ、ファミレスでバイトしてたんですけど」
斉藤「うん」
入山「そこの店長にパワハラっていうか、いじめられたというか、とにかくつぶれちゃって、2年くらい通院して」
斉藤「大変だったね」
入山「今は割と平気なんですけど……パニック障害っていう病気になって」
斉藤「わかるわかる」
入山「気づいたら3年で、単位もとれてなかったんで、ただ授業出てたんですけど。なんか4年になったら全然就活する気なれなくて」
斉藤「そうだよねー、わかるわ」
入山「すいません、なんか暗い話」
斉藤「いや、いいよ。こうやってさ、心を開くのが青春じゃない?」
増田「青春ってまとめはちょっと」
斉藤「あ、ごめん」
入山「全然。人に話したことなかったんで、すっきりしたというか」
斉藤「よかったー。いい人入ったよ」
増田「で、合コンするんですか?」
斉藤「するよ。彼女ほしいもん」
増田「今はアプリじゃないですか?」
斉藤「それがだめだから合コンするんだろ」
増田「僕はそんなに彼女とか」
斉藤「俺はほしいよ……(小声で)いたことないもん」
増田「僕もそうですけど」
入山「僕もです」
一同、しばし沈黙。
入山「……いや、でも最近は彼女いたことない20代が4割もいるってデータ見たんで、珍しいことではないっていうか」
離れで男女が飲み会してる声が聞こえ、三人はその一団を見てしまう。
入山「……あの、僕高校生の弟がいて、弟彼女いるんですよ」
斉藤「最悪だね」
入山「前、家帰ったら、弟彼女といて。気まずくて2時間外にいたんですけど、2時間後帰ったらまだいて」
斉藤「早く帰れよ、ど畜生が」
増田「そんな言わなくても」
入山「彼女、いなくてもいい人ならいいんでしょうけど、僕はその、ふつうに欲しいので」
齋藤「同じだよ」
入山「……今のとこ僕、ダサい人生です」
斉藤「合コンやろう、ね、すぐやろう、乾杯(ビール飲み干す)」

◯住宅街(早朝)
酔っぱらった斉藤の肩を入山と増田が背負いながら歩いてくる。
斉藤「ああ、そこそこ」
入山「え?」
見るからに高級そうなマンション。

◯斉藤が住むマンション・玄関(早朝)
入山と増田が斉藤を中に運び入れる。斉藤は玄関で倒れる。
斉藤「泊まっていきな」
入山「いや、大丈夫です」
増田が中に入っていく。
入山「え?」

◯同・リビング(早朝)
広々としている。呆気にとられる増田と入山。
増田「金持ちっていう噂はあったけど」
増田、冷蔵庫を開けて中から高そうなジュースを出してコップに注ぐ。
増田「だから留年もできるし、バイトもせず居酒屋でおごることもできるし、今更もできる(ジュース飲む)」
入山「なるほど」
増田「恵まれてるのに今更ってなんかね」
入山「まあ本人じゃないとわからない苦労とか」
増田「さっき大学辞めた友達の話したけど、そいつはほんと勉強熱心で」
入山「へー、すごい」
増田「勉強しないなら、大学入らなきゃいいのにって思うんだよね」
入山「……なんかごめん」
増田「いや……でもまあ、ベッド運ぼうか」
入山「うん」

◯同・ベッド(早朝)
に運ばれた斉藤。幸福そうに寝ている。
教授の声「古代ギリシアでは時間を意味する単語はクロノスという単語とカイロスという単語があります」

◯大学・大教室(数日後)
教授が講義している。
教授「前者は一般的な計測可能な時間です。後者は主観的な時間を意味し、ギリシア悲劇においてはチャンスという意味合いで使われることがあるんですね。じゃあここまでで質問ある人」
一同沈黙する中、おずおずと入山が手を挙げる。
横川奈月(21)がその様子を見ている。
教授「あ、じゃあ君(入山を指す)」
×   ×   ×
入山が片づけていると、奈月が近づいてきて、
奈月「あの」
入山「はい」
奈月「横川といいます」
入山「入山です」
奈月「わたし社会学部で、日本社会の同調圧力の研究をしていまして」
入山「ああ、はい」
奈月「なんでさっき、質問したというか質問できたんですか?」
入山「え?」
奈月「いや、日本人はこういう大人数がいるとき、一般的にあんま質問しないというか、できないというか」
入山「ああ……今更ちょっと真面目に勉強してみようかと。うちの大学、IMASARAっていうサークルがあるんですけど」
奈月「(不審そうな顔で)今更?」

◯繁華街の雑踏(数日後・夜)
道行く人が多い。

◯居酒屋前(夜)
入山と斉藤が待っている。斉藤は見るからに新品の服装。
入山「そういえば、この前サークルについて聞かれたんですよ。(斉藤は全然話聞いてない)授業のあと、話しかけてきた人がいたんでサークルの説明をって全然聞いてないですね」
斉藤「え?」
入山「僕もですけど、緊張してます?」
斉藤「増田が遅いからさ」
入山「あ、きましたよ」
増田、ゴーグルと前よりしっかりしたマスクをしている。
増田「お待たせしました」
斉藤「いつも通りの重装備で」
増田「怖いですから」
斉藤「いいけど、顔見えないと不利だよ」
増田「僕は彼女とかいいんで」
沙織(21)の声「中では外さない?」
美沙(21)の声「いや怖いんで」
入山たちが振り返ると、女性3人のうち、美沙がゴーグルとしっかりしたマスクをしている。
美沙「基礎疾患あるって言ったのに」
沙織「いや、全然いいけどね」
美沙「じゃあ今更言わないでよ」
斉藤が近づき、
斉藤「あ、もしかしてIMASARAの」
沙織「あ、そうです。よろしくお願いします」
増田と美沙が見つめ合う。

◯同・座敷(夜)
増田と美沙が向き合って仲良く話しあっている。
斉藤と入山は沙織と藤谷美樹(21)と向き合っている。
斉藤「(増田と美沙を見て)まあ、そうなりますよね」
沙織「ですね」
斉藤「……あの、2人とも4年生ですか?」
沙織「ええ」
4人、沈黙。
斉藤「ゲームでもしましょうか」
入山「早くないですか?」
沙織「……どういう今更をしたのか話すとか」
斉藤「それですね! じゃあまず入山から」
入山「あ、はい。僕はサークルに入ったばかりで、その、今更パーマをかけたり、今更真面目に勉強しようと授業中質問してみたり、あとは……」
美樹「あ、わたし、同じです。わたしも思い切って質問しました」
入山「え、え、あれ勇気いりますよね」
美樹「はい」
入山「質問したあと、全然話し入ってこなくないですか?」
美樹「ですよね。なんか質問した時点で達成感感じちゃって――」
沙織と斉藤、顔見合わせる。
×   ×   ×
入山と美樹が並んで座って飲んでいる。
入山「ほかに何しました?」
美樹「カメラ買いました。今更カメラ女子です」
入山「いいじゃないですか。僕、今更こないだのWBS見ましたよ」
美樹「野球の? 日本が勝ったやつですよね」
入山「ええ。見てる間、ずっと今更感ぬぐえなかったです」
美樹「(笑う)上級者ですね」
入山「いやいや、ベタに今更海とかも行きたいですけど、1人はちょっと」
美樹「ああ、海いいですね」
入山「そのうち……みんなで」
美樹「ああ、ぜひ」
入山「でも、1人でできることってあんまないですよね」
美樹「……できてないんですけど、今更謝るとかもありかなって」
入山「謝る」
美樹「わたし高校のとき、友だちにひどいことしちゃって。それを今更謝れればなーと」
入山「なるほど、いや、それすごい」
美樹「すごくないですよ、会ってくれるかもわかんないし」
入山「……逆に怒るとかもありですかね」
美樹「ありだと思います、なんかあるんですか」
入山「まあ、ちょっと(酒を飲む)」
斉藤の声「あ~、ボルダリングは今更行く気にもなれないっていうか」
沙織の声「あ、そうですか」
沙織がうんざりした顔をしている。
斉藤「今更脱出ゲームとかどうですか?」
沙織「いや、それはあんま興味ないっていうか」
入山「みんなで海は無理かもしれないですね」
美樹「ですね。2人とかでも」
入山が美樹をどぎまぎと見つめ、
入山「あの、よかったら連絡先」
美樹「はい」
2つのスマホが差し出される。

◯大学の食堂(数日後)
斉藤と入山がお互いスマホを見ながら向かい合って座っている。
斉藤「増田はデートで来れないって」
入山「そうですか」
斉藤「俺、今更パチンコ始めたよ」
入山「どうでした?」
斉藤「全然出ない。3万すった」
入山「あら」
斉藤「今更タバコも始めたんだけどさ」
入山「荒んでません?」
斉藤「荒んでるよ。俺だけ彼女できなかったんだよ」
入山「僕はまだつきあってないですよ」
斉藤「まだ? まだって言い方の自信が嫌だね」
入山「すいません、今のは調子乗ってたというか」
斉藤「いいよ、今更人生を楽しむサークルなんだから、いいんだけどね。なんで彼女ほしくないってやつが……」
奈月の声「すみません」
斉藤と入山が振り返ると、奈月がいる。
入山「(斉藤に)あ、こないだ話した方です」
斉藤、奈月に見とれている様子。
入山「どうぞ座ってください」
奈月「失礼します(入山の隣に座る)」
入山「関心もってくれました?」
奈月「ええ。わたしもあんま大学生らしいことしてなかったので」
入山「3年間ってあっという間ですよね」
奈月「え、あ、こないだ3年になったんですけど」
入山「あ、ごめんなさい、言ってなかったでしたっけ。3年の後期からしか入れないんですよ」
斉藤「いや、入れるよ、3年から」
入山「でも、3年じゃ今更感ないって」
斉藤「十分でしょ3年なら。どうした?」
入山「……」
斉藤「ようこそ、IMASARAへ。部長の斉藤です」
奈月「横川奈月です」
斉藤「よし、歓迎会しよっか。ね」

◯タピオカ専門店・外観(一週間後)
入山の声「斉藤さん、むちゃくちゃ張り切っちゃって、今更金髪にしたんですよ」

◯同・店内
入山と美樹がタピオカミルクティーを手元におき、向かい合わせに座っている。
美樹「かわいいですね、斉藤さん」
入山「愛されキャラです」
美樹「……就活ってしてます?」
入山「うーん、いや」
美樹「話しちゃだめでした?」
入山「なんでやる気ないんだろうな」
美樹「(ストローの袋をいじりつつ)この間、高校の友達に謝りたいって話を」
入山「ええ」
美樹「謝りに行ったんです」
入山「え、すごい」
美樹「でも言われちゃいました、もういいよって」
入山「……」
美樹「すごい口数少なくて……わたし、自己満足でしかなかったなって」
入山「……ちなみに、高校のとき何しちゃっんですか?」
美樹「言いません。あれです、墓場まで持って行きます」
入山「大丈夫ですよ」
美樹「いや、嫌われたくないんで、本当に言わないです」
入山「……了解です」
美樹「本当に今更だなーと(ストローの袋を置く。袋の先が花になっている)」
入山「でも、なにか、なにかは伝わりましたよ、多分。それだけ謝りたい気持ちっていうか。その友だちも、少しはつかえっていうのかな、とれたんじゃないですかね」
美樹「だといいですけど」
入山「(ストローの花を見て)器用ですね」
美樹「単なる、癖です」
入山「……僕は今更怒りたい、謝ってもらいたいことがあって(ストローの袋を指で小さく丸める)」
美樹「この間言ってた――」
入山「昔、バイト先の店長からパワハラ受けて。まあ、いつまで囚われてんだみたいな気もしてるんですけど(丸まったストローの袋を置く)」
美樹「被害者の人はいいんです、今更でも。いつでも」
入山「そうですか」
美樹「怒ってください」
入山「あ、がんばります」
美樹「……そろそろ、敬語やめてみません?」
入山「あ、うん」
入山、タピオカをすする。

◯大学の芝生(数日後)
斉藤と奈月と入山が座っている。
斉藤「奈月さん、やりたい今更見つかった?」
奈月「わたし、今更家庭教師のバイトを始めようと思うんですけど」
斉藤「すばらしい、似合ってると思う」
奈月「斉藤さんはどういうバイトしてました?」
斉藤「あ、バイトしたことない」
奈月「ああ……入山さんは」
入山「ここ数年、家でデータ入力しかやってない」
奈月「そうですか」
入山「増田さん、オンラインで塾のバイトやってませんでした?」
斉藤「ああ、あいつそうか。聞いてみるか」
奈月「ありがとうございます」
斉藤「あれだよ、増田は彼女いるからね、つきあいたての」
奈月「え、あ、はい」
斉藤「入山は? 今後の予定」
入山「前、バイト先の店長にパワハラされたって話したじゃないですか」
斉藤「ああ」
入山「今更、怒りたいし謝ってもらいたいんですけど、どうするか考え中です」
斉藤「すごいなそれ。今更の概念を広げようとしてる!」
入山「いやいや、こないだ知り合った藤谷さんにそういうのもありじゃないって」
斉藤「(つまらなそうに)なんだよ」
奈月「でも、パワハラする人ってパワハラの自覚ないですよね、多分」
斉藤「そうなの?」
奈月「パワハラの経験はないですけど、セクハラはありますから」
斉藤「え? どういう」
奈月「あんまいいたくないです」
入山「……ということは、やっぱ謝らないか」
奈月「裁判とかすれば別ですけど」
入山「裁判は、音声とかもないし」
考え込む入山。
斎藤「あ」
斎藤が目の前に転がってきたボールをかっこつけたフォームでキャッチボールしてる学生に投げ返す。ボールを目で追う入山。
ボールが弾む音が先行し――

◯公園(夜)
コンクリート壁に向かって繰り返しテニスボールを投げる入山。

◯ファミレス・外観(数日後)

◯同・レジ前
入山が店員を前にしている。
店員「すみません、前田さんはほかの店舗に移りました」
入山「そうですか……当時のお礼をどうしてもいいたいので、どこの店舗に移ったか教えてもらえますか?」
店員「あー、ちょっとお待ちください。入山さんの下の名前もよろしいですか」
入山「諒介です。(スマホ操作し)こういう字です(スマホ見せる)」
店員「あ、少々お待ちください」
店員がバックヤードに引っ込むのを入山は見る。

◯同・バックヤード(入山の回想)
前田(38)が入山(18)に詰め寄る。
入山「すみませんでした」
前田「死ねよ、マジで」
入山「……」
前田「誰でもできると思ってるんでしょ、この仕事」
入山「思ってないです」
前田「向いてないよお前、はっきり言って」
入山「……」
前田「で、向いてないのがわからないっていうのはさ、もうバカなんだよね。バカって知ってる?」
ほかのスタッフが笑う。
入山「……」
前田「なんか髪も変だし、店内歩かないでほしいんだよね。ねえ、変じゃない?」

◯同・レジ前
店員「お待たせしました。2年半前に退職された入山さんですね」
入山「はい」
店員「前田さんはですね、現在四国の店舗に移られたんですけど」
入山「え、四国?」
店員「ええ」
入山「……一応、教えてもらっていいですか?」

◯齋藤が住むマンション・外観(数日後・夜)
雨が降っている。

◯齋藤の家・リビング(夜)
煮立っている鍋。
斉藤と奈月と入山が鍋をとりつつ、
斉藤「それ飛ばされたんじゃない」
入山「やっぱそうですか」
奈月「パワハラを誰か訴えたとかで」
斉藤「でも、行ったのはすごいよ。謝らせるのは難しいだろうけど」
入山「謝らなかったら……トマトをぶつける予定でした」
斉藤「トマト?」
入山「そいつ、トマトが苦手だったんです。だからまあ、せめてというか――」
奈月「え、入山さんってそういうことするんですね」
入山「いや、はじめてはじめて。でも迷惑系の人っぽいし……」
斉藤「いいよ、それくらいやる権利あるでしょ」
奈月「(力強く)ハラスメント野郎がトマトまみれになるところ見たいです」斉藤「……ほら」
入山「でも遠いし、さすがにもう」
斉藤「じゃあ一緒行こうか」
入山「え?」
斉藤「ルールだから、誰かがしたいことは協力するっていう」
入山「でも、これは1人でやることだし」
斉藤「応援応援」
奈月「(力強く)わたしもハラスメント野郎がトマトまみれでゼイゼイ言うところ見たいです」
斉藤「……ほら。あと香川って海あるでしょ。ついでに今更行こうよ、海」入山「海か」
入山、ニヤニヤする。それを見ている齋藤と奈月。
美樹の声「トマト?」

◯公園・コンクリート壁の前(夜)
雨上がり。
入山がスマホを耳にかざしている。右手にはテニスボール持っている。
入山「変かな」
美樹の声「うーん、いちばん伝えたいことはなんなの?」
入山「なんだろう……あのときは傷ついて何も言えなくて……でも、何も言えなくても何も感じてなかったわけじゃない、それを伝えたい。間違ってもいいから(テニスボール投げる)」
美樹の声「……わたしも一緒に行っていい?」
入山「え(ボールを片手でキャッチしそこねる)」
美樹の声「応援したい。いいかな?」
入山「うん、心強いよ」

◯入山の家・リビング(夜)
容子がお茶を飲み隆二がアイスを食べているところに入山が入ってくる。
入山「……来週末、友達と旅行行くから」
容子「え? うそ?」
入山「ほんと、2泊3日」
容子「どこ行くの」
入山「四国、香川」
容子「誰と行くの?」
入山「友達3人と」
隆二「女子いる?」
入山「まあ」
隆二「うわ、大学生っぽい」
入山「大学生だよ」
容子「明日、赤飯にするね」
入山「なんでだよ」

◯格安航空機・外観(一週間後・朝)
離陸する。

◯同・席(朝)
入山と美樹が並んで座り、後ろに斉藤と奈月が並んで座っている。
美樹「でも飛ばされたってことは、反省してるかもね」
入山「あいつが?」
斉藤「(通路がわに顔を出し)反省はしてなくても、謝りはするかもな」
入山「ああ、まあ」
奈月「(立ち)謝らないですよ。トマト投げましょう」
入山「……バラバラだね」

◯格安飛行機・外観(朝)
着陸する。
入山の声「とりあえず、ホテルに行きますか」

◯ホテル・部屋(朝)
入山と斉藤が入る。
斉藤「(入るなり)狭いな~」
入山「……(荷解きしながら)齋藤さんの実家ってお金持ちなんですか」
斉藤「え?」
入山「住んでる家、広かったし」
斉藤「ああ。父親が金持ちで、まあ母親はその愛人って感じ」
入山「ああ」
斉藤「最近は家も来ないらしいけど、俺が子どものときはよく来て、セックスして帰って行くんだよ。気持ち悪いだろ」
入山「いや」
斉藤「でもその金で暮らしてるからな、恥ずかしながら」
入山「……」
斉藤「支配されてるよなー。で、金使う以外に人づきあいできないの、バカだろ」
入山「バカじゃないですよ、そんなこと言わないでください」
斉藤「でも、勝手だけどさ、なんか入山の対決を見たら俺も一歩踏み出せそうな気もするんだよ」
入山「……それならうれしいですけど」
斉藤「それ見て、奈月に告白しようかと思ってるんだよね」
入山「あ、そういう一歩?」
斉藤「入山も藤谷さんとつきあえよ、好きなんだろ」
入山「……はい」
斉藤「よし、戦いの前に腹ごしらえだな」

◯うどん店・店内
入山と斉藤と美樹と奈月、黙々とうどんをすする。
入山、水をとりに立つ。
斉藤「3度目だな」
美樹「緊張してますね」
入山、戻ってきて水を飲み、つゆを飲み干す。

◯ファミレス・外観
手に握られたトマト。
入山を斉藤と奈月と美樹が囲んでいる。
斉藤「確認しておこっか」
入山「呼び出して、駐車場で話します。で、話してちゃんと謝らなかったら計画どおりやって逃げます」
斉藤「逃げるが勝ちだよ」
美樹「休みだったら?」
入山「明日も行く。社員なら連続で休まないでしょ」
入山、ペットボトルの水を飲む。
斉藤「大丈夫。むしろびびるよ。東京から来たんだもん」
入山「ですよね。行ってきます」
入山、階段を上る。

◯同・レジ前
入山と対面する前田(41)。
前田「えっとすいません。どちら様でしょう」
入山「昔、東京でバイトしてた入山です」
前田「ああ(覚えてない感じ)、え、おお、久しぶり」
入山「どうも」
前田「え? 旅行?」
入山「まあ、旅行でもあるんですけど」
前田「え、でもなんで知ってるの? 俺ここいるの」
入山「ちょっとあの、下で話せませんか?」

◯同・駐車場
離れて入山と前田をチラチラ見る斉藤たちを前田が見て、
前田「友達?」
入山「あ、はい」
前田「いいねえ。で?」
入山「……あの……」
前田「なに? 怖いな」
入山「……なんで、東京離れたんですか?」
前田「ああ、結婚したんだけど、嫁さんの実家こっちでさ」
入山「え?」
前田「帰りたいっていって。まあ自分も東京もういいかと思ったし」
入山「それだけですか?」
前田「子どももいるから、こっちのほうが育てやすいと思ったんだよね」
入山「そうですか……」
前田「え、それだけ?」
入山「……(おびえつつ)その、パワハラじゃないんですか?」
前田「え?」
入山「パワハラで、その、飛ばされたんじゃないんですか?」
前田「いや、パワハラなんてしてないし」
入山「いや……したじゃないですか」
前田「してないよ」
入山「さんざん俺のこと否定して」
前田「よく覚えてないけど、ちょっと厳しくしちゃったかな」
入山「いや、人格さんざん否定して」
前田「人格って、じゃなんか証拠あるの?」
入山「証拠は」
前田「え、ていうかここまでそれ言いに来たの? マジで? 今更?」
入山「……」
前田「旅行楽しみな。ね。え、どっちとつきあってんの?」
入山、ジャンパーのポケットからトマトをつかみだし、前田に投げるが前田がかがんで外れる。
入山「今更?」
前田「(入山と距離をとる)なに、なに、え」
入山「(前田に近づき)今でもだよ(トマトをもう1個投げるが、外れる)」
前田「あっぶな、何してんだよお前よ!(入山につかみかかり、ヘッドロックする)」
入山、抵抗する。
前田「……思い出した、ほんとお前使えなかったわ。今もなんもできないんだな」
突然、前田の後頭部にトマトがぶつけられる。
前田は入山から手を離し頭をさわり、驚いた顔をする。
斉藤が前田を羽交い絞めにする。奈月と美樹が前田の顔にトマトを至近距離で殴るようにぶつけると、前田は激しくえづく。斉藤が手を離すと前田はえづきながら逃げる。
斉藤たちが振り返ると、座り込んだ入山に駆け寄る。
斉藤「大丈夫か」
入山「……みじめだよ」
斉藤「そんなことないよ」
入山「……失敗すると思ってたから、用意してたんでしょ」
奈月「私が持っとこうって言ったんです。いざというときのため」
入山「信用ないんだな」
美樹「助けたいと思ったら、思わず……」
入山「……これ自分の戦いなんだよ。みんなでトマトぶつけたら、いじめみたいで……」
入山、立ち上がる。
美樹「入山くん、ごめん」
入山「ちょっと無理、一人にさせて」
入山は3人をおいて駐車場をあとにする。

◯フェリー・外観

◯同・船上
入山が立って海を眺めている。

◯海岸
カップルが何組かいる中、入山が一人砂浜に座りこむ。
やがて、入山は泣く。手で目を何度もこするが、涙が出てきてしまう。
入山「ダサい人生だ」
入山のスマホのバイブが鳴る。開くと斉藤からショート動画が送られている。入山は動画を開く。

◯動画
斉藤はトマトをもっている。
斉藤「間違ってるかもしれない、また気分悪くするかもしれないけど、自分たちをなんか、罰したい気持ちで」
斉藤、勢いよく自分の顔に3回ぶつける。斉藤のトマトの汁まみれの顔。
斉藤「すいませんでした(頭をさげる)」
奈月もトマトを3回顔にぶつけ、
奈月「申し訳ありません」
美樹から斉藤にスマホがわたり、美樹がトマトを顔に3回ぶつける。
美樹「本当にごめんなさい」
自撮りの画角で三人のトマトの汁まみれの顔がうつされる。
斉藤「入山、かっこよかったよ。勇気出た。だから俺も、言おうと思う」
入山の声「え?」
斉藤「奈月、俺とつきあってくれないか」
奈月「え……ごめんなさい」
斉藤「……入山、だそうだ」
奈月「入山さん、わたし、セクハラされた自分の悔しさ、さっきの奴にぶつけてました。すいません」
美樹「……入山くん、前高校の友達に今更謝った話したよね。昔、実は彼女に告白されたんだよ。でもわたし、嘘でしょ? って思わずなぜか笑っちゃって、彼女に嘘だよって、そういう苦しい嘘つかせた。ひどいよね、勇気を出して言ってくれた人に。最低で卑怯でダサい人間だからわたし。ごめん、また間違えたよ」
斉藤「入山、今どこにいる? ちょっとこの空気耐えられないわ、頼む」

◯海岸(夕)
入山と斉藤、美樹、奈月の3人が対面する。入山以外顔にトマトの破片がついている。奈月は泣いている。
斉藤「ごめんな」
美樹「ごめんなさい」
奈月「すいませんでした」
入山「そのままの顔でこないでも(笑う)」

◯海(夕)
斉藤と奈月と美樹が浅瀬に足先だけ入り顔を洗っている。
入山も海に入ってくる。
入山「つめた〜。冷たくない?」
斉藤「この冷たさも罰だよ」
入山「もういいですって……いやー、しかしね、あんなに外すとは」
美樹「悔しいね」
入山「言葉が全然出てこなかった。いっぱい言いたいことあったのに全然……」
斉藤「でも立派だよ」
入山「ありがとうございます」
奈月「斉藤さん、そろそろあがりません」
斉藤「え? みんなで水かけあってキャッキャ言うのやろうよ」
奈月「今更そういうのいいんで。ね」
斉藤「あ、そう?」
斉藤と奈月、砂浜に向かう。
美樹「(緊張する)……」
入山「そういえば、海、来れたね」
美樹「うん」
入山「あー、ほんと恥ずかしい、あんな姿見られて」
美樹「私は、ひどいでしょ」
入山「自分もちゃんと答えられるか自信ないよ」
美樹「入山くんは、ちゃんと答えると思う」
入山「いや、そもそも告白なんかされたことないから、ピタッと止まっちゃうと思うよ」
しばし沈黙が流れたあと、
美樹「わたしと……つきあってくれませんか」
入山、波を受けても微動だにせず固まる。

◯砂浜(夕)
斉藤と奈月が座りながら入山と美樹が海水をかけあうのを見ている。
斉藤「ほらほら、やってるじゃんあれ」
奈月「あれはカップルがやるもんなんですよ」

◯海(夕)
入山「今更じゃない」
美樹「え?」
入山「今更じゃない、僕たちは今からだよ」
美樹「うん、なんか恥ずかしいけど」
海水をばしゃばしゃかけあう入山と美樹。

◯大学の図書館・外観(数日後)

◯同・書架
入山が労働問題の図書が置いてあるコーナーを見ている。

◯同・席
入山が席に座り、読書している。傍らには何冊も本がある。
×   ×    ×
宙を見る入山。

◯ファミレス・レジ前(数日後)
店員「いらっしゃいませ、あ」
入山「あの今更ですけど、僕、前田さんからパワハラを受けていたんですね」
店員「あ、え、はい」
入山「で、それをどうしても証明したいので、お聞きしたいんですけど――」

◯入山の家・リビング(夜)
食卓に入山と慎と容子が座っている。入山の前にはノートパソコンがある。
容子「え? 大学院?」
入山「研究したいことを見つけたから」
慎「……なにを研究したいの」
入山、パソコンを父と母に向ける。

◯大学・正門(数ヶ月後)
文化祭の看板がでている。

◯同・教室
広くないスペース。壁や黒板に入山と増田と奈月の発表用の模造紙が貼られている。
窓の外を入山と奈月と増田が立って見つめている。
増田「斉藤さん、ほんとに今更大学辞めちゃったんだ」
入山「うん」
増田「留年でやめるって最高の今更」
奈月「わたしが」
入山「いや、違う。今更親に反抗してみたくなったらしい」
増田「いま、なにしてるの?」
入山「とりあえず、今更はじめてバイトをしてるって」

◯ファストフード店の前
デリバリーの格好をした斉藤が店内から出てくる。バイクに乗ろうとするとき斉藤はスマホを取り出して耳にあてる。
斉藤「はい、はい、承知しました(スマホ切る)。今更言うなよ」
斉藤、店内に戻る。

◯大学・教室
増田が模造紙の前に立ち、数人の見物客の前で発表している。
奈月が模造紙の前に立ち、数人の見物客の前で発表している。
入山が模造紙の前に立ち、数人の見物客の前で発表している。
美樹が入山の発表を写真に撮っている。

◯ファミレス・席
本部社員(55)と前田が向き合って座っている。   
本部社員は紙の束を前田に示す。
本部社員「本部にある報告が届いてね」
前田「はい」
本部社員「君がこれまで働いていた店舗で君からパワハラを受けたというスタッフの計6名から、その詳細が報告された」
前田「え? でも」
本部社員「(前田の発言を止め)今の店舗スタッフにもヒアリングして十分な疑いが得られたので、スタッフ同意のもと休憩室にカメラを設置した」
前田「いや、パワハラなんか」
本部社員「君がそう思ってないだけで、あれはどう見てもパワハラだね」
前田「……」

◯大学・教室
入山「今回の経験から大学院に進学して、自覚がないハラスメント加害者が責任者にならない就業システムの構築や加害者の更生に必要なプログラムについて研究をしようと思うようになりました。以上で発表は終わりですが、なにか質問ありますか?」
おずおずと男子高校生(18)が手をあげる。
入山「どうぞ」
高校生「あの、ぜんぜん勉強してなくて、ここけっこう難関校だと思うんですけど……今更でも勉強したら現役で合格できると思いますか?」
入山「できますよ。今更でも本気になれば」
高校生「ありがとうございます! 明日からアルファベット覚えます」
入山「や、ちょっと今更すぎるかも。いや、まあ、わかんないけどね」
変な空気になる。
入山の後ろの黒板に貼ってある模造紙がばさっと落ちる。

◯タイトル「IMASARA」
黒板にチョークで書かれている。
                                (了)

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