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25歳、オンナ、無職になる。

2020年12月30日
オンナは無職となった。

2020年は、誰もが想像していなかったような時代の幕開けだった。
目に見えないウイルスに怯えた。
目に見えないウイルスと闘った。
目に見えないウイルスを恨み、憎しんだ。

例外なく、オンナもウイルスと対峙することとなった。
風邪も引かない、花粉症すらでもない幸運なオンナは、
まずマスクと闘うこととなる。

持ち合わせていないマスク。
押し入れからやっとのこと引っ張り出したマスクを耳にかける。
息が苦しい。
いや、苦しいどころの話ではない、もう、息ができない。
加えて、オンナはメガネをかけている。
加えに加えて、オンナは暑がりであった。
オンナのメガネはマスクによって曇り、ウイルスどころか何も見えぬ日々であった。

オンナの毎日にも曇が見え始めていた。

オンナが働く会社は結構な大企業であった。
大企業と言っても、オンナはその会社の社員ではない。
その会社を「現場」としている、所謂、下請け会社の社員である。
だがしかし、大企業を現場としている以上、大半は大企業のルールが適用される。
そのため、オンナの仕事は比較的早いであろう、4月から完全なテレワークに移行した。

オンナはテレワークを非常に好んだ。
誰もいない、大好きなオンナの部屋で仕事ができるからだ。
晴れた日には布団だって干せる。
オンナは幸せであった。

オンナはコミュニケーションが嫌いである。
だが、苦手ではない。
オンナは会社や現場の人と仲良くなることに長けていた。

会社から腫れもの扱いされている人ともランチをする中であったし、
そもそもその人はとても良い人で、オンナもその人が好きだった。
現場の超絶偉い人に気に入られて、何度も飲みに行った。

オンナなら、オンナだからと気軽に誰でも話しかけられた。
オンナは比較的、頑張っていた。
いや、オンナは頑張りすぎていた。

テレワークに移行しても仕事内容はさほど変わらなかった。
オンナの業務だけでなく、会議の内容さえも変わらない。
ただただ、これまでの仕事を家でする日々であった。

だが、オンナは壊れていった。

テレワーク、つまり、自宅で作業をする毎日に慣れてくると、
就業時間が個人の裁量になってきた。
仕事をしているフリをして残業するモノや、
就業時間中に買い物に出かけるモノまで現れてくる。

対するオンナは、真面目であった。

短い休憩は適度に挟みつつも、就業時間を守った。
こう書くと、オンナは融通が利かないだとか、思われるのだろう。
だが、オンナは寛大であった。
会議をすっぽかされ買い物に出かけられようが、
怒りはしなかった。

色んなことがあった。
オンナは色んなことを経験した。
オンナはたくさんの我慢をした。
オンナはたくさんオンナを犠牲にした。
オンナは嫌なことも笑って許した。
オンナは周りを大切にした。
オンナはオンナを大切にしなかった。
オンナはオンナを大切にできなかった。


もう、オンナは何も思わなくなっていた。思えなくなっていた。


時間を遡ること、およそ3年。
オンナは新社会人のスタートを切った。
当時ピチピチだったスーツは、今では何故かブカブカだ。

オンナはそこら辺の大学のちょっとした名の知れた学部を卒業し、就職。
とある大企業を「現場」としていた会社に入社し、
なんとか、小さい頃からの夢を叶えることに成功した。

オンナのドウキは高学歴であった。
西の方の頭のとてつもなく良いあの大学だった。
ドウキは明らかにオンナを下に見ていた。
まあ、実際学力は比べものにはならないし、
研修の進むペースも理解度も、雲泥の差であった。

だが、オンナはこういう時は楽観的なのだ。
ドウキは学力で天と地ほどの差があるオンナと同期である、と。

とにかく、オンナはドウキが苦手であった。
人見知りなのかなんなのか知らないが、誰かの後を進むタイプであった。
着実に、確実に後を進み、成功していく。

オンナは何十回、何百回とドウキの前を歩かされた。
いや、オンナは自ら歩み始めた。

オンナがやるしかない
オンナが失敗するしかない
オンナが笑われ者になるのだ

自らそんな役割を担ったのだ。
オンナの性格とは真逆の積極性と笑顔を持って。

オンナは会社員時代のことはよく覚えていないのだが、
入社して3か月、毎日のように表情筋が痛くなっていたことは覚えている。
普段使いもしない筋肉であるのだから、当然だった。
オンナは、笑顔の裏に痛みがあることを物理的に知ったのだ。

そんなこんなで、研修期間は終了し、
見事、ドウキとはおさらばしたオンナは、憧れた大企業で働くこととなる。
華々しい社会人生活を記したいのだが、
オンナに記憶はない。
オンナから記憶が消されたのではなく、
思い出そうとするとヌリカベがドドーンと降りてきて、
頭がズシーンと重くなり、思い出す行為をやめさせてしまう。


オンナは、鬱になった。


ドクターに言われた時、オンナはさほどショックは受けなかった。
それよりも、処方された薬の効能を読んだ時、
オンナは衝撃を受けた。

こんな当たり前のことを、薬に頼らないといけないのか。

オンナは食事ができなくなっていた。
オンナは眠れなくなっていた。
オンナは感情がなくなっていた。

オンナはジョウシに嫌味を言われながらも、
40日ほど残っていた有休を10日取得することに成功した。

10日間、オンナは朝晩薬を飲み続けた。
副作用で食欲不振になり、身体が物理的にも精神的にも辛すぎて、
1度も起き上がることができない、なんて日が何度もやってきた。

夜も眠れない。
薬のおかげで寝付きはとんでもないくらい改善されたものの、
肝心の睡眠が全くできない。

オンナは1時間悪夢にうなされた。
オンナは目が覚め、そこからなかなか寝付けない。
オンナはやっとの思いで眠る。
オンナは1時間悪夢にうなされた。
これが一晩中永遠と続くのである。
どこぞのYouTuberのようにお洒落なナイトルーティンは夢のまた夢である。

オンナは生きることがどれだけ大変であるか、
毎日を「普通」に過ごすことがどれだけ素晴らしいのかを
鬱になって初めて知るのであった。

よく、「生きてるだけでえらい」なんて聞くけれど、
全くその通りである。
みんな、本当に、生きてるだけでえらい。
生きよう、生きてみよう、そう思えることも本当にえらいのだ。


少しばかりの休息を経ても鬱と仲良しにはなれない。
どうやったってオンナにはコントロールできない症状が起きてしまう。
そうすると、オンナは薬に頼らざるを得なくなる。
薬ともまだ仲良くなれていなかったオンナにとって、
薬を服用しながら仕事を続けるのは無理であった。

だから、オンナはジョウシに相談し、残り全ての有休を消化することとした。
休暇中どうだったかとジョウシに質問され、
オンナは、生きることで精一杯だったと正直に伝えた。
「ええっ」と、ジョウシは言った。

それだけだった。

オンナは有休消化中、何も考えられなかった。
小さくなってしまった胃は、食べ物を相変わらず受け入れない。
眠ることもできない。
オンナはただただ、窓から洗濯物が乾くのをじっと見ていた。


そんなオンナに、家族から連絡が届くようになった。

家族と言っても、オンナは母子家庭て育ち、
かつ、そのハハも母子家庭で育ったため、
ハハとソボからの連絡だけである。

1日に2度、それぞれ2人から電話が入ってくる。
オンナは「生きているか?」との問いに、「うん」と答える。
それだけである。

だが、オンナの家族は連絡を取らないことが普通であり、
半年全く連絡を取らないこともザラ。
そんな家族がこんなに頻繁に連絡を取り合うこと自体が、
オンナの危険さをよく表していた。

オンナと連絡が取れないことが2度続いた。
ソボは心配し、ハハに連絡する。
ハハはオンナの家に乗り込んできた。
オンナの家は、散々な様子だった。

窓に投げつけられたパソコン。
たんすに打ち付けて壊したゴミ箱。
ボロボロのオンナ。

それからハハは、毎週末泊りに来るようになった。
オンナに処方される薬は増え、強くなっていった。

ハハは、本気でオンナがオンナの人生を終わりにすると思っていた。
オンナは、死にたいとは思わないが、死んでもしょうがないかなと思っていた。

ハハは、ピクミンを買い、オンナのSwitchで勝手にゲームを始めた。
オンナは、とある会社の採用試験を受け始めていた。

ハハは、岩ピクミンと出会った。
オンナは、とある会社で素敵なオトナと出会った。

ハハは、大勢のピクミンと共に敵と戦っていた。
オンナは、ジョウシを吹き飛ばし社長と副社長と闘っていた。
(ピクミンの敵は強敵であったようだが、社長と副社長はオンナを心配し、優しく背中を押してくれた)

ハハは、一向に勝てぬ敵を前に、セーブデータを消去。リスタートした。
オンナは、退職願に判を押し、無職となった。

ハハは、前回の教訓を糧に、要領よくピクミンを進めている。
オンナは、リングフィットで消費したカロリーを糧に、パン屋巡りをしている。


2020年、オンナは鬱になった。
2020年、オンナは無職となった。
2020年12月31日、オンナはとても楽しく生きている。

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