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街や学校で季節を告げる 公孫樹と桜はちょっと特別な樹木です

秋になり、街路樹が黄色く色づき始めました。
日本の街路樹で最も多いのは公孫樹イチョウ。学校の付近に植えられていることも多く、この季節になると、黄色の絨毯の上を銀杏ギンナンを踏まないよう気をつけながら通学したことを思い出します。

イチョウといえば葉の形が特徴的。
扇形に広がって真ん中に切れ込みが入っていますが、植物を葉の形で分類したとき、この仲間に入るものはまずありません。

イチョウは針葉樹でも広葉樹でもなく裸子植物に分類されるのですが、なんと世界で最古の現生樹種の一つで、中生代(約2億5000万年前から6600万年前)に盛期を迎えます。北半球のほぼ全域でみられ、ジュラ紀(約2億年前から1億4500年前)には17種も存在していたのですが、ほとんどがこの時代に姿を消していきます。その後、長い氷河期が訪れると、比較的温暖だった中国大陸にわずか1種のみが生き延びます。

1億5000年前より古い時代に起源をもつ動植物のほとんどが絶滅しているにもかかわらず、2億年もの長い間、原生種とほぼ同じ状態で存続しているとは、まさに奇跡。

絶滅を免れたイチョウはひっそりと中国大陸で生き続け、やがて薬用や食用としての価値を見いだされるようになると、中国全土に栽培が広まっていきます。

日本へは鎌倉時代に伝わったとされ、17世紀後半に長崎の出島からヨーロッパへ渡ります。

ドイツの医者で植物学者であるエンゲルベルト・ケンペル(1651-1716)がイチョウをginkgoとして紹介。18世紀に分類学の父と呼ばれるスウェーデンの生物学者、カール・フォン・リンネ (1741-1783)が正式な学名としてGinkgoギンコ― bilobaビロバと名付けました。

現在、イチョウは今や世界中で見ることのできる樹となりましたが、それはすべて人の手を介して栽培されたもの…
野生種は中国の山脈で確認されたわずかな数のみといわれ、今では「生きている化石」として国際自然保護連合 (IUCN)のレッドリストの絶滅危惧種に指定されています。

そんな希少なイチョウですが、日本では世界的発見がなされています。
徳川幕府の薬草園として開園され、現在は東京大学の付属植物園である小石川植物園において、1896年に平瀬作五郎氏によってイチョウに精子が存在することが発見されました。

小石川植物園 / 園内の記念樹と遺構 / 精子発見のイチョウ Ginkgo biloba (maidenhair tree)

また、広島への原爆投下時に、幹を残し消失しながらも翌年には新しく芽吹き、人々に希望を与えたのはイチョウの樹でした。

HIROSHIMA PEACE TOURISM / イチョウ(安楽寺)(被爆樹木)

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一方、春を象徴するサクラ。日本では2番目に多い街路樹だそうです。
サクラといえばソメイヨシノですが、この樹は江戸時代後期に作られた人造種。全て接ぎ木で増やされたクローン樹です。

日本のサクラのおよそ8割が、ただ一本のソメイヨシノの細胞から増殖された分身。いわば人工的なコピーなので、日本全国どころか植えられた時代季節に関わらず、遺伝子レベルではまったく同じなのだそうです。
全ての樹が同じ遺伝子情報を持っているため、同じ条件下であれば一斉に開花し、一斉に散っていきます。そのため、標本木として、桜前線といった気象観測に使われる他、生物季節観測の指標として温暖化の観測などにも利用されています。

サクラは自家不和合性といって同一個体同士では結実しない...つまり、クローン同士では交配が不可能。
更には、全てが同じ樹なので、同時期に植えられたソメイヨシノは同じ事期に寿命を迎えるとも言われています。
サクラの寿命は約60年。
川堤などにさかんに植えられたサクラが一斉に終焉を迎えると、かつての賑わいも失われ、名所がそのままなくなってしまうこともあるそうです。
一方で、行き届いた手入れにより、景勝地を大切に守り続けている地域も残っています。

ちなみにソメイヨシノ以外のサクラの寿命は驚くほど長く、ヤマザクラやシダレザクラなどには樹齢1000年などという古木も少なくないそうです。
人の手によって生まれたソメイヨシノは、人の手によって世話をされないと生きていけないサクラなのです。

サクラが満開に咲き誇るのはたったの1週間ほど... あれほど咲くのを待ち焦がれ、散るのを惜しまれる花ではありますが、手入れや世話が必要とされる時期にどれほどの人がサクラを気遣っているのでしょうか...

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両方とも、とても身近な存在なので特に気にかけることもなかったのですが、改めて知ってしまうとあまりに貴重で数奇な由緒…
それぞれの樹を見上げる時は、その生命力をちょっぴり気にかけてみてください。

参考文献:
イチョウ 奇跡の2億年史
ピーター・クレイン 著

日本人は桜のことを何も知らない
美しい日本の常識を再発見する会 編

2022年11月7日 立冬

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