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【短編小説集】日々の欠片

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オチはないけど、それでいい。 日常にあったりなかったりするような、あったらいいなと思えるような、2000字以内の一話完結ショートストーリー集。 ※一部、過去に公開した作品に加…
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2023年7月の記事一覧

【短編小説】7/31『マッチョとビーチ』

【短編小説】7/31『マッチョとビーチ』

 苦労して受験勉強して、晴れて大学生になった最初の夏休み。
 せっかくだしモテたくて、身体をバキバキに鍛えてから海にやってきた。けれどモテとは程遠い状況。やっぱ身体だけじゃダメなんだな。
 可愛い女の子たちに声すらかけることもできず、ただ砂浜で海をぼんやり眺める。
 ……完全に不審者だな、帰ろう。
 砂浜に突いた手の先、空き缶が埋まっているのが見えた。なんとなく、持参してたゴミ袋を広げてポイッとす

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【短編小説】7/30『妻の休暇』

【短編小説】7/30『妻の休暇』

 育児を一段落させた妻が“母”と“妻”を休止すると言い出した。離婚でも切り出されるのかと思って身構えていたら、小さい頃からの夢に再チャレンジしたいのだという。
 俺も転職のときかなり応援してもらっていまは成功しているから、今度は俺が妻を応援したいと思った。
 妻の夢、漫画家。
 子育てエッセイとか描くのかな? って思ってたら、劇画調の本格推理漫画だった。
「え、意外」
「そう? イラストタッチのや

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【短編小説】7/29『個人的通信回線』

【短編小説】7/29『個人的通信回線』

 夜の空飛ぶ電波は、どこかの、誰かのもとへ――

「ハローハロー、こちら『ハウエル』。ジポンの空の下、電波を発信中。キャッチされたオーナーがいらしたら、応答願います」
 定型の文言を発して、カフを下げる。
 一時期爆発的流行となった【個人的通信回線機】。いまでは所有者が激減して、発信した電波は夜の闇に消えてしまう。
 それでも一縷の望みを託して、毎晩決まった時間に十分間だけ電波を飛ばす。
 決して

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【短編小説】7/28『自由でいいって言ったのに。』

【短編小説】7/28『自由でいいって言ったのに。』

 夏休み! 遊ぶ予定いっぱいだから宿題は7月中に終わらせたい!
 ドリルやプリントは得意だけど、読書感想文とか自由研究は苦手。自由とかいって本当は自由じゃない感じがなんかむかつく。
 読書感想文も、読んで面白かったって思うだけで特に感想とかないし、【作者のこのときの気持ち】もわかんない。
 歳が離れた小説家の姉に、書いてるときどんな気持ち? って聞いたら、「締切やばい。腰痛い。オチどうしよう」って

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【短編小説】7/27『ぽんぽこスイカ』

【短編小説】7/27『ぽんぽこスイカ』

 スイカ割りしたことないって言ったら、彼が一通り用意してくれた。
 大きいと二人で食べきれないからって、小ぶりのスイカ。冷蔵庫はパンパンだけど、スイカが丸ごと一玉入ってるのってなんかテンションあがる。
 スイカ割りなんてイベントを開催できるような庭はないから、どこでやろうか考える。
 近所の公園。部屋にビニールシート。いっそ海まで?
 色々考えて、二人のスケジュールも加味して、ちょっと離れた大きな

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【短編小説】7/26『うたかた』

【短編小説】7/26『うたかた』

 あっと思った時にはもう遅くて、私の意識は地面に身体を残したまま宙に浮いていた。
 手を伸ばしても掴めるものがなく、身体から細い紐のようなものを出しながら空へ昇っていく。
 この紐が切れたら、私、死んじゃうのかな……。
 諦めかけたそのとき、不意に腕を掴まれた。
「だいじょぶ……ではないか」
 関西弁で喋る男性は私の腕を掴んだまま、私の背中から伸びる紐を見て言った。
「まだ早いな」
「早い……?」

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【短編小説】7/25『天然氷』

【短編小説】7/25『天然氷』

 暑い。
 アホみたいに暑い。
 ありきたりだけど【年々暑くなってる】気がする。

 夏は嫌いだ。汗はかくし日焼けはするしプールの授業はあるし。水着なんてものに着替えるくらいなら、多少先生に睨まれてもサボるほうがマシ。
 夏休み中開放されている学校になんかもちろん行くはずもなく、日傘の影に隠れながら道を歩く。アスファルトからの照り返しが熱い。
 ふと見た道の先で、魅力的なフラッグが風にはためいてい

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【短編小説】7/24『戻らないヒーロー』

【短編小説】7/24『戻らないヒーロー』

『決まったーーーー‼ なんとなんと! この試合で五度目のハットトリックー!』
 実況担当のアナウンサーが興奮気味にまくしたてた。フィールド上では“選手”がくるりと空中で一回転する。
『いやぁ、さすが本匠選手ですね。パスを受ける位置取りが正確ですし、機体の安定さとボールコントロールが抜群です』
 元トッププレイヤーの解説者も絶賛。その声は、テレビのスピーカーを通じて病室内に届いた。
「……だって」

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【短編小説】7/23『魅力的な出会い』

【短編小説】7/23『魅力的な出会い』

 その道を通るたびに腹が鳴る。
 【う】の字が鰻の特徴的な幟が立つ店。換気扇から出てる匂いだけで白飯食えそう。
 なんでトレーニングコースにあるかなー。いや、コース設定したの俺なんだけどさ。この匂いの誘惑に耐えられたら、精神力があがるんじゃないか、って。
 実際に精神力は鍛えられ、大概の誘惑には打ち勝てるようになった。
 こうして頭が回ってるうちはまだいいんだ。
 試合前の極限状態になると、栄養が

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【短編小説】7/22『埋めて忘れて。』

【短編小説】7/22『埋めて忘れて。』

 ダイエットにはミックスナッツが良いと聞いた。
 一日の間食は200キロカロリー、ナッツだと25グラム程度が適量らしい。
 近所の小型スーパーで一袋25グラムのミックスナッツが売られていたから早速買ってみた。食べきりサイズで、小腹が空いたときにちょうどいい。
 休日の今日はミックスナッツをツマミにビールを呑んでる。ダイエットにはならないだろうが、昼間から呑む酒は旨い。
 ほろ酔い気分でテレビを視て

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【短編小説】7/21『高台の神さま』

【短編小説】7/21『高台の神さま』

 大きな公園の敷地内で空いているベンチを見つけ、座る。
 広がる青空、爽やかな風、程よい日差し。今日も心地いい。
 イソイソと出したフルーツカップの蓋を取る。公園内にある神社へお供えしたおさがりだ。
 ご神気を入れてもらえたから、食べると身体の中から力が湧いてくる感じ。最近落ち込みがちだったからありがたい。
 ベンチの隣、空いたスペースに座っているのは、フルーツにご神気を入れてくださったタヌキの神

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【短編小説】7/20『平面相方』

【短編小説】7/20『平面相方』

 【転んだ先にカエルがいて、そのカエルがシャツにくっついたまま生きていく】という内容のアニメに憧れていた。
 勇気がなくて試さなかったけど、大人になって試さなくてよかったと思った。
 だってリアルにやったら潰しちゃうだけで、カエルの命を無駄にするところだった。なんならなにかしらのトラウマが生まれていたと思う。
 勇気を出さないでくれてありがとう、子供の頃の僕。
 そもそも洗濯するものに生き物が貼り

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【短編小説】7/19『大体300円前後』

【短編小説】7/19『大体300円前後』

 買い物してるとき、いつも気になっていたものがある。
 でも大人が自分のために買うのもなーって。
 ただあるとき気づいた。誰が誰のために買ってるかなんて、自分以外わからないじゃんって。
 だからある日思い切って買い物かごの中に入れたんだ。
 知育菓子。
 本当の子供の頃はこねこねするだけのしかなかったから、いまみたいにミニチュアフードが作れる、しかも食べられるキットが手軽に買えるのはありがたい。

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【短編小説】7/18『その人は音楽と共に』

【短編小説】7/18『その人は音楽と共に』

 来た。

 “その人”が近くに来るとすぐにわかる。香りとかオーラとかそういうのを察知しているのではなく、音楽が聞こえるから。
 その現象は私と彼の間でだけ起きているよう。私以外にその音楽は聞こえてなくて、私もその人以外から音楽は聞こえない。
 メロディにはいくつかのパターンがあって、どうやら本人の喜怒哀楽に紐付いているらしい。
 なぜそんなことに気づいたかというと、私がその人のことを気にかけ、よ

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