【短編小説】7/27『ぽんぽこスイカ』
スイカ割りしたことないって言ったら、彼が一通り用意してくれた。
大きいと二人で食べきれないからって、小ぶりのスイカ。冷蔵庫はパンパンだけど、スイカが丸ごと一玉入ってるのってなんかテンションあがる。
スイカ割りなんてイベントを開催できるような庭はないから、どこでやろうか考える。
近所の公園。部屋にビニールシート。いっそ海まで?
色々考えて、二人のスケジュールも加味して、ちょっと離れた大きな公園で執り行うことにした。
とにかく公園を汚さないように、【大地は自宅】という意識で準備をする。
ビニールシート数枚と大きいゴミ袋と液体を拭くためのダスターと……なんて準備していたら、なんだか大げさになってしまった。
せっかくだし、ちょっとしたキャンプ気分で荷物をまとめ、彼の愛車に一式積み込んで大きな公園に出掛ける。
平日昼間、お互い休日出勤の代休が被るという奇跡の日が実行日。
立ち入りが許可されてる原っぱにレジャーシートを敷く。スイカの破片が地面に飛ばないように、念入りに。
真ん中に小玉スイカを置いて、靴を脱いでレジャーシートに乗る。
アイマスクを装着したら、彼から棒を渡された。彼が用意してくれた、伸縮可能なステンレス製の物干し竿。家に帰ったら洗濯物を干すのに使うのだ。
「まわすよー」
「はぁい」
「いーち、にーぃ、さーん、しーぃ、ご。はい!」
「ふぁい」
三半規管が敏感な私は、ゆっくり5回転しただけでもう天地が回ってる。足元も見えないから、フラフラ加減が倍増する。もし倒れるようなことがあったら彼がすぐ助けに来てくれるだろうから、その辺は心配してない。
少しずつ進むうちに水平が取れるようになって、歩速も安定してきた。
「はい、ちょっと右! いいよいいよー! あっ、若干左!」
指示を出す彼の声が楽しそうで、思わず笑いそうになる。
指示の内容的にちょうど良さそうな位置で立ち止まり「行きます」と宣言する。
「えいっ」
上から振りかぶった物干し竿が、パキョッと音を立ててなにかにめり込んだ。
「おー」
彼の歓声を聞いてアイマスクを外して見たら、竿の先端が小玉スイカに命中してた。
「やった!」
「すごいすごい、ドンピシャじゃん」
彼が拍手しながらやってきて、物干し竿とアイマスクを受け取ってくれた。
「まさか一回で割れるとは」
「ね! すごいすごい」
彼はニコニコしながら褒めてくれるけど……。
「あれ? 楽しくなかった?」
「ううん? 楽しかったけど、私だけ割っちゃったなーって」
「なぁに、いいよそんなの。準備も誘導も楽しかったから」
少ししょんぼりする私の頭をぽふぽふ撫でて彼が笑う。
「俺もやりたかったら言うし、なんならもう一個スイカ用意するし」
「そう?」
「そう。だから気にしないの。ほら食べよ。切って切って」
本当に気にしてなさそうな彼の態度に安堵して、持参した折りたたみ包丁でスイカを切り分けた。
赤い実をかじると瑞々しい音がして、口の中に甘さが広がる。
「甘ぁい」
「んー。俺の選択、当たりだったね。んで、けっこう冷えてる」
「ね。クーラーボックス有能だね」
「うん。こういうのもいいなー。本格的なキャンプとかしようかな」
「虫苦手なのに?」
「そっか、いるか」
彼がビニールシート外の草むらを見やった。
「あ」
「ん?」
「スイカ割ったら中に指輪、ってサプライズ仕込めば良かった」
「マジシャンじゃないんだから」
「無理か」
「切れ目入ってたら気づくよ」
私が笑って、彼も笑う。
ついこの間、彼からプロポーズされてお受けした。結婚指輪だけ贈って貰うことにして、その分ちょっとだけ贅沢してフルオーダーのものにした。
出来上がりの連絡があって彼が受け取ってくれたけど、彼なりに凝った渡し方を考えてくれてるらしい。
入籍日も式の予定もまだ決めてないけど、彼とだったらマリッジブルーとかにもならなくて、いつの間にか夫婦になってるんだろうなって思う。
日常の中のささやかな幸せを一緒に大切にできる人。
それこの人で良かったって思える。
そそっかしくてせっかちで、たまに子供みたいなこと言うけど、そこも好きなんだよね。
「ふふっ」
「なに?」
「楽しいね」
「うん、楽しい」
快晴の空の下は少し暑いけれど、時折吹く草木と土の匂いをはらんだ風が気持ちいい。
彼と、いずれできるなら子供と一緒に、こういう時間を楽しめていけたらいいと思う。
「あー、幸せ」
「俺も幸せ」
二人で甘いスイカを食べながら、これから始まる夏に期待を膨らませた。
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