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【短編小説】7/31『マッチョとビーチ』

 苦労して受験勉強して、晴れて大学生になった最初の夏休み。
 せっかくだしモテたくて、身体をバキバキに鍛えてから海にやってきた。けれどモテとは程遠い状況。やっぱ身体だけじゃダメなんだな。
 可愛い女の子たちに声すらかけることもできず、ただ砂浜で海をぼんやり眺める。
 ……完全に不審者だな、帰ろう。
 砂浜に突いた手の先、空き缶が埋まっているのが見えた。なんとなく、持参してたゴミ袋を広げてポイッとする。
 こうして見ると、案外ゴミあるな。ポイ捨てだったり流れついて来たり、そんなのが蓄積してるみたいだ。
 みんな割と裸足で歩いてるし、怪我でもしたら大変だ。
 なんの収穫もなしに帰りたくないという気持ちもあって、できる限りゴミを拾いながら帰ることにしたら、シャワー室に行くまでで大きいレジ袋の半分くらい溜まった。
 シャワーを浴びて荷物を預けたコインロッカーがある海の家まで向かう。途中で拾ったゴミを入れていたらレジ袋が満杯になった。それでもまだまだゴミは落ちてた。
「あらお兄さん! ゴミ拾いしてくれたの!」
 海の家のおばちゃんが、僕の手にある袋を見て声をかけてくれた。
「あ、はい。持ち帰るのでご安心を……」
「いいのよぉ! それ持って帰るの大変でしょ? うちで出るゴミと一緒にすればだいじょぶだから」
「そうですか……? じゃあ……」
 遠慮がちに出した袋を、おばちゃんは快く引き取ってくれる。
「ありがとね! 町内会でも朝やってるんだけどキリなくて。助かっちゃった」
「ゴミ拾いですか?」
「そう。毎朝ね。お客さんが踏んで怪我したら大変だし、海に流れ出る前に拾っておかないと」
 ほんと、ありがとね! と僕の背中をバシバシ叩いておばちゃんは仕事に戻った。
 毎朝拾ってもなお、あんなに溜まるなんて……と考えてる矢先に、砂浜に瓶を立てたまま帰る人たちを見た。注意して騒ぎになっても嫌だし、拾ってまたおばちゃんの手を煩わせるのも嫌で、見て見ぬ振りをして帰った。
 のだけど、家に着いてからも砂浜に立てられた二本の瓶がフラッシュバックする。明日の朝、誰かが拾って捨てるんだろうけど……。
 気になって調べてみたら、地域住民で毎朝ボランティア活動を行っていると書かれていた。
 車でだったら始発とか関係ないし、早朝なら駐車場に困ることもなさそうだなと思って、翌日もあの海岸に行くと決めた。

 いつも通り明け方に目が覚める。普段ならランニングの時間だけど、今日は車を走らせる。
 空いてて快適な道路を進む。目的地が近づくと、開けた窓から潮の香りが入ってきた。
 近くのコインパーキングに停車して砂浜を見たら、昨日立ち寄った海の家周辺にチラホラと人が集まってる。
 単独でやるより効率良さそうだなと考えて、ゴミ拾いの支度ができてる人に声をかけた。
「おはようございます」
「おはようございます。ごめんね、海の家まだ開いてなくて」
「あ、いえ、あのー」
「あら、昨日のお兄さん!」
「あっ、海の家の」
「昨日はありがとねー、助かった!」
 周りの人に、昨日ゴミ拾いしてくれたのよーって伝えてくれる。
「今日は? 早朝サーフィン?」
「いえ、ゴミ拾い、お手伝いしたくて」
「あらまぁ!」
 おばちゃんたちは喜んでくれて、軍手やゴミバサミを貸してくれた。ゴミ袋も分けてもらって、手分けして砂浜のゴミを拾い始める。
 大概がビン缶だけど、たまに花火の燃えカスなんかもあってちょっとやるせない気分になる。
 そりゃ楽しんだ後の片付けは面倒かもしれないけど、楽しんだ分しっかりやらなきゃダメじゃん。
 燃えるゴミ用の袋に花火カスを入れて、また歩き出す。早朝の爽やかな空気の中でやるゴミ拾いは、なんだか気分が良くなる。
「……ぃさーん。おにーさーん!」
 遠くでおばちゃんの声がした。振り返ったら、おばちゃんが海に向かって指をさしてる。
 その方向を見ると、海の中から朝日が昇ってきていた。
「おぉー! めっちゃキレイっすー!」
 大声で返したら、おばちゃんたちが頭の上に手で大きく丸を描いた。

 ゴミ拾いを終えて、おばちゃんたちと集まり朝日をバックに写真を撮った。
 思ってたのと違うけど、なんか青春って感じ。
 社会に貢献できてる気がするしおばちゃんたちにも重宝されて嬉しくなって、夏休み中、予定がない日は海岸のゴミ拾いに参加するようになった。
 わざわざ車出して来てくれるからって海の家でご飯をご馳走になったりして交流を深めていたら、地元のニュースに取り上げられて、ちょっとした有名人になってしまった。
 マッチョな大学生ボランティアってのがなぜかキャッチーだったらしい。
 差し入れなんかもいただいて、若い女の子にはモテてないけど、役立つなら鍛えて良かったなと思えた。
 こんな青春も悪くないと思う。

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