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【短編小説集】日々の欠片

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オチはないけど、それでいい。 日常にあったりなかったりするような、あったらいいなと思えるような、2000字以内の一話完結ショートストーリー集。 ※一部、過去に公開した作品に加…
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2023年4月の記事一覧

【短編小説】4/30『アカシアの本棚』

【短編小説】4/30『アカシアの本棚』

 図書館にいた。それ以外はわからない。
 私は一体何者なのか……。
 果てが見えぬほどの広い室内。棚にぎっしり詰まった本の装丁や書体、言語はバラバラ。外国の言葉なんて熱心に勉強した覚えはないけれど、なぜかすべての言葉が理解できた。
 本、本、本。ゆけどもゆけども本ばかり。
 ふと気になって、一冊の本を手に取った。表紙に書かれているのは……顔を伏せた途端、手に持った本が勝手に開いた――。
* * *

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【短編小説】4/29『捕獲の舞』

【短編小説】4/29『捕獲の舞』

 山の中腹にあるセピア色の町。そこには世にも珍しい方法で食材を調達する【職人】がいる――。

「お、雨だ」
「あらホント。見にいかなくちゃ」
 町民たちは傘を片手にイソイソと広場へ出かける。
 畑仕事ができない雨の日は家で内職をするしかなかったその町の、新たな娯楽。
「おぉ、あんたんとこもか」
「おうよ。すっかり虜だよ」
「ほら、来たよ」
 一人の町民の声に、皆が視線を動かした。その先には、容姿端

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【短編小説】4/28『幸せを運ぶ四つ葉』

【短編小説】4/28『幸せを運ぶ四つ葉』

 四つ葉のクローバーだと思ってたのは四つ葉のカタバミだった。
 でもカタバミの四葉のほうが存在する確率が低いらしいと最近知った。
 とはいえ最近見てないなー。草原は立ち入り禁止だったりするし、道端の野草を見るような趣味もないし。
 子供の頃は躍起になって探したりもしたし、いくつか見つけた記憶もあるけど、それが幸運を呼んでくれたかどうかはわからない。
 子供の頃に摘んだあの四つ葉はどちらの葉だったの

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【短編小説】4/27『つなぐ』

【短編小説】4/27『つなぐ』

 卓上の操作盤に並ぶボタンを押したり左右に移動させたりして音をつなぐ。合わされたふたつの異なる曲が混ざり合って、また分かれてひとつになる。音が会場内に広がって、フロアで人が踊りだす。
 卓の内側からその光景を見るのが好きで、毎週末に会場を借りてはイベントを打っていた。
 最初の頃は満足いくプレイができずに悩んだこともあるけれど、回を重ねるにつれ、その悩みも解消された。
 自分が作る音の流れにフロア

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【短編小説】4/26『下手の横好き』

【短編小説】4/26『下手の横好き』

 麻雀が好きなんだけどゲームの対局しかやってなくて、役も点数もうろ覚え。当たり牌が光ったりあがったとき自動で計算してくれるのじゃないと打てない。役はなんとなくわかるけど、点数計算がどうしても覚えられなかった。数字、脳が拒否してるっぽい。
 夜中にテレビで放送されるプロ雀士の対局を見て、羨望を抱く。
 特に同じ女性が活躍している姿を見ると、羨ましいという気持ちと自分には無理って考えが交錯して、謎の劣

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【短編小説】4/25『小さな鍵』(リメイク版)

【短編小説】4/25『小さな鍵』(リメイク版)

 【地球】と刻印された、指先ほどの小さな鍵を拾った。そういえばあそこに謎の鍵穴あったな、と思い出し、いつも通る道を一本入って裏路地へ向かう。
「あった」
 行き止まりの壁の下、アスファルトで舗装された道にある小さな穴。ともすれば見逃してしまいそうなその穴は、良く見ると鍵穴の形をしている。
 鍵が入ったところで回るかわからないし、回ったところで何かが起こるわけでもないと思うが、沸き上がる好奇心は抑え

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【短編小説】4/24『不思議の樹の街』(リメイク版)

【短編小説】4/24『不思議の樹の街』(リメイク版)

 小型端末機で調べられぬものはないこの世の中でただひとつ、街の中心にある大樹のことだけがわからなかった。
 かつて知ることが出来なかった“死後の世界”のことさえつぶさにわかるというのに。
 図鑑にも学術書にも、森羅万象の検索結果にすら書かれていないその樹のことを、私たちはこう呼んだ。

“不思議の樹”

 ある日の夕暮れ、樹のそばを通りかかると誰かに呼ばれたような気がした。辺りを見回すが誰もいない

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【短編小説】4/23『かのひと』

【短編小説】4/23『かのひと』

 彼女とはお気に入りの本を薦め合う仲。ただそれだけの関係だとわかっていたのに、僕は彼女に恋をしてしまった。
 月に一度、決まった曜日に決まった場所で会う。それだけで満足しなければならなかったのに、惹かれるのを止めることができなかった。
 制御できない感情が生まれるなんて、自分でも予想外だ。
 会ううちに彼女に恋人がいると知って、淡い期待は泡のように弾けた。
 あんなにも会うのが楽しかったのに、いま

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【短編小説】4/22『オトナって。』

【短編小説】4/22『オトナって。』

 年を重ねたら自然と大人になると思っていた。
 周りの“大人”がそうなように、自分も自然に結婚して、自然に子供を産んで、自然に大人になるんだと。
 違うとわかったのは三十歳を越えてから。
 なんだか様子がおかしいぞ? 十代のころとなにも変わっていない。
 変わったのは住環境と年齢だけ。中身は子供のままだ。
 確かにたまにガキみたいな大人を目にすることはあったけど、まさか自分がそうなるなんて。
 こ

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【短編小説】4/21『6ペンスの幸せ』

【短編小説】4/21『6ペンスの幸せ』

 ずっと憧れていた自分の店を開店させた。宿泊施設を併設したレストラン――オーベルジュだ。
 記念日に予約して来たくなるような店にしたくて、内装には金をかけた。料理の腕も磨いてきたつもりだ。
 修行の一環として働いていた星付きレストランを、独立のために退職するとき、かなり引き留められたくらい。それでも自分の夢を叶えたくて、無理を言って辞めさせてもらった。
 そのときにできた人脈を駆使して、新鮮な食材

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【短編小説】4/20『甘くて芳醇な香り』

【短編小説】4/20『甘くて芳醇な香り』

 旬が終わりかけの苺が安売りされてたからたくさん買ってきた。小ぶりで少し甘酸っぱい。
 2個ほどそのまま食べて、あとはヘタを取って洗って水分取って、半分にカットしたらボウルへイン。買ってきた苺、全部分作業する。苺の香りがふわりと立って、春だなぁって感じる。
 切った苺をボウルへ入れ終わったら、量っておいたグラニュー糖とレモン汁を振りかけてゴムベラで混ぜ合わせる。そしてラップをかけて一晩冷蔵庫で寝か

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【短編小説】4/19『雅な竜と普通の人間』

【短編小説】4/19『雅な竜と普通の人間』

 街で竜の雛を拾った。
 自然に任せろって良く聞くけど、どうしても放っておけなかった。
 だってつぶらな瞳でこっち見て、助けてって鳴くんだもん。まだ人間語喋れないみたいだけど、確実にそう言ってた。
「キミは肉食派? 草食派?」
 草陰からそっと拾い上げ、聞いてみるけど竜の雛は首をかしげる。うーん、参ったな。
 昔だったら飼育してる人もいたけど、いまは条例で禁止されてる。昔の人が乱獲したり異種交配さ

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【短編小説】4/18『咲き誇れ、その花の中で』

【短編小説】4/18『咲き誇れ、その花の中で』

「それではみなさん、私に続いてください」
 リムの目尻がとがった眼鏡をかけ、伸縮式の指示棒を振りながら女性の講師が声をあげる。
「希望!」
「「「希望!」」」
「常に前進!」
「「「常に前進!」」」
「前向き!」
「「「前向き!」」」
「これらの信念を心に、人々の幸せの片隅に存在しましょう! 以上で本日の授業を終わります」
「きりーつ! れい!」
「「「ありがとうございました!」」」

 ここは花

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【短編小説】4/17『恐竜革命』

【短編小説】4/17『恐竜革命』

 窓の外、青空の中をプテラノドンが飛んでいる。
 地上では小型の草食竜が群れをなし、専用道路を行進中。
 大昔の映画みたいな光景が現実となったのはいまから数か月前。
 どこかで曲がった時空と時空がくっついて、恐竜時代と合わさった。突如現れた謎の空間からは、図鑑ですら見たことのない原始の生き物がゾロゾロと。
 警察や自衛隊が出動する前にやって来たのは“時空警察”と“時空警備隊”。彼らは恐竜の交通整理

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