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【短編小説】4/29『捕獲の舞』

 山の中腹にあるセピア色の町。そこには世にも珍しい方法で食材を調達する【職人】がいる――。

「お、雨だ」
「あらホント。見にいかなくちゃ」
 町民たちは傘を片手にイソイソと広場へ出かける。
 畑仕事ができない雨の日は家で内職をするしかなかったその町の、新たな娯楽。
「おぉ、あんたんとこもか」
「おうよ。すっかり虜だよ」
「ほら、来たよ」
 一人の町民の声に、皆が視線を動かした。その先には、容姿端麗な成人。
 長い髪を腰のあたりで緩く結わき、黄河流域に伝わる伝統衣装に似た服をまとっている。長身だが顔立ちは女性のように柔和で、しかし瞳には一本芯が通ったような強さがにじむ。小さくした咳払いの声で、男性だとわかる。
 その男は視線を下げたまま町民たちが囲う広場の中央へ立った。小さく深呼吸し、意を決したように視線をあげ両手を広げた。

 ふわり。

 大きく広がる袖が風に乗る。
 音楽が聞こえてきそうな優雅でたおやかな舞いに、町民たちは見とれた。
 男の周囲に振る雨粒が、舞いに反応して小さく光る。
 光の粒が地面に到達して少し……蝦(えび)のような形をした生物が地面からぽこり、ぽこりと浮き出てきた。
 男がその生物を柔らかく払うと、足元に置いたカゴの中に吸い込まれていく。
 ぽこり。またぽこり。
 淡い光の泡にくるまれた【蝦】が籠八分目ほど捕れたところで、雨がやんだ。
 男は「ふぅ」と息を吐き、観衆と化した町民たちに一礼をした。
 わっと歓声があがる。
 中にはおひねりを渡そうとする者もいたが、男はすべて断った。かわりに一言。
「あとでお店にいらしてください」
 とだけ伝えてその場を去った。

「いやぁ、今日も大漁ですねぇ」
 籠を覗き込んで嬉しそうに言う男児。
「うん。ここの土地は栄養豊富みたい」
「流れ着いたとはいえ、幸運でした」
「そうだねぇ」
 歯切れの悪い返答に、男児は首をかしげる。
「どうしたんです? 師匠。浮かない顔して」
「いや……」
「なんですか、水臭い。オレと師匠の仲じゃないですか」
「キミが来てからまだひと月しか経ってないけど」
「時間の長さは関係ないですよぅ」
「……町の人には言わないでくれるなら」
「はい」
「正直、あんなに注目されると恥ずかしい! あと緊張する!」
「あぁ、いままでの街では、【捕獲師】の舞いは“日常”でしたからね」
「そう! 良質な漁場を求めていたとはいえ、あの観衆はちょっと身に余る!」
「いやいや、なにをおっしゃいますか」
「だって捕獲師の中では中の下くらいなんだよ、僕の舞いは。だからあんまり獲れなくて場所替えしたってのに、僕ごときの舞いにおひねりとかそんな、申し訳がない!」
「師匠は相変わらず自己評価が低いですねぇ」
「だって……」
 唇をとがらせて拗ねたそぶりを見せる“師匠”を横目に、弟子は【蝦】を水桶に入れていく。
「下拵えしちゃっていいですか?」
「あぁ、うん。お願いします。僕、殻付き触れないから」
「それでよく捕獲師やってましたね」
「だって元の街では卸売しかしてなかったし」
「捕獲のとき触りません?」
「光の泡を発生させて、直接触らないでいいようにしてる」
「あ、あれそういう効力だったんですか。オレその技に憧れて弟子入りしたんですけど」
「だって殻の手触り気持ち悪くない? 最初のころは我慢してたけど、ちょっと無理ってなって。でも僕は舞う以外に才能ないし、廃業するわけにもいかなくて、苦肉の策というか……」
「苦肉の策に憧れるオレ……」
 苦笑しながら殻を取り除く弟子。
「ごめんって」
「いいんですけど……今日は三十五食、ってとこですかね」
「あら、意外に獲れた」
「今日の雨は質が良かったようで」
「よーし、じゃあ調理するか」
 男は調理着に着替え、下拵えが済んだ【蝦】を調理し始める。その食材は非常に貴重で美味。限られた方法でしか獲れないため、高値で売買される。
 男に自覚はないが料理の腕は一流で、卸値よりも高く売れる料理を提供し、生計を立てている。
「宣伝かねて店頭行ってきまーす」
「はーい、お願いします」
 弟子が呼び込みを始めると、町民たちがこぞってやってきた。高価とは言え滅多に食べられぬ料理を楽しみに、みな資金を貯めているのだ。
「ししょー! お客様ご案内はじめますよー!」
「はーい」
 都会の料理店よりは手頃な価格だが、庶民的な食べ物とは言えない。もうちょっと安価で提供できたらいいな、と思いつつ、男二人が生活できる収入を得なければならないので安易に価格を下げられない。
 一皿を数人で分け合う姿も見られて、男の心中に嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちが混在する。
 もう少し雨の機会が多くなれば……。
 空を見上げ、雨乞いの舞も習得しようかなと考えつつ、今日も調理に励むのだった。

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