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「本と食と私」今月のテーマ:運動―僕が野球漫画で紛らわしているもの

ライターの田中佳祐さんと双子のライオン堂書店の店主・竹田信弥さん2人による連載「本と食と私」。毎回テーマを決め、そのテーマに沿ったエッセイを、それぞれに書いていただく企画です。今月のテーマは、「運動」です。前回の田中さんのテキストとあわせて、お楽しみください。

僕が野球漫画で紛らわしているもの


文:竹田 信弥

 この半年間、スポーツ漫画や小説に手が出るようになっていた。理由はわかっている。昨年の9月に怪我をしたからだ。
 
 月に一度の草野球の日だった。8年ぶりに草野球チームに入った。運動不足を解消するためだ。趣味の集まりではあるものの、チームは地域のリーグに所属している。2つのリーグに別れて、約1年かけて総当たり戦を行い、順位を争う。4月からリーグ戦が始まった。3月に行われていたチーム練習にはあまり出れず、ぶっつけ本番の形で実戦から参加することになった。
 
 8年前に草野球チームを辞めるまでは、下手くそではあったけど身体は動いていたので、少しアップをすればブランクなくできるだろうと思った。しかし、20代と30代では、全力で動く時の負担が全然違うのだ。復帰初戦で肩、膝を痛めた。
 
 試合終わりにチームメイトとファミレスに行くと、今まではあまり耳に入ってこなかった「ここが痛い」「そこが痛い」と言う先輩のトークにえらく共感した。おすすめのストレッチや筋トレ法などを教えてもらい、盛り上がった。身体を痛めたとはいえ、久しぶりの試合後の打ち上げに充実感があった。疲れた身体に美味しいものと談笑は合う。

 月1回程度なので、騙し騙し、試合に出続けた。しかし、5試合目にことが起こった。普段あまりやらない外野の守備位置についていた僕は、頭上をわずかに越えそうなボールをジャンプをして掴んだ。そして着地した瞬間、嫌な音が身体に響き渡った。膝十字靭帯断裂だった。今期の復活は絶望。いや、これから迷惑をかけるであろう家族や仕事仲間のことを考えると、復帰なんて考えられなかった。
 
 足の痛み自体は1ヶ月もしないうちに治っていった。しかし、靭帯は断裂しているため、私生活でも万全の状態に戻すには、手術が必要ということだった。手術をしたとしても、野球を含めた運動は1年くらいできないとのこと。できないと言われて、最初は怪我の瞬間を思い出し、まあ一生野球をやるのはいいかなと、思った。しかし、気がつくと、スポーツ漫画や小説に手が出るようになっていた。

 もともとスポーツに関する漫画や小説は読んでいた。しかし、目につくのは食事のシーンだった。
 『おおきく振りかぶって』(ひぐちアサ著 アフタヌーンKC 講談社)は、高校野球漫画だ。よくある根性ものではなく、気弱で繊細なエースピッチャーが主人公で、野球の描写が優れているだけでなく、高校生の不安定な心理や友人関係を丁寧に描いていて、読み応えがある。この漫画では食事をするシーンがたびたび描かれる。練習終わりの空腹時にチームメイトと塩むすびを食べるところは、何度も読んでいるこちらも幸せになる。
 他にも『グラゼニ』(原作:森高夕次、漫画:足立金太郎 モーニングKC 講談社)という野球とお金をテーマにした漫画でも、よく食事の場面が出てくる。主人公が成績不振のため身体を気遣い、焼肉屋に行っても酒も飲まず野菜中心の食事を心がけていると、横のテーブルでライバルチームが豪快にビールを飲み、肉を食う。本来は、主人公がんばれ! 的なシーンのはずだが、今の僕は「おー! 試合後の熱くなった身体にビールを注ぎたい!」と思うばかりだ。
 『ラストダンス』(堂場瞬一著 実業之日本社 2009年)という40歳を迎える晩年の野球選手が主人公の小説でも、遠征先で食べる食事やチームメイトとの食事が描かれる。試合の勝敗、自分の成績によってビールの味は変わる。これは草野球において、それほど深刻ではないにしろ、同様だと思う。
 
 野球がしたい! という気持ちも少しずつ芽生えてきたが、試合後や練習後に仲間たちと食べて飲む打ち上げにまた参加したい。遊びとはいえ、草野球で動かした身体に一気に入ってくるうまいものは格別である。
 とはいえ、怪我のせいで迷惑かけた家族や仕事仲間にはまだそんなことは言えない。


著者プロフィール:
竹田 信弥(たけだ・しんや)

東京生まれ。双子のライオン堂の店主。文芸誌『しししし』編集長。NPO法人ハッピーブックプロジェクト代表理事。著書に『めんどくさい本屋』(本の種出版)、共著に『これからの本屋』(書肆汽水域)、『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)、『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)など。最新刊は、田中さんとの共著『読書会の教室――本がつなげる新たな出会い 参加・開催・運営の方法』(晶文社)。FM渋谷のラジオ「渋谷で読書会」MC。好きな作家は、J.D.サリンジャー。

田中 佳祐(たなか・ けいすけ)
東京生まれ。ライター。ボードゲームプロデューサー。NPO職員。たくさんの本を読むために、2013年から書店等で読書会を企画。編集に文芸誌『しししし』(双子のライオン堂)、著書に『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)がある。出版社「クオン」のWEBページにて、竹田信弥と共に「韓国文学の読書トーク」を連載。好きな作家は、ミゲル・デ・セルバンテス。好きなボードゲームは、アグリコラ。

『読書会の教室――本がつなげる新たな出会い 参加・開催・運営の方法』
(竹田信弥、田中佳祐 共著 晶文社 2021年)

双子のライオン堂
2003年にインターネット書店として誕生。『ほんとの出合い』『100年残る本と本屋』をモットーに2013年4月、東京都文京区白山にて実店舗をオープン。2015年10月に現在の住所、東京都港区赤坂に移転。小説家をはじめ多彩な専門家による選書や出版業、ラジオ番組の配信など、さまざまな試みを続けている。

店舗住所 〒107-0052 東京都港区赤坂6-5-21
営業時間 水・木・金・土:15:00~20:00 /日・不定期
webサイト https://liondo.jp/
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