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「本と食と私」今月のテーマ:乗り物―賢治を追い求めて~卒論旅行と想い出の食

ライターの田中佳祐さんと双子のライオン堂書店の店主・竹田信弥さん2人による連載「本と食と私」。毎回テーマを決め、そのテーマに沿ったエッセイを、それぞれに書いていただく企画です。今月のテーマは、「乗り物」です。

賢治を追い求めて~卒論旅行と想い出の食


文:竹田 信弥

 大学時代に、宮沢賢治を追いかける旅をしたことがある。
 卒業論文からの逃避だ。提出期限も差し迫った頃だった。テーマの宮沢賢治についての資料をたくさん読み、読めば読むほど、何を論じればいいのかわからなくなってしまった。このままでは卒業できないと、教授に相談したところ、アドバイスは、書けない時はゆかりの地に行ってみると作家の目を獲得できることがある、ということだった。なるほど、じゃあ賢治の住んでいた岩手県花巻市(賢治風に言えばイーハトーヴ)へ行こう。何かしなければという一心で、岩手に向かった。
 
 岩手へは電車で行く。青春18切符を使えば安く行けることがわかった。すごく長い時間、電車に乗ることになるが、むしろ喜ばしい。論文のことを考えたり、賢治関係の本を読んだりすることもできる。
 
 最初の目的地を、岩手県花巻市の賢治が勤めていたという学校にした。朝の6時に家を出て、学校の最寄駅である新花巻に到着するのは20時頃の予定だ。自宅から鈍行列車を乗り継いで、約14時間の旅である。
 
 自宅から渋谷に出て、渋谷から湘南新宿ラインで宇都宮(栃木県)へ行き、そこから花巻まで、行き先を間違えないように東北本線を10回くらい乗り換えていく。花巻からはまた釜石線に乗り換えて新花巻へ。そこから歩いて賢治の学校へ行くのは、30分の道のりだ。
 
 旅慣れていない僕はたくさんの着替えとたくさんの論文の資料をカバンに詰め込んで出発した。車中、気分を上げるために『銀河鉄道の夜』から読み始めた。論文を書くために何度も読んできた作品だったが、日常から離れて読んだからか、それとも電車に乗っているということが影響しているのか、今まで以上に集中して読み耽った。
 
 『銀河鉄道の夜』は、ファンタジックで少し不思議で、楽しい要素も多い。銀河鉄道の途中駅「白鳥」で出会う鳥捕りが捕まえる鳥を渡されると、お菓子のようになっている。チョコレートよりも美味しく、「ぽくぽく」食べるというそれはいったいどんなものだろうか。それを想像するとお腹が空いてくる。乗り換えのタイミングで売店に行ってチョコレートを買ってしまった。
 
 その後も、賢治の小説を読んでいると意外と食べ物が出てきて、そのたびに蒸しパンを買ったり、牛乳やトマトジュースを買ったりした。資料を読んでいて、賢治がサイダー好きだったと知って、探してみた。これは決して食いしん坊だからではない。全ては、賢治の気持ちになるためだ。論文のためなのだ。
 
 賢治をめぐる旅は面白かった。賢治が教えていた学校、「下の畑におります」と書かれた移築された生家、作品に出てくる岩手県の村に伝わる民俗芸能の一つである原体剣舞連はらたいけんばいれん(*)を観たりした。そして、どこに行ってもご飯が美味しかった。記念館のオムライス、牧場のアイスクリーム、賢治も食べたそば、冷麺、お団子……。
 
 帰り道は、ノートに気がついたことを書いたり、追加の資料を読んだりする時間となった。旅のおかげで、卒論を仕上げる気持ちも上がり、材料も揃った。しかし、卒論の出来は散々な結果に終わった。ちなみに、テーマは「賢治作品の鉄道性、銀河性」だった。「賢治作品における食について」ならもう少しよく書けたかもしれない。

*原体剣舞連…宮沢賢治が岩手県奥州市江刺原体地区に伝わる伝統芸能、原体剣舞を観た体験を元に書いた詩歌で、賢治の唯一の詩集である『春と修羅』(1924年)に収録されている。


著者プロフィール:
田中 佳祐(たなか・ けいすけ)

東京生まれ。ライター。ボードゲームプロデューサー。NPO職員。たくさんの本を読むために、2013年から書店等で読書会を企画。編集に文芸誌『しししし』(双子のライオン堂)、著書に『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)がある。出版社「クオン」のWEBページにて、竹田信弥と共に「韓国文学の読書トーク」を連載。好きな作家は、ミゲル・デ・セルバンテス。好きなボードゲームは、アグリコラ。

竹田 信弥(たけだ・しんや)
東京生まれ。双子のライオン堂の店主。文芸誌『しししし』編集長。NPO法人ハッピーブックプロジェクト代表理事。著書に『めんどくさい本屋』(本の種出版)、共著に『これからの本屋』(書肆汽水域)、『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)、『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)など。最新刊は、田中さんとの共著『読書会の教室――本がつなげる新たな出会い 参加・開催・運営の方法』(晶文社)。FM渋谷のラジオ「渋谷で読書会」MC。好きな作家は、J.D.サリンジャー。

『読書会の教室――本がつなげる新たな出会い 参加・開催・運営の方法』
(竹田信弥、田中佳祐 共著 晶文社 2021年)

双子のライオン堂
2003年にインターネット書店として誕生。『ほんとの出合い』『100年残る本と本屋』をモットーに2013年4月、東京都文京区白山にて実店舗をオープン。2015年10月に現在の住所、東京都港区赤坂に移転。小説家をはじめ多彩な専門家による選書や出版業、ラジオ番組の配信など、さまざまな試みを続けている。

店舗住所 〒107-0052 東京都港区赤坂6-5-21
営業時間 水・木・金・土:15:00~20:00 /日・不定期
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