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親元を離れてしか学べないことがある。いま伝えたい「組織キャンプ」の教育的価値

世は空前のキャンプブーム。ですが、私たちはまだキャンプの恩恵を十分に享受できていないのかもしれません

昨今のブームの中心にあるのは、家族や友人などと、主に楽しむために行うキャンプ。一般的に「レジャーキャンプ」などと呼ばれるものです。

これに対して「組織キャンプ」と呼ばれるジャンルがあります。組織キャンプは、環境意識の啓発やスキルや知識の向上など、必ず楽しむこと以上の目的・ねらいをもって行われる点で、レジャーキャンプとは明確に異なっています。

日本における組織キャンプは、1970〜2000年代にかけて広く普及しました。しかし最近は、指導者・参加者ともに右肩下がりの減少傾向が続き、低迷状態にあると言われています。こうした状況を由々しき事態と危惧するのが、國學院大學人間開発学部子ども支援学科の青木康太朗准教授です。

野外教育を専門とし、自然体験活動の指導者として現場経験も豊富な青木准教授は「組織キャンプの衰退は、子供たちから学びや成長の機会を奪うことを意味します。組織キャンプには、組織キャンプでしか学べないことがあるのです」と訴えます。

「楽しむためのキャンプ」全盛のいまだからこそ伝えたい、組織キャンプの教育的価値について聞きました。

組織キャンプには必ず「目的」がある

cap:プログラム体験中の様子(青木先生ご提供)

--そもそも「組織キャンプ」とは。レジャーキャンプとどう違うのでしょうか?

レジャーキャンプが家族や友人などと楽しむために行われるのに対して、組織キャンプは必ず、楽しむこと以上の確固たる教育的な目的・ねらいをもって行われます。プログラムを組むのは、専門のスキルを持った指導者たち。キャンプ中に行われるアクティビティはすべて、設定された目的を達成するための手段と位置付けられます。

--「目的」とは具体的にどういったことを指すのですか?

最近であれば、SDGsの文脈で「環境意識を高める」とか。あるいは「海についての理解を深める」「海での安全知識を身につける」など。本当にさまざまです。

子供たちが対象のプログラムであれば、まずは、いまの子供たちにとってなにが成長や教育の課題なのかを考えることが出発点になります。

たとえば、私は以前、高知県の「国立室戸青少年自然の家」という海の施設で自然体験の指導者をしていました。海ではいま、流れ着く大量のプラスチックゴミが世界的な問題になっていますよね。未来を担う子供たちには、こうした問題を自分ごととして関心を持ってもらわなければなりません。

そこで企画したのが「ウオーターワイズ」という組織キャンプのプログラムです。このプログラムでは「海を理解し、自然を守ることの大切さを知ること」をキャンプの目的として設定しました。

しかし、いきなり海のゴミ問題について説明しても、子供たちは自分ごととして受け止めてはくれません。なぜならいまの子供たち、特に高知の子供たちは、そもそも海で遊んだ経験に乏しいからです。

--海に囲まれた県なのに。

高知県では、海は基本的には漁師の「仕事場」であって、子供の「遊び場」ではありません。遊泳場の数が限られていて、小学5年生に聞いても、2、3割が「海で遊んだことがない」と答えます。こうした状態のままでは、仮にビーチ・クリーンアップなどの活動をしたところで、自分ごととして関心を持ってもらうのは難しい。

そこで「ウオーターワイズ」のプログラムでは、まずは海に親しんでもらうことから始めました。海で遊び、その楽しさを十分に味わってもらう。そうすれば、海への関心はグッと増すはずです。

その上で、キャンプ3日目には、朝早起きして市場へ行きました。魚が水揚げされるところを見学し、購入して、自分たちでさばいて、食べてみる。魚をさばくというのは子供たちからすると楽しいことですし、食というかたちで海の恵みを得ることにもなります。これで、海との距離はだいぶ近くなりました。

cap:プログラム体験中の様子(青木先生ご提供)

ここに至ってようやくゴミ問題の話をするんです。その上で、実際に海へ行ってみる。そうすると、たくさんのゴミが目の前に流れ着いている。

あれだけ自分たちを楽しませてくれた海がこんな目に遭っていると思ったら、悲しい気持ちになりますよね。そうすると、海を汚さないために自分たちはどうすればいいのかと、自分から考えるようになる。環境のことに目が向くわけです。

それぞれのアクティビティを単体で見れば、レジャーでやるのとなんら変わらないとも言えます。けれども、組織キャンプにおけるそれらはすべて、目的を達成するためのもの。一つのストーリーでつながっているのです。

人と自然の双方を理解した指導者

--指導者にはかなり広範な知識が求められそうです。

おっしゃる通りです。組織キャンプの指導者は、自然のことに加えて、参加する対象者の発達段階を深く理解している必要があります。

--対象者の発達段階?

たとえば青年期は、社会に出ていくための準備期間として、自分と向き合い、自分を見つけることが求められる時期です。逆の言い方をするなら、非常に自分を見失いやすい時期なのです。

こうした時期に抱えやすい課題を踏まえていればこそ、青年向けの組織キャンプのプログラムを企画できる。たとえば、過酷な山の中に1週間身を置き、自分の限界や可能性を知る。そのことを通じて自分を理解する、といったプログラムの展開が可能になるわけです。

こうした組織キャンプの対象者は、なにも子供に限りません。

たとえば、高齢者には高齢者で、リタイア後に社会の中に自分の居場所を見つけにくいという課題があります。中でも痴呆性の方となると、生活の場が家の中や病院などに限られ、生活の質を上げにくいという課題も生じがちです。

このように、人の発達段階にはそれぞれに特徴・課題があります。ですから組織キャンプの指導者は、まずはそこを理解している必要がありますし、一方でそうした課題・目的から出発して、ちゃんと企画から実施にまで落とし込める必要もあるのです。

--そう聞くと、組織キャンプにレジャーキャンプにない教育的価値があるというお話も腑に落ちます。当然、指導者養成の専門プログラムや指導資格もある?

はい。一つは、公益社団法人日本キャンプ協会が出しているキャンプ資格です。これにはいくつかグレードがあり、もっとも位の高いのがキャンプディレクター1級。それに次ぐのが2級。初心者向けのものとして、キャンプインストラクターという資格もあります。

もう一つは、「自然体験活動指導者(NEAL)」と呼ばれるもの。民間の自然体験活動推進協議会と、 国立青少年教育振興機構が官民協働により創設した認定制度で、こちらもリーダー、インストラクター、コーディネーターと、知識や経験に基づいて何段階かの資格があります。

--そういう指導者の方はどのくらいいるのですか?

キャンプ協会認定の有資格者は現在、6000人ほど。ですが、最近は右肩下がりで減ってきていて……。

--えっ? それはなぜ?

組織キャンプ自体のニーズが減っているからです。

従来の子供向けの組織キャンプは、大半がボーイスカウトやガールスカウトなどの青少年団体、もしくは子供会などで主催されていました。しかし昨今は、幼い頃の自然体験の少なさからか、こうした団体の活動に興味を持たれなくなっています。

また、全国には「自然学校」と呼ばれる団体が数多くあり、冒険教育や環境教育といった特徴的なプログラムを提供しているのですが、こちらもなかなか参加者が集まらず、厳しい状況が続いているようです。

親元を離れてしか学べないことがある

--キャンプブームと言われるのに、組織キャンプが下火になるのはなぜでしょう?

キャンプがブームになること自体は決して悪くないのですが、レジャーキャンプが流行れば流行るほど、組織キャンプへのニーズが減る側面があると個人的には思っています。夏休みに家族や友人と一緒にキャンプへ行くことが増えれば、普通は子供だけさらに別のキャンプへ行かせようとは思わないですよね?

--ああ、そうですね。

私が子供だった1970〜80年代は、地域の遊ぶ場所はいまよりたくさんありましたが、親が忙しい世代だったこともあり、休みの日に遠くへ連れて行ってもらえる機会はそれほど多くありませんでした。その分、子供会やボーイスカウトなどが実施してくれる組織キャンプへのニーズがあったのだと思います。

いまは「ワークライフバランス」という言葉に象徴されるように、家庭を大事にする人が増えています。また、共働き家庭が増えたことで、家族みんなが同じ日に働き、同じ日に休む。結果として家族で行動を共にすることが増えたという側面もあります。レジャーキャンプがブームになっているのには、このような背景があるのではないでしょうか。

さらに言えば、共働き家庭の増加に加えて、定年延長により、地域のボランティアの担い手が減ってもいる。こうしたことも、組織キャンプのような活動が下火になる要因の一つかもしれないです。

--社会環境的に、組織キャンプを取り巻く状況は厳しくなっているんですね。

ええ、でもそうした社会の変化はいかんともしがたいこと。より本質的な問題は、組織キャンプが子供の成長にとってどれだけ重要なのかが伝わっていないことだと思っています。

家族連れでキャンプへ行く親の中には、単に楽しむというだけでなく、自然の中でさまざまな体験をさせることで、子供の成長を促したいと考えている人もいるはずです。

しかし、子供の成長のためには、やはりレジャーキャンプだけでは不十分。組織キャンプには、組織キャンプでしか得られない教育的価値があるのです。

その理由は、一つには先ほどから触れているように、組織キャンプが人と自然の両方に精通した専門家の指導の下に、確たる教育的な目的を持って行われるものだということ。そしてもう一つは、親元を離れるという経験それ自体が、子供の成長を促すということです。

--親元を離れるという経験。

なおかつ組織キャンプでは、普段経験できないことに次から次へと挑戦することになる。そういうプログラムをやり抜くことが、「自分の力でやり遂げた」という大きな自信になるのです。

ですから、組織キャンプを終えた子供は必ず成長して帰ってくる。親から見ても、明らかに雰囲気が変わったと感じるところがあるはずです。

特に、小学5、6年生は「反抗期」とも言われるように、親から精神的に離れようとする時期、要するに自立に向けた時期です。その時期には本来、多くの仲間と触れ合い、いろいろな価値観に触れることや、自分をじっくりと見つめる時間が必要なんです。

そうした時間がいま、減ってきています。昔は「同じ釜の飯を食って仲間と語らう」、あるいは「冒険する」といったことが大事にされていましたが、いまはそういう話をあまり聞きませんよね。

2泊3日の宿泊研修くらいなら学校の行事でもあるでしょうが、こうした学校行事を共にするのは、いつもの先生、いつもの友達。組織キャンプはそうではなく、いつも「誰一人知っている人がいない」ところからスタートします。子供の成長を促すには、意識してそういう機会を作らなくてはならないのです。

良質な体験の機会をいかに届けるか


--そうした組織キャンプの意義を理解し、参加したい、させたいと思ったらどうすればいいですか?

残念ながら、現状は一括で情報を得られる場所がないので、プログラムを主催している各施設や各団体のウェブサイトに自らアクセスする必要があります。

まさにそこが、組織キャンプを再び広める上での大きな課題であり、この時代に合った適切な情報発信が求められています。レジャーキャンプがこれだけ普及しているのだって、必要な情報を欲しい時に得られる場所があるからでしょう。

組織キャンプに対する保護者の理解を深め、子供の関心を高めていくためには、官民が協働し、情報を集約・提供できる仕組みを構築することが必要になると考えています。

--確かにポータルサイトのようなものがあれば、グッと身近になりそうですね。

ええ。そういうものがあれば、たとえば、組織キャンプに関する私たち研究者の活動や実践の成果をそこで発信するといったこともできます。そうすれば一層、組織キャンプへの理解を促すことにもなるでしょう。

あるいは、キャンプに参加したくてもできない貧困家庭の支援も、いま以上に増やせるかもしれない。そういった方々に向けたキャンププログラムはあるとはいえ、現状は、多様な選択肢の中から選ぶ自由はありません。

でも、たとえばポータルサイトがあって、参加したいプログラムを選ぶ際に、世帯収入などの必要な情報を入力する。そうすると自動で何割かの補助が受けられる、といった仕組みがあればどうか。経済事情に関係なく、さまざまなプログラムに参加する扉が開かれることになりますよね。

また、貧困層に限らず、教育費の膨らみは各家庭にとって大きな負担となっています。であれば、組織キャンプの参加費を教育費として計上し、ふるさと納税のように税控除の対象にする、というアイデアもあります。

--社会情勢がどんどん変わっていくのに合わせて、情報発信の仕方、支援の仕方も変わっていかないといけない。

その通りです。ただ、これはなにもネガティブな話ばかりではなく、実際にポジティブに変わってきている部分もあります。

これまでの組織キャンプの主催者はNPOや民間団体、あるいは公共施設が中心でしたが、ここ最近は、企業がCSV(Creating Shared Value=共通価値の創造)として自然体験のプログラムを提供することが増えています。

たとえば「水と生きる」を企業理念に掲げるサントリーは、水に関して総合的に学べる体験プログラムを一般向けに提供しています。こうした動きは国も後押ししており、今後一層加速していくと考えられる。良質なプログラムを受けられる機会は、案外たくさんあるのです。

しかし、どれだけ優れたプログラムがあっても、知る機会がなければ宝の持ち腐れです。

繰り返しになりますが、組織キャンプ、親元を離れる経験は、子供の成長にとってとても重要なものをもたらしてくれます。レジャーキャンプを否定するわけではないですし、そうしたキャンプを楽しむ人がもっと増えてほしいと願っていますが、組織キャンプにはそこでは得られない経験が確実にあるのです。

多くの家庭、多くの子供がその恩恵を享受するためには、まずはそうした組織キャンプへの正しい理解を広めること。そして、多様なプログラムとのタッチポイントも、同時に作っていかないといけないと思っています。

執筆:鈴木陸夫
写真:本永 創太
編集:日向コイケ(Huuuu)

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