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Kyoto Coffee Tour

コーヒーが好きなわたしは、
美味しいコーヒーを飲むために
京都まで足を運んでいました。 
 
それはコロナ前の話。 
 
 
コロナの影響で飲酒業界は大変な中、
京都には、新しいカフェやコーヒー屋さんが
たくさん増えていて 
 
そんな中で、期待値高く 
事前にチェックしていた気になるお店や 
 
コロナ前に訪れたお店を
数年ぶりに訪れました。 
 
 
 
今回の3日間の京都滞在で10店舗ほど
 巡って感じたこと。  
 
コロナ前に体験した感動体験が
得られなかった、ということ。 
 
普通に“美味しい”コーヒーを飲むこと。 
 
それはできたけど、 
わざわざ京都まで足を運ぶ理由には
なり得ない3日間でした。 
 
 
コロナ前に行って
コーヒーを飲み、話をしたりする中で
得られた感動体験。 
 
コーヒーを通じて
世界が広がり 
 
コーヒーの概念が変わり、
コーヒーの魅力に取り憑かれる
“きっかけ”となる体験。 
 
あのときの“感動”を体験することは
できなかった。 
 
 
 
その理由は色々とあると思う。 
 
その中でも、色んなお店を巡って
自分の肌感覚として感じたこと。 
 
それが、お店の“空間”も 
そこで働くオーナーさんや、
バリスタ、スタッフなど 
 
エネルギーや波動が下がってる、
ということ。 
 
 
 
コロナ渦の影響で
特に飲食業界は、いろんな影響を受け 
そして体力を失い、疲弊していったと。 
 
それが、お店の空間や 
そこで働くひとのエネルギーが
奪われてしまった結果ではないかと。 
 
 
 
コロナ前は 
お店の空間も 
 
そこで働くひとも
熱い“想い”が言葉にせずとも
自然と溢れていたし 
 
だからこそ
そのエネルギーがコーヒーにも
写し出されていた。  
 
 
 
美味しいコーヒーを求めて
色んなお店に行く中で 
思うこと。 
 
目の前の一杯のコーヒーには 
それを淹れたひとの人間性や、
これまでの人生背景、精神状態
 
そして、お店の空気感が
すべて現れている、ということ。 
 
 
それはコーヒーだけにとどまらない。 
 
例えば、写真にも当てはまる。 
 
そのひとのみている世界。 
感じている世界。 
 
写し手の感性やフィルター、視点が
写真という目に見える“カタチ”として
現れている。 
  
 
 
コーヒーのほとんどが水で
構成されている。 
 
水は、とくに
情報が記憶されやすい特性がある。 
 
波動、波長、エネルギー 
 
目にはみえない情報。 
 
コーヒーには
そういう数値化できない
さまざまな“もの”が含まれる。 
  

わたしは、コーヒーを飲む時間と体験が
 
コーヒーを淹れるひとの 
“想い”や人生背景、人間性を 
 
目の前のコーヒー一杯から
感じる、という言葉では表現し難い
奥深い世界だと思っている。 
   
目にみえるもの
わかりやすいもの
数値化できるもの 
 
そういった表面的なものに
魅力も、価値も 
わたしは感じない。 
  
 
もっと大切で 
もっと尊くて 
もっと本質的な 
 
目にはみえないし
言語化しづらいもの。 
  
 
そういったものを大切にしたいし。 
 
分かち合えるひとと出逢い、
仲間づくりがしたい。 
 
 
そして、わたしの人生の一部でもある 
写真を撮るということ。 
 
コーヒーを楽しむこと。 
 
カメラやコーヒーには
きっと世界を、ひととを
つなげる力が宿っているから。 
  

どのように展開していくのかは
みえないけど 
 
きっと素敵な未来につながると。 
 
この世界が 
“ひかり”で溢れるように。 
  

わたしは、これからも
カメラと生きていく。

 

 

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