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自分の"好き"を語る事について


僕は尾崎豊さんの事が好きで、彼のことについて語るのが今は楽しいですが以前はそんな事はありませんでした。

以前、ひょんな事から尾崎豊さんのことを語り出した時の事。

"えっ、あの盗んだバイクで走っちゃう人が好きなの?そういうタイプなんだ〜意外!"

とか

"尾崎豊って危ない人っぽくない?"

など言われ、、

ダメだ。話しても彼の魅力は伝わらない。ちくしょーー!笑と、自分の中で分かってもらえない悔しさがドッと出てきてもう話したくないなという感情に支配されていました。

自分が心底好きな人について話すって、とんでもない自己開示であると同時にこの魅力が伝わらなかったらどうしよう、、みたいな恐怖感もありそれから話す事を自然と避けていました。

しかし、話さなくても悶々とする。でも話しても分かってもらえない。そんなジレンマを自分で抱えていました(勝手に)

そんな時ある事に気付きました。

あれ?そもそも分かってもらう必要ある?分かってもらえなくても良くない?あっ、自分の感覚を人に分からせようとしてたわ!自分だけが知っている魅力を分かってもらおうとしてたから苦しかったんだ、、という事に。


魅力は伝わらなくてもいい


自分が好きなものの魅力とか、どういう所が素晴らしいかとか全てを他人に理解してもらう事は不可能だと思います。何故なら自分が感じた魅力だから。

だからこそ忘れてはならないのは、相手には相手の感じ方があり、受け取り方は人それぞれでそれがその人にとっての正しい感覚なんだという事。

本当に好きで、大切にしているものは自分だけがその魅力を分かっていればよくて、わざわざ人に理解してもらう必要もない。相手がどう感じるかも相手の自由で、その部分を尊重すれば良い。だから盗んだバイクで走り出す危なっかしい人という感じ方もあって当然だし、それでいいんだ。もちろん共有できたら嬉しいけれど。笑

こんな風に自分の考えを変えるキッカケを与えてもらえたおかげで、好きな人やモノを語るのに今は楽しさを感じています。

相手がどう感じるかは相手に任せよう、何事も。そうすれば気持ちがフッと軽くなる。

そんなお話でした^ ^


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