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特別選抜Aチーム


私が勤務している高校では、6月に1年生を対象に2泊3日の宿泊研修という行事が行われていた。

その主旨は、体験学習を通じてお互いの理解を深め合うというものだが、中身は完全に登山遠足である(今は違います)。

場所はニセコ連峰。

登山は2日に渡り行われるのだが、これが結構ハードな山行なのである。


私が1年生を受け持った2011年、この年は例年2日間ニセコでの行程を変更し、1日目は小樽にある塩谷丸山(629m)、2日目をニセコ縦走登山とした。

1年生の学年団は私をはじめ、山登りが好きな教員陣が揃っていたので、毎日テンション上げ上げで準備をしていたが、大半の生徒はそれと反比例するかのように、宿泊研修が近づくにつれて、どんどんテンションが下がっていった。

それは当然だろう。

山登りが好きで登るのであれば、こんなに楽しみなイベントはないだろうが、山登りが嫌いな生徒にとってはまさに拷問研修である。

「なんで山なんか登んなきゃいけないの」
「まじ嫌なんだけど」
「意味わかんない」

確かに、おっしゃる通りである。

無理やり連れて行かれて、楽しめるはずがない。

しかし、せっかく行くのであれば、生徒たちにも山を通じてなんらかの達成感、満足感を得てほしいと考え、各クラスで授業の度に暇さえあれば山での面白体験を懇々と語っていた。

最初は全く興味を示さなかった生徒たちも、私の山話については少しだけ興味を持ってくれるようになった。


かくして、当日を迎え総勢200名の青ジャージ軍団は、一斉に塩谷丸山を登ることになった。

この宿泊研修の登山では、生徒の列に合わせて均等に教員が配置されており、私は一番先頭という重大な任務を仰せつかった。

私が迷えば、200名全員路頭に迷う。

責任重大である。

しかし、そんな心配は無用。

この塩谷丸山、登り口から頂上まで、ほぼ一直線の直登。

迷うはずがない。

ただし、登るペースについては、相当に気をつかう必要があった。

最初はクラス単位で登り始めるのだが、少し登ると大体先頭集団は血気盛んな運動部の生徒たちが集まりだす。

したがって、ある程度スピードを出さなければ、後ろが団子状に詰まってしまうのだ。

だが、あまりスピードを上げすぎると危険も伴う。

絶妙なスピードが求められる。

天気はあいにくの曇り空。

晴れていれば小樽の海が一望できるはずなのだが、ガスって何も見えない。

「せんせぇー、まだですか」

この台詞を聞くたびに、このつまらない山行の先頭を歩く罪悪感に苛まれた。

せめて晴れていれば、もっと楽しめるはずなのに・・・。


トップ集団は40分程度で山頂に到着。

山頂も深いガスに覆われており、残念な眺望となってしまった。

生徒たちはさぞかし不満タラタラなのかと思いきや、意外にも楽しそうに食事をしている。

霧と汗で濡れた髪に、血のめぐった赤ら顔で、みな満足そうだ。

ほっと胸を撫で下ろした。

200人を収容し青一色に染まった頂上を見渡しながら、私は翌日の行程に一筋の光明を見た気がした。


その夜、ニセコは土砂降りだった。

教員陣で明日のルートを確認。

本来であれば、チセヌプリ(1,134m)から入り、シャクナゲ沼と白樺山(931m)を越えていく縦走ルートであったが、シャクナゲ沼の増水を考え、急遽予定を変更。

チセヌプリと対面しているニトヌプリ(1,080m)から五色温泉へと抜けるコースへと変更になった。

さすがにそれだけでは短すぎるので、五色温泉からアンヌプリスキー場までバスで移動し、そこから徒歩でホテルまで戻るという遠足を加えたルートになった。

それに伴い、当初計画していた教員の配置もすべて考え直し、気がつけば打ち合わせは丑三つ時まで続いていた。

翌朝、雨は上がった。

この日は女子隊と男子隊に分かれ、時間差で出発することになった。


まず女子隊がニトヌプリを登る。

女子隊の先頭は校長先生、私と若手の先生は男子隊の先頭に立ち、鼻息の荒い運動部連中と1時間遅れでニトヌプリに取り付いた。

山の状態は思った以上に悪く、生徒たちはあちこちで滑っている。

「ひゃー」だの「うわー」だの、色んな悲鳴が飛び交う中、選ばれし精鋭たちは猛スピードで駆け上がった。

先を急ぐには理由があって、実は五色温泉に着いたとき、そこからさらにアンヌプリ山頂(1,308m)を目指すAチームを組織しようと私は考えていたのだ。

アンヌプリ山頂からは、晴れていれば羊蹄山が見える。

その景色を生徒たちに見てもらいたかったのだ。


このAチーム計画に賛同してくれた若手の先生と私は、選抜候補を連れて女子隊をごぼう抜き、30分後には女子隊の先頭に追いついた。

「コウキさんたち、早いね~。先に行ってよ」

校長先生からも追い越しOKをもらい、特に元気な陸上部の女子を一人加えた選抜隊は、1時間ちょっとで五色温泉に到着。

ここで生徒たちを集め、Aチーム計画を話す。

内心、私ももう一人の先生も、この先登りたいという生徒なんてほとんどいないんじゃないかと考えていた。

インターネットとゲームに興じる現代っ子が、山バカな大人の口車に乗って、わざわざこれ以上疲れることをするとは思えなかったからである。

選抜隊に付いてきたのも、大半は早くホテルに戻って休みたいからだと思っていた。

「先生、馬鹿じゃないの。それただ疲れるだけじゃん」
「行くわけないっしょ」


そう言われるのを承知でアンヌプリの話をしてみると、生徒たちはみな一様に真剣な表情で聞いている。

あれ?想像していた反応と違うぞ。

話終わると、みなぞくぞくと「行きます」と目を輝かせてこのプランに賛同してくれた。

途中足をくじいてしまい、行けない生徒は、本当に悔しそうに「俺の分まで、頑張ってきてくれ」などと話をしているではないか。

結局、男子19名女子1名の合計20名の生徒が私たちと一緒にアンヌプリを目指すことになった。

ここに正式に特別選抜Aチームの誕生である。

嬉しかった。

少なくとも、ここに集う生徒たちは、今、心底山登りを楽しんでいる。

もっと登りたいと言ってくれている。

山登りに喜びを感じてくれているのだ。

そうと決まれば、動きは早い。

早速、Aチームはアンヌプリへ。

依然天気は回復しておらず曇天だったが、山頂にわずかな望みをかけて、登る、登る。

あっという間に山頂に着いた。

40分程度で登ったと思う。

期待していた頂上からの眺めは、残念ながら視界ゼロ。

真っ白な靄が眼球に膜を張っているようであった。

それでも生徒たちは達成感に満ちた表情で、非常に満足そうであった。

最後に全員で写真を撮ろうとしたときである。

山の神様が、頑張った生徒たちにご褒美を用意してくれていたのだ。

「せんせぇーーーーーみてみてみて」
「やばいやばいやばい」
「おぉぉーーーーーー」

カメラにポーズを取っていた生徒たちが突然騒ぎ出す。

何事かと思って振り返ると、そこには視界が開け一面の大雲海が。

しかも、その雲海から唯一、富士山のような円錐の山が顔を出している。

そう、私が愛してやまない愛しの羊蹄山である。

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遥かに続く雲の海の波間に佇む山容は、荘厳で慈愛に満ち溢れていた。

私たちは感動で言葉を失い、ただただその情景に見入った。

生徒の言葉を借りて、あえて言葉で表現するなら、

「ちょーーーーー感動した」

この宿泊研修でAチームの生徒とは、私が伝えたかった山の魅力を共有することができた。

実際に山を降りてからも、生徒たちと度々あのときの光景の話になる。

「あれは本当に凄かった」
「次は羊蹄登りたいな」
「雲海見たの俺たちだけだもんなぁ」

昨日見たことのように生徒たちは鮮明に記憶している。

アンヌプリまで連れて行って本当に良かった。

山登りという行為はそれほど楽しくなかったけど自然を満喫できた、と言う生徒もいた。

綺麗な花が咲いていた、空気が美味しかった、変な虫がいて面白かった、それだけでも十分。

自然の中で活動する意味はあったと思う。

特に普段自然と接することが少ない都会の子どもたちにとって、自然というフィールドは無限の可能性を秘めているのだ。

自然の中で、学びの幅をもっともっと広げてほしい。

だが、その一方で最後まで楽しくなかった生徒もいたようだ。

残念ながら山の魅力を伝え切れなかった、私たち教員の力不足である。

200名全員が山の楽しさを共有することは難しいかもしれない。

だが、そんな生徒もいつか天気の良い日に、恋人や家族ともう一度だけ登ってほしいと思う。

きっかけが変われば、イメージも変わる。

そのときに、楽しいと感じてくれれば、山好きとしてそれ幸いである。

山は変わらず、ずっとそこにあるのだから。

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