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短文学集

25
筋も思想も体系も、全部気にせず楽しむことを短文学と称して日々の感傷を綴る。
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#夏

夕立の降らない夏。

夕立の降らない夏。

 これも全部、ノストラダムスの野郎がしくじったせいだ。あの頃のオレは愚直に信じていた。ヤツの言うところのなんちゃら大王がやって来て、何もかも全部ぶっ壊してくれるんだって。机に突っ伏してばかりの昼も、長すぎる夜も、蔑みの声や同調を意味する記号的な口角の上げ方も、おべっかも堅苦しい詰襟も何もかも、根こそぎ。

 それがどうだ。リヤカーに空き缶を山ほど積んでいた浮浪者たちはどこへいった。ブルーシートの家

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泡と煙

泡と煙

 傾けた缶から落ちる液体が、その流れを絶やした。喉を過ぎるのはアルコールを含んだ吸気ばかりで、そのことが惜しくて堪らなかった。オンラインゲームに興じる隣人の声に邪魔されぬよう、あの壁の薄い安アパートの自室から三百五十ミリの僅かな楽しみをせっかく連れ出してきたというのに。
 普段は人気のないこの坪庭ほどに小さい広場の前の路地を、場違いに騒がしい浴衣姿の一団が行き、発泡酒に余計な苦みを足して去っていく

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滴を拭く

滴を拭く

「あの人はラガーでないといけんかった」

 普段はあまり馴染みのないそのラベルを手に取った時、頭をよぎったのは祖母のそんなセリフだった。きっとこの盆の間にも何度か聞くことになるだろう。六缶入りのセットを持ち、レジへと向かう。祖父母の家に着いたらまずは一本を祖父に供え、残りはすぐに冷やさないといけない。

 もうずっと、お盆といえば繁忙期だった。もう何年も盆、暮れ、正月には小売り業の末端として店頭に

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