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のび太の恋 (Sad pure love) 1日目

あらすじ 

恋愛に不器用な、気弱な一人の少年。
20歳の誕生日。10年間思い続けた彼女に告白をする。
困惑する彼女。しかし彼の思いが伝わろうとした時、2人の未来は大きく崩れてしまう。
たった一人の女性を一生かけて愛する男性。しかし、それは悲しい純愛の物語でもあった。

【登場人物】

功二(こうじ) :主人公。子供の時のあだ名は「のび太」。
優希菜(ゆきな): 憧れの女性。クラスのマドンナ。


1日目(木曜日)

 
「優希菜(ゆきな)さん」
「え?あ、はい」
「僕はずっと優希菜さんのことが好きでした」
 
とうとう、言ってしまった。
10年間!
10年間の長い時間。 ずっと僕の心の中にあった、僕の大切な気持ち。
今まで何度も飛び出そうとするのを押さえてきた、弱い僕の大切な気持ち。

ここは僕と優希菜(ゆきな)さんが通う、某国立大学のキャンパス。 
7月にしては穏やかな1日の夕暮れ。 
西日が彼女の右頬を赤く照らし出している。 
今日は僕の20歳の誕生日。 もちろん、彼女はそれを知らないだろうが。 やっと、僕は自分の気持ちを心の奥から引き出すことが出来た。 自信が持てた訳では決してなかった。 ただ、20歳(おとな)になったことが、僕に勇気を与えてくれた。 
 
「どうしたのよ、功二(こうじ)くん」
「・・・」
「突然そんなことを言われても・・・私」
「・・・」
 
僕と優希菜さんが出会ったのは小学校5年生の時だ。 
2人は10歳。 ちょうど10年前。 
クラスメートとなった優希菜さんをずっと思ってきた。 僕はもっともっと早く、告白が出来たはずである。 僕たちは小学校の5年生から、中学を卒業するまでずっとクラスメートでいた。 
そして高校に進学しても、僕は優希菜さんと同じ高校に通った。 残念ながら、もう2度と同じクラスに、神様はしてくれなかった。それでも同じ校舎に居ることだけでも、同じバスで通学することだけで幸せだった。 

彼女は優等生で、ずっとずっとクラスで輝いてきた。 本来なら、僕は彼女と同じ高校に通える偏差値ではなかった。 それでも、彼女への思いが、パワーとなり偏差値を上げた。 だから彼女が僕を合格させてくれたのである。 それでも、彼女が「突然」と言ったのには訳がある。 
10年間、僕は彼女と同じ道を歩き、同じ場所で空を見上げてきたかもしれないが、僕が彼女と会話したことはほとんどなかったからである。 
だから、彼女にとっては僕はクラスメート以下の存在だったのかもしれない。
 
「ずっと、ずっと・・・優希菜さんのことが好きでした」
「功二君が私のことを?」
 
僕は下を向いて小さく頷く。
情けないが、それ以上の言葉を出す、勇気までは持ち合わせていない。
大学のキャンパスの片隅。 彼女の背中の向こうを、数人の学生が通り過ぎていく。
個性を押し出したおしゃれな服装に、混ざり合う笑い声を響かせながら。 僕たち2人に目が及ぶこともなく。 ただ、彼女の顔から困惑の表情を伺える。 彼女の目が、助けを求めているように見えて仕方が無い。 急に僕は、自分が犯罪者になったように感じた。 
 
「小学校の時、同じクラスになった時から・・・」
 
言葉が続かない。 彼女も俯いてしまい、顔を見せようとしない。 そして僕は「好きです」と、もう一度発することが出来ないでいる。 「もう一度、もう一度、僕に勇気を出させてくれ」と、心の中で叫び続けている。 重たい空気が、2人を包み込んだまま動こうともしない。 窒息しそうになる。
 
「優希菜!」 
急に、僕の背中から声がした。 それは重たい空気を、一瞬で吹き飛ばしてしまう波動砲。 僕の告白も一緒に消えてなくなる。
「どうしたの、優希菜?」
顔を上げた彼女の目と、僕の目が一瞬ぶつかり合う。 僕の心臓の鼓動が、レッドゾーンで振動を繰り返す。 
「僕はずっとずっと努力をしてきました」
それだけを言うと、僕は後ろから聞こえる声から逃げるかのように、彼女の横をすり抜けて走り出していました。 
僕は校舎の壁を一つ曲がると、壁に背中を押し付けたままその場にしゃがみこみました。 20Mほどしか走っては居ないのに、僕の激しい息切れと鼓動は鳴り止ないでいる。 これが10年間の胸の高まりなのかと思う。 でも、僕は両手で頭を抱えたかと思うと、無意識に右手を強く地面に押し付ける。 先ほどまで彼女を照らしていた夕日が、今度は僕を照らし出していることに気付いた。 それは祝福の陽(あかり)ではない。
どちらかと言えば、僕を辱めるための陽(あかり)に感じる。
思わず僕は両手で顔を隠す。
もう一度彼女に「好きです」と言えなかった。 そこまで勇気がもてないのには理由があった。

僕が彼女を好きになったのは10年前のあの時から。
 


「キーン・コーン・カーン・コーン」

昼休みの終わりを告げるベルが鳴る。 5時間目の授業は音楽。 あと5分以内に、音楽教室へと移動しなければならなかった。

「行くぞ、のび太」 友達が、僕に声を掛ける。 
そう、小学5年生の僕のニックネームは「のび太」だった。
もちろん由来は、当時流行っていたアニメ『ドラえもん』に出てくる少年である。
小学5年生の僕は、のんびり屋で少し気も弱く、運動は苦手であった。 それに、当時は身長も低く、クラス1のチビ。 

だから、成績優秀のマドンナだった彼女と、僕が話しをすることはほとんどなかった。 せめて苗字が同じだったら、一緒にクラス当番を出来たのにと何度思ったことだろう。 でもそんな時、一度だけ僕の運命を決める出来事が起きた。
 
「しまった!たて笛を忘れた」 
5時間目の授業開始のタイムリミットが刻々と近づいている。 今日の音楽の授業はクラス全員での音楽演奏だ。 僕はあわてて教室に取りに帰ろうと、音楽室を飛び出る。廊下に出た所で、マドンナ(優希菜)と鉢合わせになった。 
「どうしたの?」
「たて笛を忘れた」 僕は緊張して小さな声で答える。
「じゃあ、私の貸してあげる。 私、オルガン担当だから」
「え?」
「はい、これ」
 
彼女は足早に音楽教室に入っていく。 僕の手に残された、1個のたて笛。 この宇宙の中で一番大切なたて笛。 
誰も見ていないのに、恥ずかしそうに僕は音楽教室に入る。早く帰ってきた僕を見て、友達が怪しんだが、僕は先生に借りたと小さな声で嘘をついた。 どうして嘘をついたのかは解らなかった。 だけど事実は、僕とマドンナ(優希菜)との2人の秘密にしておきたかった。 


やがて、音楽の授業が終わったが、それからが大変であった。 僕にはたて笛の返し方が解らない。 とりあえず、たて笛は水飲み場の水道で洗った。 だけど「返す所を友達には見られたくない」「どのように声を掛ければいいのだろう」「ありがとう」って言えるだろうか? 僕の頭の中はパニックのまま、その日の授業が全て終わった。
結局、僕は最後まで教室に残り、誰も居なくなった教室で、彼女の机の中にたて笛を入れると、僕は逃げる様に走り帰った。 

やっぱり「ありがとう」が言えなかった。 
次の日も次の日も、僕の中から勇気が湧き出て、彼女にお礼を言うことはなかった。 ただこの時、彼女に対する思いがはっきりと僕の心の中に生まれたことが解った。 まだ小学5年生。「恋」と書く漢字は知っていたが、その正体など知る由も無い。 そして、僕の中に勇気が生まれて、彼女に告白できるまで10年の月日が必要となった。
 
  (2日目に続く)

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