短編小説♯4 心に貼られた絆創膏。
ひどい雨に降られた。
朝の天気では、にわか雨とは言ってたものの帰る頃には止んでいると聞いていたのに。
予報は予報。外れる時は外れる。最近行った占いもそうだった。三ヶ月以内にできる年下の彼氏は現れることなく過ぎてしまい、幸せが近づいてると言われて近づいてきたのは、ストーカー化した元彼とマッチングアプリのヤリモク四十代自称社長。
運が尽きたのかな、そう感じて空から落ちてくる容赦ない冷たい弾丸にうたれ、化粧も滲む。
とりあえず雨宿りと思い、見渡したところにあったのは昔元カレと行ったネカフェ。悩むが健康には変えられない。家までまだかかる。とりあえず一旦入る。2人で会員登録して、狭い世界で漫画を読んだり、ゲームをしてみたり、んまあカップルらしいこともした。今思うと場所を考えろと思うが、恋愛は人のIQがチンパンジーと変わらなくなると言う話を聞いて、私はチンパンジーだったなと少し、反省している。
階段を上がり、手を繋ぎながら降りてくるカップル。どうせやることやったんだろなと勝手な妄想して濡れて落ちたテンションに追い討ちをかけた。
私達もあんな感じに階段を降りてその後は2人の大好きなラーメン屋さんでラーメン食べて、それぞれの家に帰っていたな。
扉を開けると若い店員さんが抑えた声でいらっしゃいませと言ってくれた。すると彼は私を見るなり、奥に走っていった。そしてすぐに戻ってきた。手にはバスタオルを持っていた。
『これで拭いてください。寒かったですよね。シャワールームもあって乾燥機もあるんで使ってくださいね。』
なんとまあ、出来たアルバイト君なのだろう。その優しさに触れたからか、雨の雫まじりに少し涙を流す。タオルで拭いて誤魔化したのでバレてはいないだろう。恥ずかしい。最近触れてなかった温かさに不意に心を揺らされるなんて。
「ありがとうございます。お言葉に甘えて使わせてもらいます。お部屋は空いてますか?」
彼はレジの代わりのiPadで部屋を確認し、部屋の場所までわざわざ案内までしてくれた。前来た時は場所だけ教えてくれて自分で行くのが普通だったのだけど、少し来ない間に経営の方針でも変わったのかなと彼の後ろで色々考えてみる。
そして私はまずシャワーを浴びた。芯まで冷えた、心まで冷えていた今、表裏どちらも暖かく満たされていた。若い彼に少しキュンとした、二十代後半。たまにはこういう気分も、許して欲しい。そう思い私は雨水をお湯とともに洗い流す。とりあえず上着を乾燥機にかけた。幸い肌着と下着は濡れずにすみ、ジーパンは、脱ぐわけにはいかないかと思っていた中部屋には大きめの膝掛けとタオルが置いていた。そして先程とは別の人がノックをし挨拶にきた。
『お客様のお召し物が濡れているとお聞きし、もし乾燥機にかけている間の服をお困りかと思いまして、こちら大きめの膝掛けなどご用意させていただきました。もし良ければご利用ください。』
やはり経営の方針が変わったのか、社長か、エリア長が変わってお客様第一を徹しているんだなと、社会人脳を回転させて、そして感謝した。
服がある程度乾くまでとりあえずはネットサーフィンをした。元彼の名前を調べたり、今いる会社の求人を見て嘘ばっかりと笑ったり、好きな芸人のコントを見たり、家でやってることと至って変わらない、時間の使い方をした。ひそひそ聞こえるカップルの声、いびき声、小さく押さえてるけどダダ漏れの笑い声。色々な声が聞こえた中、一個だけ、曲が聴こえる。誰の曲だろう。でもすごく好きだ。スマホで検索機能をかけるには音が少し遠い。微かな音なはずなのに私の耳にはよく聞こえる。乾燥機から服を取り出し、ある程度乾いた服を着て、そして音のする方へ歩いていく。音は近づいたと思ったら、また遠ざかる。覗くのはご法度なのでここかなと思った壁に背中をもたれて音を聞く。ここも違う、ここでもない、違うと思っていた中、やっとわかった。
それは1番奥、しかもネカフェの部屋ではなく、従業員の部屋だ。しまった、気になる場所がここかと、扉を前にして怖気付く自分。でも気になる。気になるんだ。その曲が。でも開けられない。流石に私も大人だ。そのドアノブを持っていい権利を持ち合わせてはいない。セクハラを訴える時に行った社長室のドアノブよりも断然重い。
諦めるか、そう思って後ろを向いた瞬間、最初にタオルを渡してくれた若者がそこにいた。
「ごめんなさい!どこからか流れてくる曲が気になってそしたらこの扉の中でえーえーごめんなさい!」
私は咄嗟に謝ってしまった。まだ(?)悪いことはしていないのに。そしたら彼は少し笑って、私と彼の間に人差し指を立てて、シーーっと小さく言った。思ったより声を出していたのだった。そしたら彼は手招きしながら少し扉を開けてくれた。
『見てみて。こっそりなら良いですよ。』
彼の言葉に甘え、隙間から見る。するとそこには2人の男性がパソコンを見ていた。かなり真剣な顔で。私はそこまで真剣な顔をしたことがない、それくらい釘付けで、そしてこちらに気づいていない。
そして一度扉を閉めて、彼に聞いた。
「彼らは何を聴いていた、ううん。見ていたの?」
『あれは僕たちの演奏会の録画を見ていたんです。2人でイヤホンをつけるのが嫌で、小さい音を出していたのに、お客さんは耳が良いんですね。僕たちはここの会社で小さなクラブを作ったんです。音楽のクラブを。終わってからいつも練習して、いつもここの定休日の月、木に演奏会をしてるんです。』
やはり経営の方針が、、、
おっともうその妄想はいいか。
そうか、彼らが作った音楽なのか。通りで聞いたことがないと思った。しかしなんだろう。上手い下手よりももっとなんだろう。ハートを感じた。好き!って気持ちが私を揺らした。そして隣にいる彼はポケットから一枚紙を出した。チケットだ。
『来週の月曜日の夜、この店から10分のところにあるちょっとしたバーで間借り演奏するから良かったらきてください。店内で普通に食事も出来て、特に見物料も取りませんので』
彼は笑顔で渡してくれた。そしてそれをもらう手が少し震えてるのがわかった。そして私は泣いてることに気づいた。
いいな。いいな。そんな言葉が心から溢れてくる。彼らはキラキラしている。仕事をして、その終わりに仲間と好きなものを共有してる。きっと支えになってくれる彼女もいるだろう。こんないい子が、こんな音色を奏でる子たちは幸せだろうな。
私はこの数ヶ月ずっと何かと戦っていた。突然現れた過去の異物である元カレに付き纏われ、友達にも家族にも警察にも相談するくらい、本当に怖かった。
マッチングアプリで出会った男も、酒をたくさん勧めてきて明らか酔わせてよからぬことを考えてるのがわかってから彼がトイレに行ってるうちに半分の金額を置いて逃げた。
そしてトドメは、会社でのセクハラだ。社長室に飛び込んで、あの部長辞めさせないと、してもいない録音をしたものを労基や警察にばら撒くと、もう辞めてもいいやっていう気分で突き出した。結果その部長はこの案件と他の案件が重なり、懲戒免職をくらい会社から消えた。全て勝負では勝ったはずだ。なのに心は何も救われてなかった。
でも目の前にいる彼がくれたタオルもチケットも、そして今も背中から流れてくる音色も、今の私の傷だらけの心に、絆創膏を貼ってくれた。
「絶対、行くね、あと、このクラブの名前はどうしてこの名前なの?」
彼は言った。
『僕たちが好きな歌手の名言なんです。明日もいいことあるよねって気持ちで寝れるといいねってのでこれにしました。』
今日もいい日だっ委員会
どの歌手かはわからないし、そしてそれを知る日が来るかはわからない。
私はチケットを受け取って、部屋に戻り、ネカフェを後にした。手にはずっとチケットを握っていた。子供が買ってもらったおもちゃをずっと抱きしめるように。
天気は少しだけ太陽が出てきて、当たりが明るくなる。
「今日もいい日だっ。か」
私にとってその言葉はどれだけ救いの言葉になるのか、そして彼らの演奏会でどんな曲を聴けるのか。
慣れないスキップをして少し足がもつれた。
こけそうになって手を出した目の前。
水溜りに映ってる私はすごく笑顔だった。
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