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温泉で、目の前の女の子に一目惚れした話【ショートショート】

一瞬、時が止まったと思う。たぶん、3秒くらい。

目の前に、温泉に浸かった女神がいる。

汗が目に垂れて、ぼやけて、見間違いかとも思った。
いや、そんなことはない。
今日はしっかり、コンタクトを装着したまま温泉に入っている。
あれは本物だ。本物の、女神だ。

ショートカットで、毛先ほんの少しだけ、湯船に入らないように結っている。ほんの少し、絵の具の筆くらいの短さだけ。
目を閉じて、頭の上にタオルをのせて。
その姿だけでも可愛かったのに、瞳を開けたら、やっぱりほら、持ってる。
吸い込まれそうな、透明な、一般人の瞳には持ってないキラキラのエフェクト。橋本環奈と同じやつ、やっぱり装備してる。

すっぴん、だよね。
眉毛ちょっと不ぞろいだもん。
なのに何でそんな可愛いの??

私は女神…、彼女にバレないようにしつつ、けどチラチラではなくガッツリ見た。だって可愛いんだもん。
今日は初めて、家から車で10分もしない温泉に、母親と一緒に来た。
銭湯ではなく、一応温泉らしい。
そんなところで、まさかこんな素敵な出会いをするなんて。

ここは観光地じゃないし、てことはこの辺りに住んでる…ってこと、だよね。
連れがいる様子もない。
そこがまた惹かれた。
一人で、気晴らしか何かで地元の温泉に来てるってこと??
それとも趣味でよく来るとか?
どちらにしても推定24歳くらいの女の子が、一人で温泉に来るなんて、
なんかちょっとカッコよくないか??
いや、わからん、私がもう彼女に推しフィルターをかけてしまっているからかもしれん。カッコいいと思う。私も温泉を趣味にしようかと思った。しないけど。

身体を洗い終えた母が、私の隣に来た。
「露天にも行こうか」

んー、いや、正直なところもう少し待ってほしい。
移動するとこの顔面国宝を拝めなくなってしまう可能性が高い。
それに少し、まだ、拝見をしていない、気になる、見たいところが、ある。

「んー。そうだねぇ。」
と言いつつ、私はまだ浸かっている温泉からは上がらない雰囲気を醸し出す。
すると、女神が移動した。
急に立ち上がり、別の湯船に移動したのだ。
あぁ…行ってしまった。これで終わりか、私の推し活は。
身体は少し貧相であったが、またその完ぺきではないところが、素敵だと思った。

その後、私と母は露天風呂に移動をした。
まず私たちはツボのような形をした温泉に足を入れた。
ひとり1ツボらしい。ほとんど身動きは取れないが、一人だけという空間は心地よかった。
母はのぼせやすいため、2分もたたずにすぐ別の風呂に移動したいと言った。私もそれについていく。

…あれ、女神、いるやん。

女神もすでに露天ゾーンに移動をし、別の温泉に浸かっていたらしい。
このやろう…どこにいても目立つ瞳をしやがって。
そして女神は、私たちが出た後のツボ温泉に入っていった。

おいおいおいおいおい、その浸かり方はよぉぉぉぉ
まぁぁぁぁほんと、俺のツボをようおさえとるわ。
ツボだけに。

彼女はこう、ツボのふちに両腕をかけて、脇を広げて、まるでお父さんかのように浸かってたんですよ。

えっっっっっっっ、そんな男前な一面も持ち合わせていらっしゃる???
それは惚れていいってこと??
私の左右どちらも空いてますってこと???
右も左も立候補していい?????

腕に飛び込みたい欲を抑え、その後私たちは色んな露天風呂を楽しみつつ、私は横目で女神を楽しみつつ、露天ゾーンを後にし、屋内の温泉を最後に少し楽しんだ。

その時、露天から出て屋内へとお戻りになられた女神が目の前を通り過ぎ、シャワーへと向かった。

どんな声を持っているんだろう。
 ーきっと少しハスキーで、少し低めで、
  笑った時に声がひっくり返るような音かな。
どんな性格をしているんだろう。
 -大雑把がいいな。けど変なところには丁寧過ぎるくらい丁寧な子。
  ちょっと変わっててほしい。抜けてるところを愛したい。
普段はどんな生活を送っていて、何が好きなんだろう。
 ー部屋にはそんなに物を置いていなくて、
  アルバイトで色んな仕事を転々としててほしい。
  「私飽き性だからさ」と友達にけらけら笑いながら
  新しいバイトのことを説明しててほしい。
  あ、でも飽き性なら、部屋少し汚いかな。
  まぁ、どっちでも好きになれる自信はあるよ。


…なんて、勝手に考えてみちゃったり。
私みたいな普通の子は、相手にされない、のに。
こんなに見てるのに、少しも目が合わないのは、ちょっと辛い。
合ったらもう見られないくせに、ね。

その後、彼女の姿は見当たらなくなった。
脱衣所も少し見渡したけれど、まぁ、いないよね。
きっと早いもん。身体拭くのとか、髪乾かすのとか。
絶対半乾きのまま外に出て、少し濡れた耳にイヤホンをさして、
私が知らないような今流行りのバンドとか、それともマイナーなバンドか…うん、メジャーデビューしてない、マイナーなバンドがいいな。
それを聴きながら、夜風にあたりながらゆっくり歩いて帰るんだろうな。
いや、帰っててほしいな。

あーあ、もう二度と会えないんだろうなぁ。
全く知らない女の子の推し活、わずか30分で終了。
帰ったら、武田綾乃でも読もうかな。


おしまい


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