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詩 『糸/音』

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音にすると 少し離れる。 たけど繋がっている。
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#現代詩

詩「ある老いた清貧の願い」

詩「ある老いた清貧の願い」

老人が友人を富ませ
父は祖父に忖度する
老獪な視界の先で
母は娘は頬をひきつらせる
失われた世代は分断を強いられ
若者が絶望を見て権威の広告塔を撃てば
富める老人が群がり最上級の葬式を出すという
子のポケットは裏返され続け
なけなしの一割をむしりとられる

坂を転げ落ちながら願うのは
バスの後ろまでの点検
子どもが死なず若者の苦しまない日常
傾きの増す船を
もうすぐ降りるその前に

2022.09

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迷路

迷路

             こい瀬 伊音

汚染されていない人間を寄越して
マスクをとって口を開けて
さあそれを食べなさいあなたの
顔がほころぶのが見たいから

汚染されていない恋人を寄越して
マスクをとって口を開けて
さあ深く接触をあなたの
温度と湿度が恋しいから

退路を絶つ想像で胸がきしむ
トンネルの先は海に沈む
誰も受け取らないように
SがふたつとOは後ろ手

2022.03.19

三月四日

三月四日

誰もそばにいないんだろう
誰も寄せつけない高御座で
誰のことも 自分も
もう大切じゃない

自分の足でそこから降りられない
ひとりきりジャングルジムの上で
あまりの恐ろしさにみんな
背を向けて逃げてしまった

だれかだれか
彼は叫んではいまいか
だれかだれか
下から手を差しのべてくれるひとを

ぼうや おりておいで こわがらないで
やさしい声は魔女にかわり
大きな鍋に放り込まれる
老人は知っている

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詩「せなか」

俳人 田中目八さんのBFC3応募作
マイクロノベル × 連作俳句
「蝶をあつめて」から
インスピレーションをいただきました。

「せなか」は
田中目八さんの「蝶をあつめて」の世界観に
書かせてもらった詩です。
ブンゲイファイトクラブ3という
あこがれのリングに届かなかった作品を #BFC3落選展  にだしてくださったからこそ
出会えました。
わたしも今回出場が叶わず失意のなかでしたが

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詩「あたらしいひには」

詩「あたらしいひには」

           こい瀬 伊音

さようならさようなら
あなたは手をふる

すべて捨てなくては自由になれないの
誰の持ち物でもないのに

さようならそのようなら
ちいさく手をふる

あなたをかたどった
たくさんのわたしたちを置いて

手荷物検査はこちらです
何も持たずに行きなさい
僭越な監視と検閲に
まっすぐな背中を向ける

さようならさようなら
ほかの言葉が許されてほしい
あたらしいひには

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詩「背中」

詩「背中」



「背中」

            こい瀬 伊音

削って削って削りでた木は舟になって
川に浮かんでいくのです

削って削って飛び散る銀を
指で広げていくのです

削られ削られとがった先でいっぽんの線を引く
細く細く息をして
舟を忘れて

見上げていた目でふりかえれば
裾模様と
海に浮かぶ大船団

千里走れる脚
幾山川越えていく杖
あの光るところへ
頂へ

2021.09.26

書くことが、

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詩「鎮静の月」

詩「鎮静の月」

背中につけたちいさなあとは
すぐにきえるから心配しないで

細く細くただ息をして
空にとけるから気にしないで

ここに
そこに

金に塗った爪を切って
紙石鹸で手を洗って

おまけ

鎮静の月、は
新月直前の三日月だそうです。
消え入りそうな。

そう知ったら
詩がうまれたのでした。

詩「クレパス」

詩「クレパス」

ねむれ
ないねむれな
いねむれ
ない

夜が隣にすわって
時計は一歩一歩まえへ
こおろぎは地面で
鈴虫は草を揺らす

ねむり
たいねむれな
いねむり
たい

宙に浮いたおやすみは
どこにも届かない
から
心臓のあるく音、の、なかにかくす

壊して壊したりない夜の
星をぬりつぶして

#4-① 重ねて重ねて重ねまくる/   詩「ゆれる」

#4-① 重ねて重ねて重ねまくる/ 詩「ゆれる」

文体の舵をとれ
練習問題4
問1   語句の反復使用
 一段落(300文字)の語りを執筆し、そのうちで名詞や動詞または形容詞を、少なくとも三回繰り返すこと。

 

 そんなにもゆれてゆれてゆれているのはなにかと聞いているのです、と僕が云うと、足元も、目の前も、あなたの顔もです、と聡子が答える。
 ゆれてゆれてゆれているのはあなたのこころではないのですか。混乱のあまり、僕は聡子の言葉を執拗に追って

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詩「なないろの表面」

詩「なないろの表面」

よくばりになるときえる
よくばりになると
だからわたしはてばなして
きえないようにそっとはなれる

よくばってしまうことは
ほしがってみることは
だからわがままでいけないと

そっとはなれ
そっとはなれ
わたしはどこにいるといえる
きえないために
けさないために

正体はひといろ
なないろにかくして

詩「オープンチケット」

詩「オープンチケット」

             こい瀬 伊音

その羽はつよいの
まだ翔んだことのない羽で
鳥かごから海をこえて
ホバリング、止まり木はたった一本

テスト飛行はありません
ふりかえれない
せめて
いつでも帰っておいでと
だれか伝えて

2021.09.01

詩「もうなかぬ」の、
あるいは続編

photo   Masumi

詩「ねむり」

詩「ねむり」

一切の能動を棄て
ただ目だけ開けて
いたい

一分の隙なく塗り込め
ただ息だけ吐いて
いたい

嘘は
せめぎあう
欲望がおおう

絵 田久保 洋

詩「百日紅の夢」

詩「百日紅の夢」

             こい瀬 伊音

すてきな
すてきな時間が文字となって
だいすきなひとたちのあいだを流れてゆきます
これは
夢ですか

百日紅が
わたしをご覧なさい
と云いました

ふさ

フリルの間を風が通ります
この音がしあわせでなくて
なんでしょう

ふさ

ずっとずっと眠っていたいのです
そうわがままをいってみたのに

ふさ

もうずっと
目覚め
目覚めていたのでした

………

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詩「匙」

詩「匙」



匙 

こい瀬 伊音

求肥をひろげてあなたを
抱きしめてしまいましょう
息はもうできない
苦しいでしょう

かんたんなこと、だ
かんたんな、ことではない

とけだしていくのを
とめられるのならば
保ちたいのです
留めたいのです
 
かんたんなこと、だ

あなたが窒息するまで
ぴったりと覆って
かたちをかえることなく
ただ包んで

 遮断 
 内包  
溶解
 落雷

ひとつには
落涙

……

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