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国内上場SaaS企業の分析から導き出す、大企業の新事業が3年で売上100億円を達成するためのポイント

大企業の新事業を支援していると、3年で売上100億円という目標がよく掲げられています。さらに、デジタルを活用したプロダクトを開発するため、デザイン思考やリーンスタートアップを実践して、顧客課題から考えたいという要件もあったりなかったり。そこで今回は「この目標と要件は現実的なの?」ということを、SaaSビジネスのグローバルトレンドや国内上場SaaS企業の現状を分析しながら考えていきたいと思います。さらに、3年で売上100億円を達成するための戦略の方向性と重要なポイントを絞り出していきます。

ちなみに、デジタルを活用したプロダクトには、もちろんSaaS以外にも様々なモデルがあります。けど「SaaSやリカーリングモデルで事業を構想したのに売上規模を試算したら目標に達しない」っていう話をよく聞くので、この記事ではSaaSに限定して考えていきます。また、本来であれば、目標や評価方法そのものを見直すのが最善の解決策かもしれません。しかし、現実的にはそれが難しいケースが多いと思います。そこで、今回は目標達成のための方法論に焦点を当てて考えてみたいと思います。それでは、はじめていきましょう。

SaaSビジネスの現在地と進化の方向性

第4世代に突入したSaaS:Fintechとの融合が新たなトレンドに

SaaSビジネスは現在、第4の進化の段階に入ったと言えます。第1世代のクラウド型サービス、第2世代のボトムアップ型SaaS、第3世代の垂直型SaaSを経て、今、第4世代としてFintech機能を統合したSaaSが注目を集めています。この新しい潮流は、SaaSを単なるソフトウェアサービスから、より包括的なソリューションへと進化させる可能性を秘めています。例えば、SaaS型の会計ソフトにオンライン決済機能を組み込んだり、在庫管理システムに在庫ファイナンスの機能を統合したりするなど、SaaSとFintechの融合により、顧客により多面的な価値を提供することが可能になるのです。

国内SaaS企業の現状分析:単一サービスでの売上100億円は困難

ただし、日本の上場SaaS企業の現状を見ると、このようなSaaSの進化を踏まえても、単一のサービスだけで3年で売上100億円を達成するのは非常に難しいと言わざるを得ません。2024年時点で、国内トップクラスのSansanですら、ARR(年間経常収益)は約325億円の予測となっています。多くの企業は数十億円規模のARRになると見られており、100億円はかなり高い目標だと言えます。この現状を踏まえると、単一のサブスクリプションモデルの延長線上では、3年で売上100億円の達成は困難だと考えられます。

SaaS企業の成長戦略:Fintechの統合とマルチプロダクト化が鍵

では、SaaS企業はどのようにして高い成長を実現しようとしているのでしょうか。その鍵の一つが、先述のFintechの統合です。決済、融資、保険などのFintechサービスをSaaSに組み込むことで、顧客あたりの収益を2〜5倍に高められる可能性があります。また、M&Aを活用して事業規模を拡大したり、複数の製品を展開するマルチプロダクト戦略で収益源を多様化したりする動きも活発化しています。単一のサブスクリプションに頼るのではなく、多面的な収益化を図ることが成長戦略の主流になりつつあるのです。


3年で売上100億円を達成するための7つの戦略アプローチ

それでは、3年で売上100億円を達成するには、具体的にどのような戦略アプローチが有効でしょうか。ここからは、代表的なアプローチを思いつくままに書いていきます。これらのアプローチは相互に関連しており、組み合わせることでより大きな効果を発揮すると考えられます。

1.未来志向のバックキャスト思考:目標地点から逆算して今を設計する

高い売上目標を達成するには、未来を起点とした発想が欠かせません。2027年(もしくはもう少し先)の世界を想定し、そこから逆算して今何をすべきかを考えるバックキャスト思考が有効です。この発想転換により、現在の競争とは次元の異なる価値提供が見えてくるはずです。
例えば、2030年の社会では、AIやブロックチェーンが当たり前になっているかもしれません。そのような未来で必要とされるサービスを先回りして開発することで、圧倒的な先行優位性を確立できる可能性があります。未来の社会から求められることを先取りし、今から手を打つことが、高い成長を実現する鍵になるでしょう。
また、高い成長を遂げるには、市場自体の拡大が前提条件です。しかし、魅力的な市場ほど競争は激しくなります。そもそも新事業で取り扱うべき課題はすでに枯渇しているとも言われています。SaaS市場も例外ではありません。その環境下において、顧客起点で検討するとニッチな課題か、既に差別化が難しい「レッドオーシャン」市場のどちらかしか発見できない事が多いです。その意味でも、未来の市場を見据えた先見性が重要なのです。

ちなみに、完全な蛇足ですが、スマートフォンや生成AIの普及など、技術的なブレイクスルーや政策方針の大きな変更があるタイミングは、安定的な大規模市場のトッププレイヤーが入れ替わる転換点となることが多いです。このようなタイミングでは、未来を見据えた戦略も重要ですが、現在の市場を新技術によってディスラプト(破壊的イノベーション)することで、大きな成果を上げることも可能です。つまり、技術革新や政策変更のタイミングを的確に捉え、現在の市場に対して破壊的イノベーションを起こすことで、新たな市場を創出し、大きなシェアを獲得するチャンスが生まれるのです。このアプローチは、未来志向の戦略とは異なりますが、大企業の新規事業立ち上げにおいて考慮すべき重要な視点の一つと言えるでしょう。

2.ポートフォリオ戦略とマルチプロダクト化:シナジーを生む複数の収益源

SaaS企業の分析からもわかるように、単一の製品だけで高い売上目標を達成するのは至難の業です。そこで、複数の製品を組み合わせるポートフォリオ戦略が有効になります。コアとなるSaaSに加え、それを補完する機能や周辺サービスをラインナップ化することで、顧客あたりの収益を最大化し、リスク分散と安定収益を実現できます。例えば、営業支援のSaaSを展開する企業が、営業の現場で必要となる名刺管理アプリや営業日報アプリなども開発し、バンドルで提供するなどです。マルチプロダクト戦略は、高い成長目標達成に不可欠なアプローチだと言えるでしょう。ポートフォリオを適切に構築することで、製品間のシナジーを生み出すことも可能です。

3.マルチレベニュー・モデルの追求:サブスクリプション以外の収益源を取り込む

マルチプロダクト戦略と関連するのが、マルチレベニュー・モデルの追求です。SaaSのサブスクリプションモデルは安定収益を生みますが、爆発的な売上拡大は難しい側面もあります。そこで注目されるのが、Fintechサービスの提供による手数料収入や、コンサルティングサービス等による初期収益の確保など、サブスクリプション以外の収益源の取り込みです。例えば、SaaS型のECプラットフォームを提供する企業が、オンライン決済の手数料収入を得たり、出店者向けのコンサルティングサービスで初期収益を稼いだりするなどです。リカーリングに依存しない多様な収益構造を構築することが高い成長目標の達成につながります。

4.エコシステム戦略:自社サービスを中心としたプラットフォームの構築

自社のSaaSサービスを中心に、他社のサービスや製品を連携させるエコシステムを構築するのも有効な戦略です。自社サービスのAPIを公開し、他社サービスとの連携を促進することで、顧客にとっての価値を高められます。例えば、会計ソフトのSaaS企業が、銀行やクラウド型経費精算サービスなどとAPIで連携し、データの自動連携を実現するなどです。さらに、自社サービスを軸にしたプラットフォームを構築することで、ネットワーク効果を生み出すことも可能です。エコシステムに参加する企業が増えるほど、プラットフォームとしての価値が高まり、収益機会も拡大。SaaSの枠を超えた、新たなビジネスモデルを創出できるかもしれません。この戦略は、ポートフォリオ戦略とも親和性が高く、両者を組み合わせることで大きな効果が期待できます。

5.パートナーシップ戦略:業界の巨人とのコラボレーションによる成長加速

自社だけでの成長には限界があるかもしれません。そこで、業界の大手企業とのパートナーシップを積極的に推進するのも一つの方向性です。大企業が持つブランド力、顧客基盤、資金力などを活用することで、自社サービスの信頼性を高め、販路を拡大することができます。特に、自社のSaaSサービスと親和性の高い大企業を戦略的に選択し、WIN-WINの関係を構築することが重要です。例えば、人事労務系のSaaSを提供する企業が、大手の人材派遣会社と提携し、その顧客基盤への販売を共同で行うなどです。これにより、単独では到達し得ない成長スピードを実現できるでしょう。この戦略はブルーオーシャン戦略とも組み合わせることで、より大きな効果を発揮することができます。

6.グローバル展開:海外市場の開拓による事業規模の拡大

国内市場だけでは限界がある可能性があります。そこで、グローバル市場への展開も視野に入れるべきです。特に、自社のSaaSサービスが解決する課題が、海外でも共通して存在するのであれば、グローバル展開の余地は大きいはずです。例えば、プロジェクト管理ツールのSaaS企業は、国内での成功をベースに、欧米や中国などの大市場への進出を図ることができるでしょう。ただし、海外展開には文化的・言語的障壁など、多くの課題が伴います。現地のパートナー企業との提携や、現地に精通した人材の採用など、戦略的なアプローチが欠かせません。効果的なグローバル展開ができれば、事業規模を一気に拡大できる可能性があります。この戦略は、バックキャスト思考と組み合わせることで、より大きな効果を発揮するでしょう。

7.M&Aによるスピードと規模の獲得:自前主義からの脱却

3年という短期間で高成長を実現するには、M&Aなどの資本政策の活用が効果的です。自社サービスを補完する企業や、顧客基盤を持つ企業の買収により、事業拡大のスピードを加速できます。また、資金調達による開発や営業体制の強化も有効です。例えば、バーティカルSaaSの企業が、隣接する業界のSaaS企業を買収することで、事業領域を拡大するなどです。自社の弱みを外部リソースで補完することで、短期間での高成長を実現できるでしょう。ただし、M&Aの成否を分けるバリュエーションやPMIなどの高度な経営判断が求められます。この戦略は、ポートフォリオ戦略やグローバル展開とも親和性が高く、組み合わせることでより大きな効果を発揮します。

PeopleXが目指すコンパウンド型事業戦略

この章の最後に、国内SaaSの事業規模を理解した上で、今まで紹介した戦略がうまく設計されている(と僕が感じている)PeopleXという企業を紹介したいと思います。

PeopleXは、従業員のスキル向上やエンゲージメント向上を支援するエンプロイーサクセスHRプラットフォーム「PeopleWork」を開発・運営する新たなスタートアップです。創業者の橘大地氏は、弁護士資格を持ち、サイバーエージェントやクラウドサインなどでキャリアを積んだ後、PeopleXを立ち上げています。

同社の特徴は、立ち上げ時点からコンパウンド型のSaaSを志向し、複数のアプリケーションを同時に開発していく計画を持っている点です。さらに、立ち上げ時点から、グローバル市場を視野に入れている点も特徴的です。これは、国内市場、かつ単一のサブスクリプションモデルの延長線上では、急速な事業拡大が難しいという認識に基づいていると思います。PeopleXは、マルチプロダクト戦略をDAY1から取り入れることで、顧客あたりの収益最大化とリスク分散を実現しようとしています。また、AI活用など、新たなテクノロジーを前提とした製品開発も特徴的です。

この戦略は、3年で100億円という高い売上目標を掲げる大企業にとっても、参考になるアプローチだと言えます。事業立ち上げ時点から、スケーラビリティを持った事業設計を行うことで、急速な事業拡大の可能性を高めているのです。PeopleX、そして橘氏の挑戦は、SaaSビジネスの新しいロールモデルとなる可能性があると感じています。


目標達成のカギ:大胆な構想力と着実な実行力の両立

トップダウンの意思決定と現場の仮説検証を組み合わせる

これまで見てきた複合的な戦略を成功させるには、トップの大胆な構想力と、現場の着実な実行力の両立が欠かせません。経営トップは未来を見据えた大きな方向性を示す一方、現場では小さな実験を繰り返し、仮説の妥当性を検証していく必要があります。

しかし、大企業の新事業立ち上げにおいては、トップに新事業に対する構想、戦略がないケースが非常に多いです。その場合は、現在の事業環境の解像度が高い現場から、複雑なプロダクトを前提とした大胆な構想、ストーリーをつくることも有効なアプローチです。現場が、大胆な構想力と未来志向の姿勢を示すことがきっかけとなり、経営の意思が明確となりプロジェクトに推進力がつくことがあります。ただ、現場が複雑なプロダクトを構想する際には、いかにシンプルで魅力的なストーリーにするかが鍵を握ります。わかりやすく、共感を呼ぶようなストーリーテリングにより、ステークホルダーの理解と支持を得ることが重要です。その場合、何をやるのか(WHAT)ではなく、何故やるのか(WHY)、自社にとってのアウトカムは何か、に重点をおいて説明することが重要になります。また、あまりに複雑で野心的な内容だと、実現可能性への疑問が生じたり、柔軟性が失われたりする恐れがあります。また、現場の実行力とのギャップにも注意が必要です。
そのため、構想段階では複雑さを持ちつつも、実行段階ではそれをマネジメントする力が問われます。大胆な構想を、着実な実行に結び付けていくことが、新事業成功のカギになるでしょう。トップダウンの意思決定と、ボトムアップの仮説検証のバランスを取ることが肝要だと言えます。

複雑なプロダクトでは、大胆な構想力と着実な検証のバランスが鍵

プロダクトが複雑になればなるほど構想を実現するためには、小さな実験の積み重ねが欠かせません。限定的な顧客へのβ版提供や、シミュレーション環境でのテストなどを通じて、仮説の妥当性を検証していくのです。当然、状況の変化に応じて方向性を柔軟に変えていく必要もあります。実験の結果を踏まえ、構想にフィードバックをかけ、必要であればピボットを行う。そのための意思決定は、現場レベルで迅速に行えるようにしておくことが重要です。
つまり、複雑なプロダクトの成功には、大胆な構想力と着実な実験の積み重ね、そして現場での迅速な意思決定のバランスが鍵を握ります。加えて、構想段階と実行段階で求められるスキルが必要です。これらが三位一体となって機能してこそ、プロダクトは進化を続け、最終的な成功へと導かれるのです。


複雑性が高まるSaaSビジネス新時代に向けて

大企業の新事業で、3年で売上100億円を達成するには、SaaSビジネスの常識を超える発想が必要です。単一のサブスクリプションモデルの延長線上では、この高い目標の達成は難しいでしょう。

しかし、未来志向のバックキャスト思考、ブルーオーシャン戦略、ポートフォリオ戦略、マルチレベニュー・モデル、エコシステム戦略、パートナーシップ戦略、グローバル展開、M&Aなど、複合的なアプローチを組み合わせることで、新たな可能性が開けます。特に、Fintechの統合は、SaaSビジネスの大きな進化の方向性であり、この潮流を捉えることが成功の鍵になるでしょう。

SaaSビジネスの新しいパラダイムに挑戦することで、3年で売上100億円という野心的な目標も、夢物語ではなくなるはずです。ただし、そのためには、大胆な構想力と、着実な実行力のバランスを取ることが不可欠です。特に、大企業の新事業立ち上げにおいては、構想段階から複雑なプロダクトとストーリーを描くことも有効ですが、それを実現可能な形にブレイクダウンし、現場の実行力と結び付けていく力が問われます。構想力と実行力、そしてトップダウンとボトムアップのバランスを取ることが、新事業成功の鍵を握ると言えるでしょう。

長々と書きながら自分でも思います。あーー、複雑だわ、と。もちろん、新事業は非常に難易度が高いプロジェクトになります。ただ、それ故に成長できるし、やりがいを感じることも多いです。ぜひ前向きに挑戦してみてください。また、NEWhは、複雑な問題をシステムとして可視化して、共に考えていくことで、目的と目標達成のための本質的な解決策とチームの熱量を創ることを得意としています。企業の新事業創出をシステムとして捉え、新事業をつくるための伴走支援はもちろん、新事業が持続的に創出される仕組み/インフラづくりも支援しています。大企業がもっと創造的に、そして気軽に挑戦できるようになるため、未来を切り拓く一歩を一緒に歩んでいきましょう。

では、また。

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