見出し画像

『詩』ボトルシップとアオスジアゲハ

少しは空に近い
二階の窓辺にボトルシップを飾っていると、いつの間にか
透き通る瓶の周りで
アオスジアゲハが羽ばたいている
外に向かって窓を開くと
窓の下で運河は消失点を目指してうねり
川の左手に並んだ工場の煙突は
今日が休日なのを物語っている
煙を吐かない煙突は
ぽかんと虚ろでもの悲しい


川の右手は古びたアパート
その先に
運送会社の倉庫やら
小さな法律事務所やら
お茶や、氷の問屋が軒を並べ
運河の土手の下の通りを、休日とは無関係に
人や車が朝から行ったり来たりしている
空は、消失点から青く透明に広がって
僅かな白い雲と一緒にこちらへ向かってやってくると
開いた窓を掠めて後ろへ遠ざかってゆく
運河の澱んだ臭いが風に混じる


窓は開いているのに
アオスジアゲハは出てゆこうとしない
ボトルの中の帆船が
おまえは気になるのかい?
そうじゃない、ボトルには
昔飲んだバーボンの残り香
アオスジアゲハは
きっとそいつが気になるのだ


帆船は三本マストのスクーナー
斜交はすかいに、瓶のかどから覗いてみると
背景は空の色に染め上げられて
縦長の、白い三角形の帆も
運河も、並んだ工場の煙突も、瓶の中で
陽炎のようにひずんで見える


こんな帆船に乗って
海を渡って行きたかったね
今よりずっと世界は広く
眼に見える、月や火星よりもずっと遠くて
誰も知らない何ものかが
どこかにきっとあるはずだった
叶わなかった、遠い昔の夢をおもい
カチリと氷の音を立てて
飲みつけないバーボンを舐めながら
やがて組み上げるはずの
スクーナー型帆船の美しい写真を
めつすがめつ 僕はしていた


UnsplashKarlCallwoodが撮影した写真


アオスジアゲハは
どこからやってきたのだろう?
緩やかにひずんだ瓶のふちに、足をかけようとして
アゲハはびっくりしたように諦める
そこにあるのに無いものに
アゲハはたぶん気づいたのだ
ぶるぶると、美しい羽を震わせて
アオスジアゲハは急に不安を覚えたろうか?


思い立って
ボトルシップを僕は両手で持ち上げる
開いた二階の窓から差し出して
両手を離すと⎯⎯


石畳のエントランスに打ち付けられて
運河や工場の煙突や、町の風景を写したまま
ガラス瓶は砕けて光のかけらになり
スクーナーの三本マストもばらばらに
ちぎれたパラシュートのように飛び散ってしまう
まるで、叶わなかった夢のように


それとも夢は、アオスジアゲハが
運んでいってしまったのかしら?



*タイトル画像はこちらを使用しました。
 KanenoriによるPixabayからの画像




他にもこんな記事。

◾️辻邦生さんの作品レビューはこちらからぜひ。

◾️詩や他の創作、つぶやきはこちら。

◾️大して役に立つことも書いてないけれど、レビュー以外の「真面目な」エッセイはこちら。

◾️noterさんの、心に残る文章も集めています。ぜひ!




この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?