小林亀朗(依田口孤蓬)

小説・詩・エッセイ:小林亀朗(こばやしきろう)、短歌:依田口孤蓬(よだぐちこほう) 第…

小林亀朗(依田口孤蓬)

小説・詩・エッセイ:小林亀朗(こばやしきろう)、短歌:依田口孤蓬(よだぐちこほう) 第1作品集『しずむ』→https://kohokirou.booth.pm/items/5426322

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【詩】海の声色(作:小林亀朗)

ねえ教えてよ波の高さを              深く沈み込んだところから 波がうねり上がるとき        一緒に飛んでみればいい 影の濃さと       落ちてくる              水の                       強さを その身に感じればいい 海はあなたを呼んでいる 海はあなたを呼んでいる 熱い砂の上へ腹這いになって その声を聞いてみたら 意外に真剣な調子で 海はあなたを呼んでいる

    • 【詩】期末テスト

      ぼーっとしていたらぬぼーっと朝がきた。立派な寝癖をたてたまま、ありもしないカメラが自分の顔を映しているのを意識しながら、テストへ向かう。徹夜明けである。決して勉強していた訳ではない。間違えて入ってしまった(そんなことがあるのだ)有料プランがもったいないので気に入ったドラマを1話から最終話までずっと観て肺呼吸をしていたのだった。 上立売通りから飛び出して烏丸通りを斜めに横断する。相国寺の参道にある死にかけの綿埃のような靄と、ちょっと遠くにべったりと寝そべりながら緩く繋がりあっ

      • 【和訳】The River(Bruce Springsteen)

        [訳文] 俺の故郷は谷間の町だ あんたがどこで生まれ育ったのか知らないが、あんたが親父に育てられたように俺も育てられたのさ 俺とメアリーが出会ったのは高校で、 あいつはその時まだ17歳だった 2人でドライブして、蒼々とした野原のあるとこへ行ったよ あの川へ行ったんだ。そんであの川へ、2人で飛び込んだんだ ああ、あの川へ行ったんだ。2人で一緒に それからすぐのことさ。俺はメアリーを妊娠させちまった。あいつがそれだけ書いた手紙をよこしてきたよ 19歳の誕生日だった。組合員証

        • 【エッセイ?】たばこ

           小さい頃からたばこは身近だった。自分よりだいぶ歳が上の人たち、当時で40後半から50、60くらい、に囲まれて育った私は、古めかしい喫茶店とか喫煙可の居酒屋とかに連れて行かれることが多かったし、服からたばこの匂いがする人もいた。  たばこの匂いを嫌いにならなかったのは単純に慣れだと思う。夜の熊野寮の野外喫煙所で最初の一本を吸った時、なんだか懐かしくて幸せだった。  お酒もそうなのだが、余程ストレスが溜まらない限り1人で吸おうとは思わない。人と話しながら、笑いとか怒りとか哀

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        【詩】海の声色(作:小林亀朗)

          【詩】午前零時(作:小林亀朗)

          一度眠りについたら 地平線にさす朱を見ないように 夢から醒めたのが分かっても 目を閉じたままでいよう 眠れない夜は 炎の中心のような朱を 見逃さないように ベッドの中の自分の腕を そっと抓っておこう 家の辺りは蓬が生えて 今日も哀しい音がする 砂の混じった風に打たれて 今日も哀しい音がする 膨らんで 弾け飛ぶ パンケーキ のような シャツのボタン 窓に届いた セイタカアワダチソウの 逞しい背中 ひとりでに 音をたてる 蛇口の 水滴 また一日がはじまったんだ

          【詩】午前零時(作:小林亀朗)

          【短歌連作】写真を撮るやうに(作:依田口孤蓬)

          月光にお腹も満ちて私たち爆ずるばかりに人影となる 川風の持つ厳かさ 言の葉の端と端とを絡めて編みぬ 心臓の響きが鈍くなつたとき泪を流す人になりたい メビウスの明滅のたびしつかりと吸はれ吐かるる息のゆくさき 走つてゆき走つて走り歩くとき、河原の縁で「もう帰らう」と 明日には新幹線に奪はれて遠くへとゆくあなたのからだ 朝露の消えゆくまでは恐竜の化石のやうに眠つてほしい 一滴を求め私は丘の上のミヅキの幹へ花へ枝葉へ もう二度とこの街へ来ぬあの人に「昨日の空は綺麗だつ

          【短歌連作】写真を撮るやうに(作:依田口孤蓬)

          【ショートショート】葬式(作:小林亀朗)

           あたしはパスポートを捨てた。ライターで火をつけて燃やしたのだ。今の自分よりちょっとだけ若いあたしが、炎の中で笑っている。赤い表紙がめくれて段々灰になっていく。全部燃えたら土の中に埋めてしまおう。  かつて一緒に行った国のスタンプたちも染み込んだ異国の匂いも全部消えてしまう。それでいい。あたしはもう旅はしない。 「おかあさん、なにしてるの?」 「ん? お葬式だよ」 「おそうしき?」 「うん」 「じゃあおててあわせないと」  娘はしゃがみ込み、燃えるパスポートに向かって手を合わ

          【ショートショート】葬式(作:小林亀朗)

          【短編小説】九十九里浜(作:小林亀朗)

           波の音が聞こえる。鼓膜を震わせて、俺の腹にまで響く。俺はその音をホテルのテラスで聴いている。ロッキングチェアの背もたれはやけにひんやりしていた。 「お待たせ致しました」  ウェイターが一礼してお盆からグラスを取り、目の前に置いてくれる。注文したカルーア・ミルクだ。 「ご苦労さん」  俺はウェイターにチップを渡すと脚を組み直した。  このホテルに来るのは2回目だ。1回目は8年前の夏。当時の恋人とくつろぐためだった。  彼女のことはもうよく覚えていない。付き合った期間はたったの

          【短編小説】九十九里浜(作:小林亀朗)

          【短歌連作】3月15日ー遠野へー(作:依田口孤蓬)

          始発直前 観光の消費者として旅立てる我の前には紫の夜 冬過ぎて春来にけらしホームへと寒さ切り裂く始発列車が 快速列車に追い抜かされて 快速はそのスピードを風として或いは彼の運命として 上野で宇都宮線に乗り換え 人々は群れと言ふにはあいまいに身を寄せ合ひて階段降る 赤羽 ひろゆきの生まれし町をひろゆきの馬鹿にしさうな旅が過ぎゆく 浦和へ 高校の時に練習試合にて見し高校は車窓掠むる 初恋の人が住みをるこの街の朝焼け、なんてきれいなんだらう 浦和 サラリーマン立ち席が

          【短歌連作】3月15日ー遠野へー(作:依田口孤蓬)

          【短編小説】砂像(作:小林亀朗)

           何も聞こえない。寄せては引く波の音以外は。風も吹かないし、鳥も鳴かないし、あなたも私も喋らない。ただただ二人で遥かの水平線を眺めるだけ。  たまに船が見えたような気がして目を凝らしても、それは気のせいだったりする。たまにあなたが喋ったような気がして耳をすましてみても、それは気のせいだったりする。  規則的な波の寄せ返りは眠気を誘う。私は砂浜に少しばかり生えている雑草の上に腰を降ろし、裸足の足を見つめる。あなたは足首を波に洗わせながらまだ水平線を見ていた。二人の間の距離はちょ

          【短編小説】砂像(作:小林亀朗)

          【短歌連作】妹(作:依田口孤蓬)

          膨らみしお腹をさする人がゐて明日には母にもう一度なる ひとりだけのままがよかつたいつまでもははのとなりでねていたかつた 姉になるまでは絵本を抱きながら二段ベッドを一人で使ふ 母の腕思ひながらに寝る吾の耳を傾けさせしモビール 物干しに風を乞ひせし面影を見せてボタンは行列となる ゆつくりと乾きし母の唇の狭間より漏る中絶のこと 日盛りの中へ産まるるはずだつた妹のかほ思ひ出せぬ 太陽の沈む地平と平行な机の線に平行なうで 1月に生まれたばかりの切り株の上に粉雪は腰掛けて

          【短歌連作】妹(作:依田口孤蓬)

          【短歌連作】退却の日(作:依田口孤蓬)

          夕闇と夜闇の国境線上に100円玉を拾ふる吾は 吾の肉轢きかけたあと軽やかに風鈴めいて自転車のベル 虹色の完成のため脚の上に夜這ひをしたる蚊を潰しをり 釈迦尊がぶつ倒れさうなリキュールを真夏の夜の白金へ吐く 行き先を知らざるままに飛び乗りし電車が脱線しても良い 巨人らの流す涙で海はでき そこに泳ぐる魚の感情 仄暗き話を好む赤トンボ、吾子の名入りし墓碑に集るな 人間の死せる時のみ柿がありそつと猫らはそれを咥へぬ アネモネに挟まれてをる野荊は生まれてこなきや良かつた

          【短歌連作】退却の日(作:依田口孤蓬)

          【詩】夜明け(作:小林亀朗)

          浜辺を駆けてゆく馬の 背中に揺れる青羽カゲロウ その透明の透明の 向こうに見える色彩を 目玉は捉えているようだ ダイダラボッチの踏んだ跡 波が洗って消してゆき 馬の蹄の爪痕は 砂に埋もれ消えてゆき カゲロウたちのささやきは 不規則的な音の中 揺れるばかり揺れるばかり ようやく見つけた片脚に 血管・筋肉浮き立たせては 潮混じりの砂散らしつつ 浜辺を馬は駆けてゆく 背中に青羽カゲロウを乗せ 火の粉を散らし駆けてゆく

          【詩】夜明け(作:小林亀朗)

          【詩】フミちゃん(作:小林亀朗)

          朝の電車に乗るなら 先頭の車両へ行き 1番端っこで 席に蹲る 人々を 見ると良い フミちゃんは風に巻かれ 階段から駆け降り 閉まりかけのドアの 隙間から走り込み 膝に手を当て 息を切らすでしょう そんなフミちゃんを 眺めるのに この場所は とても良いのです 蹲る人々と 息を切らす彼女の 生き物としての 対比に 笑ってしまいそうに なれるから  フミちゃん あなたにとって この世界は どういうものですか フミちゃん あなたは この世界で 生きても良いと思いますか それとも

          【詩】フミちゃん(作:小林亀朗)

          【詩】瞬き(作:小林亀朗)

          夜が明けたとき 少年は 空の青さを知りました 茶色い殻を破った蝉が 夏の暑さを知るように 窓の外では鹿が鳴き 朝餉の支度の音がする ぎいこりぱたんとんとととん 鹿の親子が草を食む つれない霧がおしゃべりをした 散歩に出かけ 少年は 空っぽな気持ちを知りました 鳥籠の中にいた鳥が 空の広さを知るように どんぐりがあんまり囃し立て 幽霊のようにつきまとう ぱちぱちぱちちぱちぱちち どんぐりたちを踏み潰す 見えない冬が風邪をひいてた 家に帰ると 少年は ベッドのぬくさを知りまし

          【詩】瞬き(作:小林亀朗)

          【詩】風の吹く日に(作:小林亀朗)

          風の吹く日に あの子が逝って 静けさだけが残った 花瓶に走った罅のいろ 誘惑を諦めた風信子 蟷螂たちが今日も鳴く 風の吹く日はどうしても あの子のことを思い出す コーヒーを飲む 酒がないので ジャマイカ産の豆を挽く 黒い水 底が見えないカップの底に あの子が遺した金歯が沈む 焦げ目がついた金色の 輝きは眼に吸い込まれて 風の吹く日に佇んで ページがめくれた 窓が震えた そうやって今日も またひとりどこかの誰かが死んだ ほつれた服の糸を 引っ張る時の力で 風は強く吹いて

          【詩】風の吹く日に(作:小林亀朗)