見出し画像

【短歌連作】3月15日ー遠野へー(作:依田口孤蓬)

始発直前
観光の消費者として旅立てる我の前には紫の夜

冬過ぎて春来にけらしホームへと寒さ切り裂く始発列車が

快速列車に追い抜かされて
快速はそのスピードを風として或いは彼の運命として

上野で宇都宮線に乗り換え
人々は群れと言ふにはあいまいに身を寄せ合ひて階段降る

赤羽
ひろゆきの生まれし町をひろゆきの馬鹿にしさうな旅が過ぎゆく

浦和へ
高校の時に練習試合にて見し高校は車窓掠むる

初恋の人が住みをるこの街の朝焼け、なんてきれいなんだらう

浦和
サラリーマン立ち席が空く 半歩詰め視線を突き刺し勝つて座つた

大宮へ
首都圏の列車に乗れば汝らは隣人を殺さうとするでせう

蓮田駅へ進入
車窓より吹き抜け安きイヤホンの断線の音聴きてをる風

古河まで
吊り革の揺れに座席であどけなきメイクは眠る春雨が降る

小山まで
花の咲く雨に降られて快速は我が身の老ひを知つたのでした

雀宮といふ駅で停車
松の木は春の来たるを知らざりて立ち枯れてをり雲の真下に

宇都宮に近づく
まふどこにゐるか分からぬ友達がかつて食べたであらう駅弁

岡本といふ駅
閉じてゆく二重瞼のすきまから岡本といふ駅名見えぬ

黒磯
待ち時間95分の駅に来て線路の上を這ひしてふてふ

老人がガラケーを手に駆け出して貨物列車を撮れば跳ねをり

霧雨のやうな寒さを顔に受け若者たちは声を上げをり

「くろいそ」と海もないのに潮風を待つてるやうに蹲る文字

放りける手足を見つめ過ごしても『自殺について』がまだ8ページ

高久へ
芒野に霞みてをりし高原は瞬きすれどやはり高原

高久
その駅も降り立つであらう老人も名前を持たぬやうに佇む

黒田原へ
福島と栃木の国境線上で青空の色薄くなりゆく

白坂へ
東北の空の広さに気圧されて急行列車のスピードは落つ

新白河へ
東北のことを知らざる人々をその胎内へ迎へをる駅

郡山
我の来し道のりなぞり去つてゆく人らの背中を窓越しに見ゆ

五百川
婦人らの世間話の切れ間には磐梯山の峯の白雪

本宮
山老ひぬ その髪先の学校へ向かふ少年らの引き笑ひ

杉田へ
テストにてFを呉れぬる教員の名前と同じ駅名にらむ

二本松
冬のごと弾が残りしこの町へ車掌の吹ける笛よ響けよ

伊達へ
寝る猫のうへに聳えし高架では新幹線が弾丸のごと

桑折(こおり)

東北の抑揚をもて壮年は駅への行き方教へて呉れる

貝田へ
恋人の証として、ペアリング過度ないちゃつき貧乏ゆすり

旅慣れてしまつた人になりたくて一眼レフを鞄へしまふ

白石へ
機関車の頃の面影なぞりつつワンマン車両が放つ警笛

白石
車両の壁が殊に軋みぬ その昔友が歩きし峠を越へた

仙台から小牛田へ向かふ車両(鹿島台付近)
一面の畑の上の一筋の雲を撫ぜをる夕雁の群れ

鹿島台
車窓へともたる少女は東京の少女と同じ髪留めをせり

鹿島台から松山町へ
はしゃぎをる少年たちの言の葉をかくも遮るワンマンの笛

瀬峰から梅ヶ沢へ
山の端の影は一際濃くありてあの夕闇に誰がをるのか

一ノ関
乗り換へに走る人らが忘れをる影をいちいち踏みつつ歩く

平泉
平泉駅のホームで見送りの人は少しも涙を見せぬ

六原
曲名も分からぬ5時のメロディに線路は鈍き光を放つ

花巻へ
幾千の世界を包み輝けるこの夕映へを君も見たのか

花巻
待合のさやけさ口に含みつつもたれるイスの固さ冷たさ

花巻より新花巻へ
藍色の三歩手前の色となり空は列車のにほひを吸つた

遠野への道のりとして過ぎにける駅たちの名を隠す夕闇

夜闇とは一種の死神 太陽を奪ひきれいな山を与へた

喪の色に染められてゆき街灯を持たぬ町にもキャバレーがある

暗闇の中の小さな駅
トンネルに貪らるる前ワンマンはピィと小さき鳴き声をあぐ

鹿のごと鳴くワンマンは山々の温もり感じ裾野を走る

遠野
寒風は吹き荒びをり、宵闇は毛布のごとく我を包みぬ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?