HCD(人間中心設計)とUXの違いとは?
あるプロジェクトで「HCD(人間中心設計)とUXの違い」について尋ねられたため、とても良い機会だと思い、改めてHCDやUXの定義についてまとめてみました。(まだまだ伝えたいことの30%程度ではありますが)
グローバルにみてもUXについて明確に定義されている情報が見当たらなかったため、今後のUX向上にとって役立つかと思いますので、UXについて少しづつ明確にしていこうと思います。
HCDとUXの違いについて下記の3点にまとめました
1:UXとは何か?HCDとの違いについて
2:UXの構成要素について
3:優れたUXを実現するための要素
いくつかの事例やZeppelinが15年かけて培ってきたナレッジを組み合わせながらHCDとUXの違いについて記述しています。
・・・・・・・
1:UXとは何か?HCDとの違いについて
HCD(人間中心設計)とUXの違いを明確にするには、まずHCDとはなにか?UXとは何か?の定義を明確にする必要があります。
HCDがめざすのは、ユーザビリティの向上
人間中心設計推進機構はHCDについて下記のように定義しています。
モノ中心から、使う人間を中心にしたモノ作りへ
これからはモノだけでなく、それを使う人間の要求に応えるために技術を生かさなければなりません。HCD では「人間」を中心にすえて、人間の要求に合わせることを優先して設計します。
問題点の改善から、新たな魅力の創造まで
HCD がめざすのは、ユーザビリティの向上です。このユーザビリティとは、単に現状の問題点を改善することではありません。より積極的に、人間の要求に応える新たな魅力を創り出すものです。
その昔コンピューターが初めて現れた時代には、人間ではなくコンピューター中心の設計が行われていました。例えば、コマンドと呼ばれる命令文を用いて真っ黒の画面に文字列を打ち込みPCの操作や設定をするのを見たことがあるかもしれません。
1980年代はコンピューターでできることに人間が合わせなければならない状況が続いたために普通の人にとっては使い勝手が悪いものでした。そのような状況を変えるために、人間(利用者)が使いやすく、人間(利用者)を中心に設計したのがHCDの考え方です。
人間(利用者)を中心に設計することで、人間本来の思考プロセスにコンピューターが合わせる形で使いやすいものが生まれ、それが価値に繋がった時代があったのです。そうやってHCDの概念が広まっていきます。
HCDとは利用者目線に立って開発すること
次に、大手デザイン会社のCONCENTのブログではHCDについて下記のように書かれています。
わかりやすくするために一言で言ってしまえば、HCDとは「使う人の観点でものを作るためのしくみ」となります。
HCDは次の4つのフェーズ
観察・理解・設計・評価
で構成されており、この手続きを取り入れることで作られるものに利用者の観点を取り入れられる、という考え方なのです。
ここではユーザービリティだけではなく、利用者の観点を取り入れて観察・理解・設計・評価することでより良いものを作ることができると書かれています。
ユーザビリティの概念だけではなく、問題解決、顧客満足度向上のために、開発者目線にならずに利用者目線に立って、上記のプロセスを回すことが重要ということでしょう。
得てしてものづくり(サービスづくり)というものはつくり手の独りよがりになってしまいがちです。つくり手側にどんなに強い想いがあったとしても、利用者が使ってくれなければそのサービスや製品は広まりません。
利用者目線でつくる事によって、ユーザービリティや品質面を向上させ、他社よりも優位性を持たせるための取り組みとして始まったのがHCDとなります。
UXとは「体験」そのもの
上記が基本的なHCDの概念になりますが、UXとは何でしょうか?
UserTestingという海外企業のブログには下記のようにUXについて書かれています。
認知科学者ドンノーマンは、1990年代初頭にAppleで働いていたときに「User Experience(ユーザーエクスペリエンス)」という用語を生み出したと言われており、UXを次のように定義しているそうです。
‘User experience’ encompasses all aspects of the end-user’s interaction with the company, its services, and its products.
UXにはエンドユーザーの企業との関係性、サービス、および製品とのやり取りのあらゆる側面が含まれます。
UX(User Experience)とはその名の通り「体験」そのものを指しているということです。体験を構成する要素となるものは、ユーザーと企業との関係性、ユーザーとサービス・製品とのやり取りにおけるあらゆる側面がUXには含まれると書いてあります。
マーケティング領域もUXの範囲になる
さらにこちらの電通報というメディアの「UX(ユーエックス)ってなんだ?実際に活躍している人たちに聞いてみた。」の中で、電通デジタルの鈴木さんという方はUXを以下のように捉えています。
底なし沼。私が取り扱うUXは、クライアントの目標達成のための体験です。その目標とは、多くの場合、売り上げと利益の向上です。それを達成するためのユーザー体験は単にUI設計や見た目のデザインにとどまる話ではなく、どういったきっかけでそのサービスを知り、何を期待してユーザーがそれに触れるのか?というPRやメディアプランニングに近い話にまで至ります。つまり、考えるほどに範囲が広く、同時に、リアルに体感をイメージする深い考察が必要なものだと考えています。
つまり、ユーザーの体験性を向上することによって、そのサービスを提供する企業の目標を達成するということです。
単純にサービス単体の話ではなく、いつ・どのようにそのサービスを知って、何を期待してそのサービスに触れるのか?というマーケティング領域にまで踏み込んだ定義になっています。
ユーザビリティだけではUXは貧弱になる
ちなみにUXとUIの違いについても度々議論になっているのを目にしますが、先ほどの海外のブログの中に下記のようにUXとUIの違いについて記載されており、非常に分かりやすい説明なのではないかと思います。
It’s important to distinguish the total user experience from the user interface (UI), even though the UI is obviously an extremely important part of the design. As an example, consider a website with movie reviews. Even if the UI for finding a film is perfect, the UX will be poor for a user who wants information about a small independent release if the underlying database only contains movies from the major studios.
(UIは明らかにデザインの非常に重要な部分ですが、UXとUIとを区別することが重要です。例として、映画レビューのあるWebサイトを考えてみましょう。動画を見つけるためのUIが完璧であっても、基礎となるデータベースにたった一つの大手スタジオの動画しかなかったとすれば、UXとしては貧弱になってしまいます。)
つまりUI(ユーザービリティや品質など)がどれだけ優れていても、コンテンツの量や質も同時に満たしていなければ「体験性」として優れたものにはならない。ということです。
例えば、ネットフリックスのように世界中のあらゆる動画、そしてオリジナルの動画コンテンツが揃っていて、UIも優れていれば、UXとしては非常に優れたものになっていると言えるでしょう。
ユーザービリティを超えた付加価値が求められる時代
先述のドンノーマンが1986年にユーザ中心設計(user centered design)という考え方を提唱し、次第にHCDと概念が生まれました。時代はハードウェア中心、そしてウェブが生まれた時代です。
そのため基本的にHCDはユーザービリティに主眼が置かれた概念です。ユーザービリティが優れたサービス・製品が他社との差別化要因にもなり、顧客満足度も高めました。
しかし、現在はソフトウェアが中心、モバイル全盛の時代です。
現代においてもユーザビリティはサービス設計において基本的な一要素です。ただし、ユーザビリティを超えた付加価値を求められている時代になってきたのです。
車のダッシュボードで例えましょう。
アナログのスイッチ類で構成されている昔の車のダッシュボードです。
今ほどダッシュボードの使い勝手の規格が統一されていなかった時代には、操作方法が分からず利用者が困ることがありました。そのため誰がみても分かりやすい、使いやすいものにする必要がありました。ユーザビリティに主眼と価値が置かれた時代でした。
しかし、現代では操作方法は統一され始め、ほとんどの場合ユーザビリティが乏しいケースは少なくなりました。人間を中心に考えた設計をできる技術者も増えました。
そうなってきた時代に必要なことは、全てのユーザービリティは満たした上で、さらに利用者の感情に訴える付加価値の高い「体験」とは何か?ということが求められる時代になったのです。
HCDだけではこれらの概念を説明することは困難でした、そのため2000年あたりからUX(User Experience=人間の体験)という言葉を使うことが好まれるようになったのです。
つまり、分かりやすくまとめるならば、HCDはユーザービリティを高めて、人間が使いやすくするための概念です。
UXとはユーザビリティを超えた付加価値の高い「体験」を設計するための概念なのです。
・・・・・・・
2:UXの構成要素について
UX(User Experience)とはその名の通り「体験」そのものを指しています。
では「体験」を構築するものは何でしょうか?ここからはZeppelin社が15年の間UXについて培ってきたナレッジも含めながらUXについて分解していきます。
UXを構成する要素はとても多様であり、下記の要素が人間の「体験性」に影響を与えます。
・新規性
・宗教性
・ブランド
・マーケティング
・品質
・ユーザービリティ
・時間
(全てを説明すると非常に長くなってしまうため)ここでは一つ一つ説明することはしませんが、これらの要素が複雑に絡み合いながらユーザーの感情を刺激し「体験性」を構築します。
新しいサービス・製品に触れたときのことを想像してみてください。
製品の発表会での驚き、ユニークで強烈なビジョン、長年培われてきたブランド、製品のCMや店頭での展示、製品を使い始めたときの感動、使っている際の使い勝手、使い込んだ時の心地良さ、などそのサービス・製品とのあらゆる側面においてユーザーは体験をし続けており、その体験の連続性がUXとなります。
これら全ての要素を時間軸を伴って設計し、企業が届けたい想いをカタチにして届け続けることがUXです。
項目の中で一つ説明が必要だとすれば「宗教性」という部分でしょう。一時期のAppleのようにコアなファンが熱狂的にそのサービスやブランドを好きになることを宗教性と呼んでいます。
サービスに宗教性をもたらすことができれば、そのユーザーは熱狂状態になり、サービスへの愛着の度合いは大きくなります。サービスへの愛着が「体験性」の質を変えるのです。
宗教性はUXにおいて非常に重要な要素となります。
優れたUXによって得られるものは何か?
そして、UXがしっかりと構成されていれば結果的に得られるものは「企業の目的/利益の達成」「競合優位性の確立」です。
目的は売上といってもいいでしょう。提供しているサービス・製品のUXを向上させることで多くの顧客を獲得し、顧客満足度を上げ、最終的に目標としている売上や利益の達成を可能にします。
また、まだまだ現代においてUXが優れたサービス・製品を提供している企業は数パーセントもありません。UXが優れていることはそのまま大きな競合優位性となります。
UXに巨額の投資をしている企業が勝つ時代に
UXが優れている企業が目的・利益を達成し、競合優位性を確立している事実を表すデータがあります。
現代のビジネス環境ではソフトウェアドリブンな企業が優位です。世界の時価総額ランキングトップ50を見てもこの30年間の間に、金融・メーカーが上位だった状況から、現在では完全にテック企業に入れ替わっています。(※下記ブログより抜粋)
現在の時価総額トップ50は主にアメリカと中国のテック企業で占められていますが、これらのランキングトップにいるテック企業に共通しているのが、UXに力をいれ、UX人材やUXの先行開発の面で巨額の投資を続けていることです。
これらの企業はユーザーと企業との関係性の細部にまで気を配り、上記に挙げている「新規性・宗教性・ブランド・マーケティング・品質・ユーザビリティ・時間」において非常に高いレベルでの提供を続けています。
スターバックスはコーヒーではなく「体験」を売っている
また、ビジネスに活かされるUXの事例として、こちらの記事ではスターバックスの事例が紹介されています。
「スターバックスはコーヒーを売っているのではない。体験を売っているのだ」
スターバックスが提供しているのは単なるコーヒーでもくつろげるスペースでもなく、個々の要素が全体のUX設計の中でどのように一体感を持って価値提供できるかを設計し、そのトータルな「体験」そのものを売っているという話です。
家でもオフィスでもない「サードプレイス」の価値提供を実現するために、コーヒーをゆっくりと楽しめるインテリアや店内の色味や照明、そして人の動きの導線設計までがなされており、スターバックスにしか出せない体験づくりを店舗全体で実現しています。
冒頭に上げた、
・新規性
・宗教性
・ブランド
・マーケティング
・品質
・ユーザービリティ
・時間
これらのUXを構成する要素の全てを磨き上げ、このスターバックスの事例のように顧客体験を軸としたサービス設計によって、AmazonやGoogleやAppleといったテック業界の巨人は近年急成長を遂げています。
・・・・・・・
3:優れたUXを実現するための要素
では、優れたUXを実現するためにはどのような要素が必要になるのでしょうか?Zeppelinで現在用いている基本プロセスは下記のようになります。
これら全てのプロセスを経ながら優れたUXを実現していきます。以下にプロセスの概要についてご説明します。
戦略設計:企業の目的とユーザーのニーズを合わせる
まず、戦略設計では主に企業の目的(事業戦略・事業計画)を分解し、ユーザーのニーズと照らし合わせます。
そもそもなぜ提供するのか?どういう未来をつくるのか?というビジョン、売上・利益の目標とその目標達成のためのマイルストーン、企業の戦略を分解した上でユーザーが求めているニーズに対してどのような本質的な体験価値が必要なのかを解き明かす工程です。
この工程はもっとも上流の工程になるため、ここで新規性や宗教性、ブランド価値やマーケティング視点(ユーザーとの接点)を明確にしていきます。
仮説検証:事業仮説を検証し、成功角度を高める
戦略の設計ができ上がり、本質的な体験価値の仮説が見えてきたら、その仮説を検証するためのプロセスへと移行します。
ターゲットとなるユーザーのエスノグラフィー(文化人類学的な)リサーチを行い、本質的な体験価値を実際にプロトタイピングし、ユーザーに実際に使ってみてもらうことで反応を得ます。
ユーザーに使ってみてもらうことで仮説に対するデータを得て、そのデータと戦略を再度照らし合わせながら新しい仮説をつくります。必要であればこのプロセスを何度か繰り返しながら、ビジネス成功角度の高いUXの検討を行います。
基本設計:UXのアーキテクチャとなる根本設計を行う
UXの仮説検証が済んだら、実際にUXを形づくるための根本設計を行います。基本となるアーキテクチャ(骨格)を設計し、それを一度ビジュアライゼーション(可視化)することで根本設計の検証を行います。
アーキテクチャが明確になると、より枝葉の部分となる情報設計を行います。アーキテクチャが骨格だとすれば、情報設計は神経や筋肉を形づくることに似ています。
また、情報設計は時間軸の中で行う必要があります。1日の中での体験設計、季節毎の設計、1年を通した体験設計をしっかりとここで詰めておくことによって、ユーザーの「体験性」の質が変わってくるのです。
詳細設計:UXを実現するコンポーネントを開発する
基本設計が終われば次は詳細設計に入っていきます。ここまでくれば機能要件にしたがって細部まで詳細に作り上げていきます。
新しい要件や追加要件が出てきた場合のために設計ガイドラインをまず最初につくり、そのガイドラインにしたがって、UI・GUI・インタラクション・サウンドを形づくります。
戦略設計でつくりあげたUXを実現するために必要な要素をきっちりと細部に渡って具現化していくのがこのプロセスです。詳細設計のクオリティ次第でUXの完成度が変わってきます。
・・・
以上が優れたUXを実現するための要素を簡単に説明したものになります。
これらのプロセスの中で熟練のプロフェッショナル達が互いのスキルを出し合いながら一つのものを完成させていきます。
特に重要なのは戦略設計と仮説検証の部分でしょう。
基本設計に入ってしまうと後からやり直すことはできません。数ヶ月単位で出戻りが発生してしまいます。そのため、いかに優れた戦略を練り、仮説検証を幾度も行いながらそのビジネス成功角度を高めていくことが成功への鍵になります。
・・・・・・・
・・・・・・・
(Appendix)
マーケティングバリューの違い
以上がHCDとUXの違いですが、それ以外にも視点を変えてみれば、マーケティングバリューが違うことが分かります。
HCDは古い言葉であり、UXは2000年代に入ってから徐々に普及しています。以下は、Googleキーワードプランナーをもとにグローバルや日本市場で「HCD」と「UX」の出現頻度を比較したグラフです。
グローバル(UXの方が20~30倍高い)
日本(UXの方が100倍高い)
HCDとUXの検索数において大きな差が生まれています。また、UXが近年大きく伸びているのに対して、HCDは過去5年以上横ばいで推移していることが分かります。
HCDという言葉は依然として使われていますが、現代においてはUXが主眼に置かれていることがここから分かります。
・・・・・・
HCDとUXの違いとは?
最後にHCDとUXの違いをまとめると、UXとはHCDを拡張した新しい概念といえると思います。
ユーザビリティを超えて、マーケティング・ブランド・新規性・宗教性・時間などの「体験性」を構築する要素を加えた概念であり、そこまで拡張することで企業にとって目的・利益の達成や競合優位性をもたらします。
UXの定義においてグローバルなスタンダードはまだ存在していません。これからの時代において、各企業がどれだけUXに投資を行い、企業独自のユーザー体験を定義し、新しく生み出していけるのかが重要であり、企業の命運を分けることになるでしょう。
2019.10.2 ©️ZEPPELIN